サンプルの管理を始める際に考えるべきことには何があるでしょうか?どのようなケースにおいても、第一にサンプル管理の目的を明確に定義することが必要でしょう。次の検討事項として、一般的にサンプルの収集・保存・管理方法や、セキュリティ対策、データ管理システムの導入などがあげられます。
そこで今回は、サンプルの品質を保持しつつ適切に保管するためのサンプル管理方法について、自動化/マニュアル管理のメリットとデメリット、そしてマニュアル管理のデメリットを最小化するアイデアについてご紹介します。
▼こんな方におすすめです!
・バイオバンクや臨床検査室などに所属し、サンプルの管理方法やバイオバンクの運営を検討している方
・バイオ系ラボに所属し、サンプルの管理方法について検討している方
▼もくじ
サンプル管理を自動化するメリットとデメリット
ラボの自動化は、1980年代半ばに米国の大手製薬会社が化合物スクリーニングの効率化を目指し、ラボの自動化に舵をきったことが始まりと言われています。日本でも1990年代後半から、製薬・化学メーカーを中心にラボの自動化が普及しました。ラボの自動化に伴い、低温環境(-20 ℃)での自動保管システム(以下、自動倉庫)も上市されました。2010年代には、-80 ℃環境の自動倉庫が登場し、生体試料を扱うサンプル管理施設いわゆるバイオバンクでの導入が進みました。近年では、-150 ℃以下の環境での自動倉庫も登場しており、ラボの自動化がさらに進んでいます。
サンプル管理の自動化には主に自動倉庫が利用されます。サンプル管理を自動化する代表的なメリットをご紹介します。
- 保管サンプルに与える温度変化を最小化できる:チューブを1本ずつ入出庫口から取り出せるため、ピッキング作業による庫内の温度上昇が抑えられます。これにより、サンプルの温度上昇による変質や劣化を抑えることができ、安定した品質を保持できます。
- 入出庫作業の効率化:ロボットでのピッキングにより、効率的で正確なサンプルの入出庫ができます。
- 作業ログが残せる:システムのイベントログだけでなく作業ログも正確に残せます。これにより、誰がいつどのサンプルを出庫したかなどの情報を追跡できます。
- サンプルの取り扱いに注意を払う労力や時間など、スタッフの負担を軽減します。
このほか、保管容量の最大化、システム管理の効率的な運営、冗長性を確保できること、そして低温作業による事故や健康被害の防止などがあげられます。
一方で、やはりデメリットもあります。主なデメリットとして、次の3つをあげます。
- コストが大きくなる:イニシャルコストとランニングコストがかかります。エネルギーコストや人件費の面では優れますが、サンプル数が少ないと個々のコストが高まります。特に稼働初期では負担が大きくかかります。
- 運用開始までに時間を要する:自動倉庫の導入と運用システム構築には時間を要します。工事や動作確認のほか、メンテナンス体制構築やスタッフトレーニングも必要です。海外の事例では、システムの最適な運用開始までに約4年を要したとの報告 もあります。
- 機敏性にやや劣る:システムに変更を加える場合には検証が必要とされます。このため、突如としたサンプル保存チューブの追加や保管サンプル数の増加など、急な状況の変化に迅速に対応することが難しい場合もあります。
サンプル管理の自動化はサンプルの品質管理、作業の効率面の両方に優れたメリットをたくさんもちます。大量のサンプルを扱う場合に適した管理方法であるといえます。しかし、約4年は極端な事例かも知れませんが、やはり自動化を選択する際には、大きなコストと共に最適な稼働までに時間を要することを、最初から計画にいれておく必要があります。
サンプルをマニュアル管理するメリットとデメリット
マニュアルでのサンプル管理には、超低温フリーザーなどの機械式冷凍庫が利用されます。
超低温フリーザーは、研究者にとって非常に身近で、研究室や医療施設などで広く利用されています。
近年、超低温フリーザーは、素材や技術の進化により大きく進歩しています。これらのフリーザーは、従来と同じフットプリントでより多くのサンプルを保管でき、電力消費や騒音が低減され、環境に優しいノンフロン冷媒を採用しています。さらに、精密な温度制御やモニタリング機能を備えたインテリジェントな製品も増えています。
サンプルをマニュアル管理する主なメリットをご紹介します。
- 優れたコストパフォーマンス:イニシャルコストやランニングコストを抑えられます。超低温フリーザーは低い温度を維持するため、比較的高い電力消費が必要といわれています。しかし、近年の技術革新により、エネルギー効率の改善や省エネルギー化が進んでいます。一例として、Thermo Scientific™ TSXシリーズのノンフロン超低温フリーザーは、消費電力を約50%削減し(※同社従来製品との比較)、ランニングコストが抑えられています。
- 機敏性が高い:サンプル保存容器の追加や保管サンプル数の増加、プロジェクトの変更など、急な状況の変化にも迅速に対応する柔軟性を持ちます。また、自動倉庫に比べて増設も容易です。
このほか、設置~運用開始までの時間が比較的短いことや、保管チューブや収納フォーマットの選択肢が広いこともあげられます。
一方で、主なデメリットや注意点として、次の3つをあげます。
- ドア開放による庫内温度の上昇:ドアの開放時に外部の空気が内部に入り、一時的な庫内温度の上昇が起こります。サンプルの取り出しに時間を要し、ドア開放時間が長くなるほど温度変化は大きくなります。また、ドアの近くに保管されたサンプルは、より多くの温度変化の影響を受けることになります。
- ヒューマンエラーのリスク:記録やラベル貼付、ピッキング作業を人の手で行うため、記入ミスや貼付ミス、取り違えなどの人的ミスが懸念されます。
- 作業ログが残らない:機種によっては庫内温度ログやイベントログ(ドア開閉など)を残せますが、人が行う作業ログは残せません。このため、サンプルの入出庫情報などの追跡が難しくなります。
メリット/デメリットまとめ
ここまで、サンプル管理の自動化とマニュアル管理の代表的なメリット/デメリットをご紹介しました。上記以外にもメリット/デメリットはあります。考えられ得る内容を以下にまとめました。
バイオバンクでのサンプル管理方法の選択-自動化か?マニュアル管理か?
大量のサンプルを、品質を保持しながら効率的かつ正確に管理するために自動化は有効な手段です。一方で、サンプル数やその利用が低く見込まれる場合は、超低温フリーザーでのマニュアル管理でも十分対応できる可能性があります。いずれの方法にもメリットとデメリットがあります。サンプル管理方法の検討は、サンプル数だけでなく、目的や規模、リソース、サンプルの収集率や利用率なども含めて総合的に考慮することが望ましいでしょう。
マニュアル管理のデメリットを最小化するアイデアとは?
識別子(ID)としてバーコードや二次元コードのついたサンプル保存容器を活用し、バーコード 管理を導入することで、サンプルをマニュアル管理するときのデメリットを最小化できます。
国内外のバイオバンク(バイオレポジトリ)などのサンプルやデータを収集、保管、分譲を行う施設では、チューブの底面や側面にバーコードや二次元コードがついたサンプル保存チューブを利用してサンプルをバーコードで管理するケースが多く認められます。

Thermo Scientific™ 二次元コード付きチューブ
主にキャップ(スクリューキャップ/セプタムキャップ)とチューブ本体、チューブ側面のバーコードと目視可能文字、チューブ底面の二次元コードで構成される
バーコード 管理とは、バーコードや二次元コードを活用した在庫管理などにおける管理手法です。バーコード/二次元コード付きチューブにサンプルを分注し、バーコードリーダーでチューブIDを読み取ることで、サンプルの入出庫、移動、ドナー情報などのデータをシステム上で一元管理できます。
これにより、マニュアル管理のデメリットを最小化できます。その主な例を以下にあげます。
- 入出庫作業の効率化:システム上で保管場所を検索できるため、目的のサンプルがどこにあるかを事前に把握できます。そのため、サンプルの取り出し作業が迅速化されます。
- 庫内の温度上昇を低減:入出庫を効率的に行うことで、超低温フリーザーのドアの開閉頻度や開放時間を減らすことができます。これにより、外部の空気が侵入し、庫内温度が上昇することを最小化できます。
- ヒューマンエラーの低減:バーコードを読み取って記録や照合を行うことで、ヒューマンエラーを防止できます。さらに、チューブへのラベル貼付が不要なため、ラベルの貼り間違いや脱落によるサンプル紛失のリスクを回避できます。
- 作業ログを残せる:チューブのコードに作業内容と作業者IDなどを紐づけることができます。これにより、システムにログを残し、サンプルの入出庫情報を追跡できます。
二次元コード付きチューブと超低温フリーザーを組み合わせることで、イニシャルコストやランニングコストを抑えつつも、効率のよいマニュアル管理ができます。また、マニュアル管理から自動化へと段階的なアプローチを行う際も、コードに情報を紐づけておくことで自動倉庫への拡張がスムーズに行えます。なお、二次元コード付きチューブと自動化との親和性が高いのはいうまでもありません。
【資料ダウンロード】二次元コード付きチューブ製品リーフレット
バイオバンクの使命
自動倉庫も超低温フリーザーもバイオバンクの保管設備のひとつであり、集めて保管したサンプルの利活用こそが重要なことだと思います。バイオバンクの“バンク”には貯めるイメージが強いためか、近年は、「バイオリソースセンター」、「生体試料センター」、「バイオレポジトリ」などの使うことをイメージしたプロジェクト名が増えてきています。これも将来を見据えての動向のひとつかも知れません。
バイオバンクに保管されたサンプルの利活用により、創薬や新たな治療法や検査技術の開発や向上などが促進されることが期待されます。
まとめ
今回は、バイオバンクにおけるサンプル管理方法について、自動化/マニュアル管理のメリットとデメリット、そしてマニュアル管理のデメリットを最小化するためのアイデアをご紹介しました。バイオバンク立ち上げ時はさまざまな背景があり、それぞれにメリットがあるため、どちらが適しているとは一概に言えません。特に、計画段階でサンプル管理方法を選択することはとても難しいことだと思います。このプログが皆さまの検討材料の一助になれば幸いです。
当社では、お客さまのバイオバンクプロジェクトの立ち上げや拡張、改良などを総合的にサポートします。経験豊富なスタッフが、消耗品から低温保存システム、サンプル管理ソフトまで含めた幅広い提案を行います。戦略的なサンプル管理方法に関するセミナーも開催しています。シンプルなサンプル管理システムから大規模プロジェクトまで、まずはご相談ください。
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