脳は驚くべき器官です。さらに驚くべきことに、ヒトゲノムには、この非常に複雑な組織を構築し、使用し、維持し、修復するための情報が含まれています。脳は、その複雑さゆえにうまく機能しなくなることがあり、知覚、行動、運動能力などにおける変化として現れる可能性があります。遺伝子の変化と脳機能の相互作用については、まだ解明され始めたばかりですが、疾患に苦しむ本人やその周囲の人々のためにも、解明することは重要です。
▼もくじ
キャピラリー電気泳動(CE)によるフラグメント長の解析
フラグメント解析は、サイズが異なる蛍光標識DNA断片をCEで分離する、非常に汎用性の高い方法です。この解析用のDNA断片を生成する最も一般的な方法のひとつに、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)があります。PCRは、プライマーの選択に柔軟性があるため、目的の配列に対応する任意のサイズの断片を簡単に生成できます。また、DNA断片に標識される蛍光色素は最大4種類あり、高い自由度で実験をデザインできます。神経科学の研究者は、神経病理における遺伝的異常を解析するために、Applied Biosystems™ジェネティックアナライザによるフラグメント解析を利用しています。
神経変性疾患(トリプレットリピート病)
例えば、神経変性疾患のひとつであるトリプレットリピート病は、特定遺伝子の翻訳または非翻訳領域に見られるマイクロサテライトリピート数の増加と関連しています。正常な対立遺伝子では15から40回の範囲にあるリピート数が、疾患特異的な閾値(通常は45回以上)を超えると、発病する傾向があります。また、親から子供へ変異遺伝子が伝達される過程でリピート数が増えると、症状が悪化する恐れがあります。従って、特にリスクが高いと想定される個人は、これらのマイクロサテライト配列のリピート数をモニターすることが極めて重要です。
PCR後にフラグメント解析を行う方法は、これらの疾患におけるリピート数変化を解析する最も一般的な方法です。CEによるフラグメント解析は、トリプレットリピート病である脊髄小脳失調症(Spinocerebellar ataxia: SCA)、および、ハンチントン病におけるリピート数を解析する方法として、European Molecular Quality Genetics Network(EMQN)により推奨されています。フラグメント解析はまた、新しい情報を取得するための重要なツールでもあります。Johnsonらは、新生児の乾燥血液スポットを検体とした、筋強直性ジストロフィー1型に関与するDMPK遺伝子のCTGリピートの解析にフラグメント解析を用いました。また、ハンガリー人を対象とした研究では、C9orf72、ATX1、ATX2遺伝子におけるリピート数の増加が筋萎縮性側索硬化症(Amyotropic lateral sclerosis: ALS)の危険因子であることを検証するために、フラグメント解析が用いられました。
Kimらは、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(Dentatorubral-pallidoluysian atrophy: DRPLA)とパーキンソン病を併発した患者におけるatrophin 1(ATN1)遺伝子のCAGリピート数の増加ついて報告しています。さらに、トルコ人を対象とした研究では、1620人の遺伝性運動失調症の患者とその家族について、トリプレットリピート数増加のスクリーニングが行われました。
他の疾患における遺伝子長の変化の解析
マイクロサテライト配列のリピート数の変化は、他の神経病理のマーカーとしても有用です。例えば、チェコ人を対象とした研究では、フラグメント解析によって検出された欠失が、遺伝性の神経障害でみられる遺伝子異常の一部である可能性が示されました。Moranらによって報告された研究では、薬物やアルコール依存症のリスクを持つ人のためのGenetic Addiction Risk Score(GARS)が開発され、パネルの一部として5つの遺伝子のフラグメント解析が利用されています。
サンプル中の病原体の検出
フラグメント解析は、マルチプレックスPCRで得られる増幅産物の解析に利用することも可能です。最近の研究では、ウイルス性脳炎の脳脊髄液サンプルを分析するために、18種類の病原体を検出できるマルチプレックスPCRが用いられました。このような方法は、限られた量のサンプルで、多くのターゲットを検出できるため、研究者にとって非常に価値があります。この研究の著者らは、「この方法は手間がかからず、(より)正確である」と述べており、ウイルス性脳炎を検出するための有用なツールとなりうると言えます。
フラグメント解析:神経科学研究における貴重なツール
トリプレットリピート数の解析、コーディング領域におけるindelの検出、マイクロサテライトマーカーによる連鎖解析、あるいはマルチプレックスな病原体検出などの研究によって、フラグメント解析の汎用性と使いやすさが、神経科学者にとって、遺伝子解析ツールへの価値ある追加要素となることが示されています。
まとめ
神経細胞の機能理解のためにフラグメント解析がどのように役立つか、本ブログでは、その事例をいくつかご紹介しました。しかし、本ブログの記載内容が全てではありません。その他の方法や例については、以下のリンクにあるフラグメント解析のユーザーガイドをご参照ください。研究者の皆さんの想像力と創造性により、フラグメント解析のさらなる汎用性の高さが示されることが期待されています。
フラグメント解析のユーザーガイド
フラグメント解析は、腫瘍学、感染症、希少遺伝性疾患、神経科学など、多くの分野で利用されています。サンガーシーケンスや次世代シーケンス(NGS)などの技術も使用されていますが、フラグメント解析は、キャピラリー電気泳動の精度と、簡素化されたワークフロー、およびマルチプレックス機能を兼ね備えています。このガイドには、フラグメント解析技術の原理、キャピラリー電気泳動の基礎、さまざまなワークフローのステップ、必要な試薬および一般的に使用されるいくつかのアプリケーションのための方法などが記載されています。
Applied Biosystems™製品の各種テクノロジーによる神経科学研究の支援に関する詳細は、thermofisher.com/abcomplexdisease をご覧ください。
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。