Trypsinは接着細胞の継代などに使用される代表的なタンパク質分解酵素です。細胞間や細胞とディッシュ間の接着分子を効果的に消化します。一方、過剰な処理は細胞へのダメージにつながることが知られており、これは以前の記事で検証しました(関連記事:「【やってみた】細胞をTrypsinで処理しすぎてみた」)。
細胞の継代操作では、Trypsinが十分に作用したことを確認できたらウシ胎仔血清(Fetal Bovine Serum、FBS)を含む培地を加えてTrypsin処理を終えます。この操作はTrypsinの活性を阻害する物質がFBSに豊富に含まれていることを利用しています。ところで、皆さんはFBSが本当にTrypsinの作用を抑えていることを確かめたことはあるでしょうか?また、FBS不含の培地(無血清培地)で希釈しただけでは止められないというのも確認したことがあるでしょうか?今回はこの疑問を解消すべく、いくつかの濃度のFBSを加えた状態でTrypsin処理を行い、生存率や生細胞数への影響を確かめました。
実験方法
・細胞
Trypsin処理で剥がしたHeLa細胞の懸濁液
・手順
- 細胞懸濁液を遠心分離
- 上澄みをアスピレートしてGibco™ DPBS(製品番号14190144)で再懸濁
- 細胞懸濁液を遠心分離
- 0.25% Trypsin(Gibco™ Trypsin Phenol Red含有、製品番号15050065)で再懸濁
- 100 µLずつチューブに小分け
- 表1のように無血清培地(Gibco™ DMEM/F-12製品番号10565018)とGibco™ Fetal Bovine Serum(FBS)(製品番号A5256701)を加えて表1の4つの実験条件を用意
- 37℃の温浴で30分間インキュベート
- Gibco™ Trypan Blue溶液(製品番号15250061)と細胞懸濁液を1:1で混合してInvitrogen™ Countess™ Chamber Slide(製品番号C10283)に注入
- Invitrogen™ Countess™ 3 FL自動セルカウンターの明視野モードで自動セルカウント
条件 | 細胞懸濁液 (μL) |
無血清培地 (μL) |
FBS (μL) |
FBS終濃度 (%) |
① | 100 | 100 | 0 | 0 |
② | 100 | 99 | 1 | 0.5 |
③ | 100 | 90 | 10 | 5 |
④ | 100 | 0 | 100 | 50 |
FBSによる細胞へのTrypsin作用の抑制効果
以前の検証では、37℃、30分間のTrypsin処理によりHeLa細胞の生存率、細胞数の低下がみられたことから、今回の検証も同じインキュベート条件としました。条件①は、無血清培地でTrypsin溶液を2倍希釈した状態なので、Trypsinの活性は残存しているはずです。条件③は、10%FBS含有培地でTrypsin溶液を2倍希釈した条件なので、一般的な継代操作でのTrypsin処理停止を模しています。条件②と④は、条件③の1/10の濃度と10倍濃度のFBSを加えた条件です。また、今回の自動セルカウントでは、Countess 3 FL自動セルカウンターのパラメーター調整機能により、細胞の破片はカウントから除外しました(関連記事:「【やってみた】細胞をTrypsinで処理しすぎてみた」)。
それではTrypsin処理30分後の測定結果を見ていきましょう。図1はそれぞれの条件の生存率の結果で、図2は生細胞濃度の結果です。
生存率については、どのFBS濃度条件でも差がほぼありませんでした。予想ではFBS濃度0%のサンプルの生存率が低下すると考えていたのですが、今回の検証では無血清培地でTrypsinを2倍希釈した条件のため、以前の検証よりもTrypsinの作用が弱まったと考えられます。
次に生細胞の濃度を確認したところ、FBS添加の条件(0.5、5、50%)と比較して、FBS無添加(0%)で生細胞濃度が顕著に低下しており、過剰なTrypsin処理による影響が見られました。一方、FBSによるTrypsin作用の抑制効果は、0.5から50%まで差がありませんでした。一般的に行われている10%FBS含有培地によるTrypsin処理の停止操作はFBS原液を使用することと同等の効果があることがわかりました。加えて、少なくともこの実験においては、通常の停止操作の1/10の濃度のFBSでもTrypsinの作用を十分に抑制できることが示唆されました。
まとめ
今回は、過剰なTrypsin処理を行う実験系を使って、細胞培養では一般的であるFBSによるTrypsin処理の停止効果を検証しました。その結果、FBSが確かに細胞へのTrypsinの作用を抑制していることが確認できました。一方、今回はHeLa細胞を使い、生存率と生細胞濃度のみを評価しました。残存している可能性のあるTrypsin活性による細胞表面分子の消化や、浮遊状態の継続が細胞に与えるストレスなどの影響は否定できません。また、別の細胞の場合は異なる結果が出るかもしれません。普段の細胞培養でのTrypsin処理は必要最小限にし、細胞を良い状態で維持し続けられるよう心がけてください。
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