次世代シーケンシング(NGS)は、わずか10年前には誰も思い描けなかったほど、より速くより多くのシーケンシングデータを出力し、数ヶ月や数年ではなく、ほんの数日でゲノム配列を決定することが可能になりました。しかしながら、直接、サンガーシーケンスの電気泳動の波形を目で見て確認していた研究者には、圧倒されるような大量のデータは情報過多でした。その処理は、インフォマティクスの知識が必要で、直接的にはほとんど利益が得られない追加コストが発生し、大きな頭痛の種でした。そのため、臨床研究の分野では、特定のゲノム領域にフォーカスして次世代シーケンシングのテクノロジーを用いることで、大幅に時間、コスト、データ解析の労力の削減が図れます。
では、ターゲットを絞った次世代シーケンシングはどのように実践するのでしょうか。端的にいえば、現在のゲノム解析の知見を活用して、目的の遺伝子または特定のゲノム領域にフォーカスしたシーケンス用のサンプル濃縮テクノロジーを用います。エクソームまたは全ゲノムシーケンスのような、より広範なアプローチとは異なり、ターゲットパネルは、より小さく取り扱いやすいデータセットを出力します。研究者は、疾患を引き起こすことが知られているバリアントに着目できるため、データ解析の負担が軽減されます(1)。研究者は24時間以内に数百におよぶ遺伝子ターゲットをシーケンシングできるため、このアプローチは臨床研究者やトランスレーショナル研究者にとって、非常に魅力的です。また、ターゲットを絞った次世代シーケンシングにより、1ランの限りあるデータ量を複数サンプルに割り当てられるため、サンプルあたりの解析コストを大幅に削減することも大きなメリットです。
2012年春、サーモフィッシャーサイエンティフィックは、ターゲットを絞った次世代シーケンシング用のライブラリ調製におけるアンプリコンベースの濃縮手法として『Ion AmpliSeq™ テクノロジー』の開発を初めて発表しました。Ion AmpliSeqターゲットシーケンシングパネルは、10 ngはもちろんのこと、わずか1 ngの低品質DNAやRNAから、一本のチューブで複数のバイオマーカーを一気にキャプチャできます。同時にSNV、インデル、コピー数変異、融合遺伝子の検出まで可能にすることで、この技術は研究者にターゲットシーケンシングという力を与えました。現在、Ion AmpliSeqテクノロジーは世界中で広く採用されており、がん(2)や遺伝性疾患の研究(3)から微生物・感染症の研究(4)まで、幅広いアプリケーションにわたって6900以上の査読済みの出版物をもたらしました。
そこで今回は、Ion AmpliSeqテクノロジーによるパネル解析について、ご紹介します。
▼こんな方におすすめです!
・サンガーシーケンスを効率化したい方
・ターゲットシーケンシングの原理について知りたい方
・パネル解析に興味がある方
Ion AmpliSeq テクノロジーの原理
Ion AmpliSeq™パネルは複数のオリゴヌクレオチドプライマーペアがまとめられた1本のプールとして構成されます。各ペアは特定のゲノム領域を増幅するように設計されています。このアプローチのユニークな点は、1回のPCR反応で最大24,000のプライマーペアをマルチプレックス増幅できることです。つまり、1回のシーケンスで数個から数百個の遺伝子をターゲットにできます。選択したゲノム領域の単純なPCR増幅に続き、余剰なプライマーを消化し、残ったアンプリコンをライブラリとしてシーケンス用に調製します。
Ion AmpliSeqテクノロジーは、研究の目的に応じて二つの異なるアプローチに対応できます。一つ目は、長く連続する領域の配列を解析する場合で、末端の重複するアンプリコンを用い、タイリングによって目的領域をカバーする「遺伝子単位のデザイン」アプローチです。領域が重複するプライマーペアは、独立したマルチプレックスPCR反応としてプールを分ける必要があります。つまり、連続した配列を得る場合は別々のマルチプレックスPCRが必要です。
二つ目は「変異のホットスポット単位のデザイン」アプローチで、アンプリコンが重複しないため、単一のマルチプレックスPCRでアンプリコンを増幅できます。
さらに、Ion AmpliSeqテクノロジーを使用した研究者らは、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織、穿刺吸引液からの遡及的サンプル、血液から抽出されたセルフリーDNA(cfDNA)などの難しいサンプルタイプ(5)からのライブラリ調製の成功を報告しています。
このように最終的に最適なパフォーマンスを得るには、サンプルの由来を考慮したデザインが重要です。さらに最大長が175 bpの短いアンプリコンは、FFPEなどの劣化したサンプル由来のDNAに最適ですが、デザイン上のカバー率の低下といったトレードオフが伴うことに注意が必要です(6)。
なお、遺伝子パネルのデザインを検討したい場合は、Ion AmpliSeq™ Designerツールが欠かせません。遺伝性疾患、がん、感染症研究といったアプリケーション向けに精査されたコンテンツも含んでおり、あらかじめデザインされたパネルを使用して研究を始められます。
次世代シーケンスのワークフローを簡単にする
多くの研究者が次世代シーケンシングは非常に複雑であるという認識を持っており、特にそのデータ解析においてはしばしば複雑怪奇で骨の折れる作業として敬遠されることすらあります。当社は、次世代シーケンスの複雑さをひもとき、パネル解析のNGSワークフローを効率化するソフトウェアツールと装置をシステムとして提供しています。
Ion AmpliSeq Designerは、カスタム遺伝子パネルの設計、または事前に設計されたパネルや増幅確認済みのパネルを注文できるオンラインのアッセイデザインツールです。独自にターゲット遺伝子のGene Symbol名を入力してパネルを設計したり、事前に設計されたパネルから特定の遺伝子を追加または削除して構築したりできます。ターゲットを指定してデザインを開始すると、当社独自のパイプラインにより、マルチプレックスPCR可能なプライマーセットが数時間から48時間以内に提案されます。複数のデザインを同時に行うことも可能です。提案内容を確認し、オンラインオーダーしたパネルは、数週間後にあらかじめプールされたマルチプレックスプライマーとして、そのまま使用できる濃度でチューブに入ってお届けされます。Ion Chef™システムは、テンプレート調製やチップローディングの工程だけでなく、ライブラリ調製を自動化することも可能です。事前にパッケージ化されたライブラリ試薬とIon AmpliSeqプライマー(1または2プール)を用意するだけで、ライブラリ調製を自動化できます。1回のランニングで最大八つのサンプルからライブラリを作製し、等濃度にそろえて1本のチューブにまとめます。調製・混合済みライブラリを回収後、一部のライブラリを用いて、テンプレート調製とチップのローディングを自動で実施します。その後、シーケンスはIon GeneStudio™ S5システムでランニングすると、200bpの塩基長では、約2.5時間で完了します。DNAからデータまでの所要時間は24時間未満(Ion Chefシステムはオーバーナイトのランニング)で、手作業の介在はほんの45分に満たない時間です。
最終的には、Ion Reporter™ソフトウェアのワークフロー(Ion AmpliSeqパネル用に事前設定すると自動解析が可能)により、腫瘍学、遺伝性疾患、生殖医療、感染症の分野におけるさまざまな研究分野のバリアントアノテーションとレポートが入手できます。Ion Reporterソフトウェアは、ローカルサーバーシステム、または Connect™で利用できます。
ターゲットNGSパネルの活用例
一つ目の研究例はオピオイド鎮痛薬への活用です。ヒトオピオイド系は、痛みの処理において重要な役割を果たしており、それゆえ鎮痛剤の研究開発にとって重要な対象となっています。しかし、オピオイド関連のバリアントに関する情報はほとんど確立されていません(7)。クリンゲルらは、NGSパネルを使用して、ヒトのオピオイド受容体の遺伝学をより理解するための重要な遺伝情報を明らかにできることを実証しました(7)。著者らは、OPRM1、OPRD1、OPRK1、SIGMA1、OPRL1 (7)で構成されるヒトオピオイド受容体グループに関連する遺伝子を解析するためのカスタムIon AmpliSeqパネルを開発しました。このような研究により、オピオイド鎮痛薬の効果を評価や、薬物乱用の疫学を理解するための道を拓くことができます(7)。
二つ目は発現解析への研究応用例です。オハイオ州立大学(OSU)の研究者は、バイオマーカー発見、結核ワクチンの開発および個々の反応をより確実に予測するために、ゲノムワイドなスケールで次世代RNAシーケンシングおよびDNAジェノタイピングを使用して、候補遺伝子および遺伝子ネットワークの同定と、遺伝子バリアントを明らかにすることで、M.tb感染したヒト肺胞マクロファージ培養における遺伝子型-RNA細胞表現型の関係の理解に取り組みました。Ion AmpliSeq Transcriptome Human Gene Expressionパネルを使用したトランスクリプトームRNA-Seq、またはターゲットRNA-Seqにより、OSUのチームは高感度で再現性のある差次的遺伝子発現の測定ができ、下流のネットワークとコンポーネントの解析が容易になりました(トランスクリプトームシーケンスの詳細については、OSUチームによるウェビナーの詳細をご覧ください)。
三つ目の例は感染症研究です。2013年、西アフリカはこれまでに報告された中で最大級のエボラ出血熱の影響を受けました(8)。その際、イアングッドフェロー博士は、この命にかかわるウイルスについてリアルタイムに進化を研究するため、アウトブレイクの震源地であるシエラレオネに渡りました。そして、当社の次世代シーケンシングシステムを現地のテントに立ち上げ、研究に従事しました。この壊滅的なアウトブレイクが2016年にシエラレオネで再発したとき、現地の研究者らはIon PGM システム(8)のIon AmpliSeqワークフローを使用して系統分析に基づいた重要な情報を取得し、考えられる感染経路と、この新しい流行の発生源をより正確に理解することを目指しました。チームは、他の国や国境を越えたウイルスの伝染連鎖の同定を可能にする既知のエボラウイルスMakonaゲノムの3分の1以上のシーケンスデータを取得しました(8)。
最後の例は、法医学分野の研究です。法医学遺伝学のほとんどのDNAプロファイルは、キャピラリ電気泳動(CE)を使用したSTR(short tandem repeat)解析によって作成されています。しかし、高度に分解されたサンプルの分析では、次世代シーケンシングを使用したSNP(一塩基多型)マーカーのターゲットシーケンシングからより多くのメリットを得ることができます。ZhangらはカスタムSNPパネルを設計し、Ion PGMシステムを使用したパフォーマンス評価の結果を報告しました。チームは、SNPが父子鑑定を含む個人識別のための重要なマーカーを構成していることを発見しました(9)。全文はこちらをご覧ください。
サンガーシーケンスとNGSの使い分け
臨床の研究者は、ヒトの遺伝性疾患を臨床所見に基づいて研究するために塩基配列を決定する複数のテクノロジーを選択できるようになりました。99.99%の精度のサンガーシーケンスは、臨床研究におけるシーケンス法の「ゴールドスタンダード」です。しかしながら、ターゲットシーケンス用パネルなどの新しいNGSベースのテクノロジーは、高いスループットを誇り、サンプルあたりのコストが安価なため、臨床研究のラボでは一般的になりつつあります(10)。ここでは、プロジェクトの目的達成のために最適なテクノロジーを選択する際に考慮すべき点をいくつか示します。
また、これら二つのテクノロジーは互いに補完し合っており、組み合わせて活用することでエンドツーエンドの遺伝子解析ワークフローを実現します。NGSを利用することでより多くのターゲットを解析するためのスケールアップを容易にし、NGSで得られたバリアントの確認をサンガー法によってシーケンスすることも重要です。ワークフローの全体については、こちらをご覧ください。
まとめ
・次世代シーケンスは、ターゲットを絞ってパネル解析にすると簡単・迅速・低コストを実現
・遺伝子パネルにはプライマーペアが研究ターゲットとともに詰め込まれている
・ターゲットシーケンスは由来する検体や研究目的に応じて異なるタイプのデザインを施す
パネルのデザインでお困りの方は、お気軽に当社のテクニカルサポートまでご相談ください。
詳細について:
Ion AmpliSeq テクノロジーについてはこちら
がん研究、遺伝性疾患、感染症研究などの遺伝子パネルの内容はこちら
最新の次世代シーケンサシステムについてはこちら
バイオインフォマティクスソリューションの詳細はこちら
NGSの実験を始める際に役立つサポート情報はこちら
次世代シーケンサ(NGS)入門
次世代シーケンスの原理や何ができるかがよくわからない、または自分の研究領域にどのように活用できるかわからないという方向けに、次世代シーケンスの基本や各研究領域に特化したアプリケーションをまとめました。リンク先から、それぞれの領域に応じたページをご覧いただけます。
参考文献リスト:
1] Saudi Mendeliome Group Comprehensive gene panels provide advantages over clinical exome sequencing for Mendelian diseases, Genome Biology 2015 16:134
2] Won-Suk Lee et al. Genomic Profiling of Patient-Derived Colon Cancer Xenograft Models, Medicine (Baltimore), 93(28): e298
3] Chen Chen et al. A Novel Splicing Mutation Identified in a Chinese Family with X-linked Alport Syndrome Using Targeted Next-Generation Sequencing, Genetic Testing and Molecular Biomarkers. April 2016, 20(4): 203-207
4] Shea N. Gardner et al. Targeted amplification for enhanced detection of biothreat agents by next-generation sequencing, BMC Research Notes 2015 8:682
5] Chad M. McCall et al. False Positives in Multiplex PCR-Based Next-Generation Sequencing Have Unique Signatures, Elsevier (2014) Volume 16, Issue 5
6] Suhua Zhang et al. Massively parallel sequencing of 231 autosomal SNPs with a custom panel: a SNP typing assay developed for human identification with Ion Torrent PGM, Forensic Sciences Research (2017)
7] Dario Kringel et al. Next-generation sequencing of human opioid receptor genes based on a custom AmpliSeq™ library and ion torrent personal genome machine, Clinica Chimica Acta, Volume 463, 32-38
8] Armando Arias et al. Rapid outbreak sequencing of Ebola virus in Sierra Leone identifies transmission chains linked to sporadic cases, Virus Evol (2016) 2 (1): vew016
9] Suhua Zhang et al. Developmental validation of a custom panel including 273 SNPs for forensic application using Ion Torrent PGM. Forensic Science International: Genetics, Volume 27, 50 – 57
10] Jie Gao et al. Validation of targeted next-generation sequencing for RAS mutation detection in FFPE colorectal cancer tissues: comparison with Sanger sequencing and ARMS-Scorpion real-time PCR. BMJ Open (2016), 6(1): e009532.
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。