がんオルガノイド(Cancer organoid、Tumoroid)は、平面のがん細胞培養モデルよりもがんの生理学的な性質を解析できる実験系として注目されています。Tumoroid培養用の培地は、正常細胞由来のオルガノイド用培地の転用・改変や、がん細胞の特性に合わせて各々の研究者が大変な手間をかけて考案、調合していることがほとんどです。2023年に発売されたGibco™ OncoPro™ Tumoroid Culture Medium Kitは患者由来のTumoroidを培養するために設計された培地キットです。わずか4種類の基本構成品と0~2つの添加物により、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮がんなどのTumoroidに対応しています。さらに、ヒト血漿の組成を模しているため生理的な環境で細胞を培養できるGibco™ Human Plasma-Like Mediumや生細胞・死細胞を検出できる蛍光試薬、大量の画像データを取得して定量分析できるハイコンテント解析システム(Thermo Scientific™ CellInsight™シリーズ)などを組み合わせることにより、Tumoroidによる抗がん剤スクリーニングなど、強力なプラットフォームを構築できると期待されます。本記事では、がんオルガノイドの培養から解析までに使用できる一連の製品をご紹介します。
▼こんな方におすすめです!
・がんを研究されている方
・がんオルガノイドで研究されている方
・抗がん剤などをスクリーニングしたい方
▼もくじ
患者由来Tumoroid用の培地キット
OncoPro Tumoroid Culture Medium Kit(製品番号A5701201、以下OncoPro Kit)は、がん患者由来のがんオルガノイド(Tumoroid)を作製して培養するための製品です。ここでは、製品の特長をいろいろな面から解説していきます。
1. 適合するがんの種類
OncoPro Kitは大腸がん、肺がん、頭頚部がん、すい臓がん、乳がん、子宮がんのTumoroid培養に対応しています。大腸がん以外のTumoroidの培養には追加の増殖因子が必要です(表1)。
がんの種類 | 増殖因子 | 製品番号 |
大腸がん | 不要 | 不要 |
肺がん | Gibco™ Heat Stable FGF-10 Recombinant Protein | PHG0371 |
頭頚部がん | Heat Stable FGF-10 Recombinant Protein | PHG0371 |
乳がん | Heat Stable FGF-10 Recombinant Protein | PHG0371 |
Gastrin | ※1 | |
すい臓がん | Heat Stable FGF-10 Recombinant Protein | PHG0371 |
beta-Estradiol | ※1 | |
子宮がん | Heat Stable FGF-10 Recombinant Protein | PHG0371 |
beta-Estradiol | ※1 | |
※1 他社からご購入ください。 |
2. 推奨される培養形式(浮遊培養 vs 包埋培養)
Tumoroidは基底膜抽出物(basement membrane extract; BME)で形成したドームの中に包埋して培養することが多いですが、OncoPro Kitでは浮遊培養が推奨されています(包埋培養にも対応しています)。浮遊培養には包埋培養と比較したときに以下のメリットがあります。
- 培養手順が簡素
- 培養のスケールアップがしやすい
- 一定細胞数を得るのに要する時間が短く、コストが低い
なお、浮遊培養する場合でも終濃度2%のBMEを培地に加えることでTumoroidの形成を促します。BMEは当社製品ではGibco™ Geltrex™ LDEV-Free Reduced Growth Factor Basement Membrane Matrix(製品番号A1413201)などを使用できます。また、OncoPro Kit以外のシステムで培養しているTumoroidをOncoPro Kitに適応させるプロトコルも用意されています。
3. 製品の構成
OncoPro Kitには4つの構成品が含まれています。
- Gibco™ OncoPro™ Basal Medium (1X)
- Gibco™ OncoPro™ Supplement (50X)
- Gibco™ OncoPro™ BSA
- Gibco™ B-27™ Supplement (50X) (製品番号17504044と同一品)
全て液体品のため、冷凍保管品を使用時に解凍し、指定の比率で混合するだけで使用できます。粉末を秤量したり溶解したりする必要がないため、利便性と実験の再現性の面で優れています。また、Tumoroid用の培地によく添加されるWNT-3A、R-spondin、Nogginや低分子阻害剤を含まないため、これらに関連するシグナル経路を活性化させないことも特長です。
4. 必要な設備
OncoPro Kitでの培養には以下の設備が必要です。
- CO2インキュベーター(37 ℃、5% CO2設定の一般的なタイプ) シェーカーは不要
- 位相差倒立顕微鏡(培養の状態を記録するため、写真撮影できるタイプが望ましい)
- 37 ℃の湯浴
- 4 ℃に冷却可能な低速遠心機(スイングローター設置)
5. 必要な消耗品・試薬
培養操作に必要なピペットやチューブ、培養容器(未処理の6ウェルプレートやT-25やT-75のフラスコ)などの消耗品や、OncoPro Kitに含まれていない試薬を別途準備する必要があります。詳細はOncoPro KitのUser Guideの7~8ページにまとめられているのでご参照ください。
OncoPro Tumoroid Cell Lines(Tumoroid株)
OncoPro Kitでは別のシステムで培養中のTumoroidはもちろんのこと、患者から採取したがん組織からの培養や、PDXs(Patient-derived xenografts:免疫不全動物に移植して維持している患者由来のがん組織)からの培養も想定されます。一方、これらの素材を所持していない方は、Gibco™ OncoPro™ Tumoroid Cell Linesをご検討ください。OncoPro Kitで樹立されたTumoroid株で、大腸がん由来、肺がん由来、乳がん由来、子宮がん由来を含む合計14株が用意されています(2024年11月時点)。OncoPro Tumoroid Cell Linesは、患者の基本情報(性別、年齢、身長、体重など)に加えて、変異のある遺伝子や変異の種類(フレームシフト、ナンセンス変異など)など、がん細胞の特性に関わる詳細な情報が収集されています。また、OncoPro Tumoroid Cell Linesは下記の特長があります。
- 由来となるそれぞれのがん組織の特徴を有している
- OncoPro Kitでの長期の培養・継代を経ても、ドナー特異的な表現型を安定的に維持する
- OncoPro Kitでの浮遊培養によるスケールアップに対応している
OncoPro Tumoroid Cell Linesは個別の製品ページが準備されていないため(2024年11月時点)、ご興味のある方はテクニカルサポート(←メールソフトウエアが起動します)へお気軽にお問い合わせください。
Human Plasma-Like Mediumと組み合わせる
Human Plasma-Like Medium (HPLM)(製品番号A4899101)は、ヒトの血漿の組成を再現して生体に近い環境で細胞を培養することができる組成が既知の培地です。多くの細胞株の培養において、基礎培地とウシ胎仔血清(FBS)を組み合わせた完全培地を、FBSを添加したHPLMに置き換えることができます。HPLMを使用することにより、研究者は従来よりも生理的な環境で培養している細胞の応答を解析することができます。
OncoPro Kitで拡大培養したTumoroidは、大規模な抗がん剤スクリーニングなどへの応用が期待されます。Tumoroidの薬剤応答は、増殖因子などが豊富に含まれているTumoroid用の培地よりも、HPLMをベースにした培地で培養しているときの方が、臨床での実際の結果(抗がん剤の治療効果など)に近いことが報告されています(参考文献1)。そのため、OncoPro Kitで培養した患者由来のTumoroidとHPLMを組み合わせることで、より精度の高い抗がん剤スクリーニングが可能になると期待されます。
蛍光試薬・ハイコンテントイメージングと組み合わせる
着目している薬剤ががん細胞に対して抗がん作用を発揮したかどうかを測定するために、死細胞を染色する蛍光試薬が用いられます。死細胞染色試薬は生細胞には入り込まず、傷ついている細胞膜を通過して細胞内で蛍光を発します。薬剤処理によって死細胞が増えたか(薬剤が抗がん作用を発揮したか)を判定するには、死細胞だけでなく全ての細胞を別の蛍光色素で染色しておき、これを母数として死細胞の頻度の増減を解析します。当社は有用な蛍光試薬を多数扱っており、例えば下記のような製品があります。
■Invitrogen™ HCS LIVE/DEAD™ Green Kit(製品番号H10290)
このキットには、死細胞のみ染色するInvitrogen™ Image-iT™ DEAD Green™ Viability Stainと、全細胞を染色するためのInvitrogen™ Hoechst™ 33342およびHCS NuclearMask™ Deep Red stainの3種類の蛍光試薬が同梱されています。Image-iT DEAD Green Viability Stainは、死細胞の傷ついた細胞膜を通過して核内で蛍光を発する試薬で、染色後のPFA固定・透過処理に対応しています。そのため、染色後にさまざまなバイオマーカーの抗体染色などを行い、マルチプレックスな解析が可能です。
このキットの製品名にある”HCS”はHigh Content Screening(ハイコンテントスクリーニング)を指しています。HCSとは、大量の画像を撮影してデータを数値化することにより、客観的で定量的な分析を行うHigh Content Analysis(HCA、ハイコンテントアナリシス)の手法を用いたスクリーニングのことです。当社はHCSやHCAのためのハイコンテントイメージングプラットフォームであるThermo Scientific™ CellInsight™ CX7 LZR Pro、CX7 LED ProおよびCX5 HCS Platformを提供しています。ハイコンテントイメージングについてご興味のある方はテクニカルサポート(←メールソフトウエアが起動します)へお気軽にお問い合わせください。
まとめ
本記事では、患者由来のTumoroidを培養するための培地キットOncoPro Tumoroid Culture Medium Kitと、がんオルガノイドを用いる解析に有用な試薬やシステムをご紹介しました。製品の内容や使い方などについてご不明点がありましたら当社テクニカルサポートまで(jptech@thermofisher.com)までお気軽にお問い合わせください。
「Gibco細胞培養ハンドブックダウンロード(2021年リニューアル版)」
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