高密度細胞培養システムは、専用の浮遊細胞株を用いた特別な培養方法です。安定的な運用には、設備面だけではなく細胞培養技術についても考慮する必要があります。高生存率・高密度での培養を実現するため、専用の細胞株と培地を用いた培養条件が厳密に指定されています。そのため、高密度細胞培養システムでの細胞培養は一般的な浮遊細胞の培養技術とは異なる注意点が多く存在します。前回の記事では、高密度細胞培養システムの新規導入における設備面の確認事項を解説しました(関連記事:タンパク産生やウイルス産生を目的とした高密度細胞培養システム導入の第一歩:設備状況確認編)。
そこで今回は、高密度細胞培養システムの導入においてトラブルが起こりやすい専用細胞株の導入にフォーカスして、細胞株の適切な取り扱いや注意点をご紹介します。当社のGibco™ Expi293™/ExpiCHO™タンパク質発現システムや、Gibco™ LV-MAX™/AAV-MAXウイルス産生システム(表1)を使用する際にはそれぞれのUser Guideに従って実験し、当記事を補助資料として活用してください。
製品名 | 製品番号 | 培地 | 細胞株 |
Gibco™ Expi293™ Expression System Kit | A14635 | Gibco™ Expi293™ Expression Medium | Gibco™ Expi293F™ Cells |
Gibco™ ExpiCHO™ Expression System Kit | A29133 | Gibco™ ExpiCHO™ Expression Medium | Gibco™ ExpiCHO-S™ Cells |
Gibco™ LV-MAX™ Lentiviral Production System | A35684 | Gibco™ LV-MAX™ Production Medium | Gibco™ Viral Production Cells |
Gibco™ AAV-MAX Helper-Free AAV Production System Kit | A51217 | Gibco™ Viral Production Medium | Gibco™ Viral Production Cells 2.0 |
▼もくじ
細胞株の導入①~納品~
通常、細胞株はクラッシュしたドライアイスに埋設された状態(超冷凍条件)で輸送・納品されます。納品されたらすぐに開梱し、ドライアイスが十分に残っていることを確認してください。ドライアイスが溶けていた場合は超低温が保たれていなかった可能性があり、細胞の生存率や性能が著しく低下している恐れがあります。できればその状況を撮影しておき、販売代理店担当者に相談してください。適切に納品されたことが確認でき、すぐに細胞株の培養を開始する場合は次の章に進んでください。
細胞株を培養する準備が整っていない場合は一時的に保管する必要があります。この際、細胞株は-80 ℃の超低温冷凍庫ではなく、液体窒素タンクの気相に保管してください。凍結細胞は-150 ℃以下の温度条件で長期間の保存が可能です。液体窒素タンク(図1)で保管した細胞の解凍は、保管開始から3~4日が経過してから実施してください。短期間のうちに急激な温度変化を繰り返し与えると、細胞の品質が低下する原因になる恐れがあります。

図1. 液体窒素タンク Thermo Scientific™ Locator™ Plus ラック&ボックスシステム
細胞株の導入②~培地の取り扱い~
納品された培地は遮光状態の冷蔵庫で保管してください。前面が透明なショーケースタイプの冷蔵庫を使用している場合はガラス面にアルミホイルを張り付けて遮光したり、培地ボトル自体をアルミホイルで覆ったりして、培地が光に長時間さらされることを防いでください。光は培地中の成分を分解して性能を低下させる原因となり、期待通りに結果が得られなくなる恐れがあります。
表1に掲載されている培地のうち、Viral Production Mediumはキットに同梱されているGibco™ GlutaMAX™ Supplement(製品番号 35050061)を終濃度4 mMとなるように事前に添加する必要があります。その他の培地はそのまま培養に使用することができます。
表1に掲載されている高密度培養キットでは、37 ℃にpre-warmした30 mLの培地を入れた125 mL容量のシェイカーフラスコ(製品番号 4115-0125など、図2)を使って解凍した細胞の培養を開始します。培地をpre-warmする際は適切な容器に必要量をボトルから取り分けておくとよいです。ボトルごとpre-warmすると冷蔵状態から37 ℃まで加温するのに時間がかかる上、当日に使わない培地をも加温することとなり培地の品質低下を早める危険性があります。培地のpre-warmは加温効率の良いウォーターバスの使用が推奨されます。十分に時間をかけてpre-warmしてください(関連記事:【やってみた】冷蔵庫から出した培地が37 ℃まで温まる時間を計ってみた)

図2. シェイカーフラスコ
細胞株の導入③~培養装置の設定~
前回の記事で解説したように、高密度細胞培養には浮遊培養用の特別な設備が必要です(関連記事:タンパク産生やウイルス産生を目的とした高密度細胞培養システム導入の第一歩:設備状況確認編)。表1に掲載されているキットの培養には37 ℃、80%以上の高湿度、8% CO2の環境が必要です。遅くとも前日までにはインキュベーターの電源を入れて設定し、上記の環境が整っていることを確認してから細胞の解凍に進んでください。
解凍した細胞の培養開始は、30 mLのpre-warm培地を入れた125 mL容量の培養フラスコ(製品番号 4115-0125 など)で実施します。培養時のオービタルシェーカーの回転速度は使用するシェーカーの軌道軸直径に合わせて設定します。目安は表2の通りで、表1の全てのキットに共通です。回転数が少なすぎると培地と細胞が十分に撹拌されず、酸素や栄養の供給不足や細胞凝集の発生につながり、細胞の増殖不良の原因となります。また、回転数が多すぎると細胞に機械的なストレスがかかり、これが原因で細胞が死滅することがあります。初めて高密度培養を実施する際には表2に示されている回転速度の中央値に設定し、様子を見ながら必要に応じて調節してください。
シェーカーの軌道軸直径 | 回転速度(rpm) |
19 mm | 125 ± 5 |
25 mm | 120 ± 5 |
50 mm | 92 ± 5 |
細胞株の導入④~凍結細胞の解凍~
培地と培養装置の準備が整ったら、いよいよ細胞培養を開始します。以下では凍結細胞の解凍操作の流れを記載します。細胞によって細かい違いがあるため、必ず各キットや細胞のUser Guideを参照してください。
- 125 mL容量の培養フラスコに30 mLのpre-warmした培地を入れておく。
- 凍結細胞のバイアルを37 ℃設定のウォーターバスで穏やかに揺らしながら1~2分間加温する。
- コンタミネーションの原因となるため、バイアルのふたより上までウォーターバスに沈めない。
- 小さな氷が残る程度までとけたら加温を止めて次のステップに進む。
- 水気を拭き取り、70%エタノールで清拭してから安全キャビネットに持ち込む。
- (重要オプション)2 mLまたは5 mLのピペットを使って細胞懸濁液を均一にし、セルカウント用に分取してPBS(Ca2+/Mg2+不含)で5~10倍希釈する。
- 先端口径の太いピペットを使うことで、細胞への機械的刺激を和らげる。Trypan Blue溶液(製品番号 15250061 など)を用いて細胞濃度と生存率を計測し、記録しておく。
- 想定通りに細胞が増殖しないときに、解凍直後の生存率が原因調査の参考情報となる。
- 2 mLまたは5 mLのピペットを使って、残りの細胞懸濁液をバイアルから1のフラスコに移す。
- 先端口径の太いピペットを使うことで、細胞への機械的刺激を和らげる。
- CO2インキュベーター(37 ℃、湿度80%以上、8% CO2)で浮遊培養を開始する。
- オービタルシェーカーの設定は表2参照。
- 3~4日後に細胞濃度と生存率を測定し、基準の細胞濃度、生存率に達していることを確認する。
- 表3の基準に達しない場合、さらに最大3日間まで培養を継続して様子を見る。
- 表4の継代可能な細胞濃度に達したら、継代する。
- 基準の濃度範囲を超える前に継代すること。
細胞株 | 細胞濃度 | 生存率 |
Expi293F Cells | 1×106 viable cells/mL以上 | 90%以上 |
ExpiCHO-S Cells | 4~6×106 viable cells/mL | 90%以上 |
Viral Production Cells | 1×106 viable cells/mL以上 | 90%以上 |
Viral Production Cells 2.0 | 1×106 viable cells/mL以上 | 90%以上 |
細胞株 | 細胞濃度 |
Expi293F Cells | 3~5×106 viable cells/mL |
ExpiCHO-S Cells | 4~6×106 viable cells/mL |
Viral Production Cells | 3.5~5.5×106 viable cells/mL |
Viral Production Cells 2.0 | 4~6×106 viable cells/mL |
細胞株の導入⑤~セルカウント時の注意点~
高密度培養では正確なセルカウントが重要です。培養開始後の細胞の増え具合の確認はもちろんのこと、継代に適した細胞濃度が厳密に指定されているためです(表4)。細胞濃度が高くなりすぎると細胞の増殖速度の低下やタンパク質・ウイルスの産生性能が低下する恐れがあります。ここでは正確なセルカウントのためのポイントや関連する注意点を解説します。
(1)十分均一にした細胞懸濁液から測定用のサンプルを分取する
高密度培養ではシェーカーでの培養を止めたその時から細胞が沈み始めます。サンプル分取の直前に懸濁液を均一にしないと、実際よりも濃いまたは薄い濃度が算出され、継代するタイミングを誤ったり、想定と異なる濃度で継代してしまったりするトラブルにつながります。ただし、過剰な物理的刺激は細胞を痛める恐れがあるため、必要なだけの撹拌を心がけてください。
(2)培養フラスコは速やかに培養装置に戻す
セルカウントするためには一時的に培養フラスコを培養装置から取り出して安全キャビネットへ持ち込む必要があります。このとき培養フラスコは室温、大気条件(低CO2濃度)にさらされます。さらに、静置状態が続くと細胞が沈んでフラスコの底に堆積し、細胞にストレスがかかるとされています。セルカウント用のサンプルを分取したら、速やかにフラスコを培養装置に戻してください。
(3)沈殿が発生していないTrypan Blue溶液を使用する
Trypan Blueは時間経過や光暴露で沈殿が発生しやすい試薬です。沈殿は死細胞と誤認識されることがあり、細胞濃度や生存率の正確な測定を妨げることがあります。沈殿が見られる場合は新品を用意するか沈殿を除去してからセルカウントに使用してください。(関連記事:【やってみた】沈殿だらけのトリパンブルーで自動セルカウントしてみたら誤認識されました)
(4)自動セルカウンターのおすすめ
適切な範囲での細胞濃度の管理が重要な高密度培養システムでは、正確で安定したセルカウントが求められます。セルカウントの正確性や安定性に不安のある方や、大量のサンプルを扱っていて少しでも作業時間を削減したい方には、当社が提供しているInvitrogen™ Countess™ 3自動セルカウンター(図3)をおすすめします。使い方はとても簡単です。いつものセルカウントと同じように細胞とTrypan Blueの混合液を準備し、ディスポーザブルのチャンバースライド(または再利用できるガラス製のスライド)に注入してCountess 3本体に挿入します。セットしたパラメーター(細胞の大きさ、明るさ、真円度)に従い画像解析して細胞を自動認識し、細胞の濃度と生存率を算出します。細胞の認識と生死判定において実験者の主観を排除できるので、いつ・誰が測定しても同じ基準で測定でき、結果の正確性と安定性の向上に貢献します。デモも可能ですのでご興味がありましたらテクニカルサポート(jptech@thermofisher.com)にお問い合わせください。
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まとめ
この記事では、高密度培養システムの導入における細胞や試薬の取り扱いと、細胞の解凍操作のポイントを解説しました。一般的な浮遊細胞の培養とは異なる注意点があるため、解凍した細胞の培養を軌道に乗せるまでが初めて高密度培養を実施する方にとっての最初のハードルになることが多いです。このブログをご参考いただき、タンパク質や組み換えウイルスを産生させる強力な実験ツールである高密度培養システムを活用してください。
当社では高密度培養システムをベースとしたタンパク質産生やウイルス作製の受託サービスを提供しています。ご自身の施設では高密度培養システムの導入が困難なお客さまや、時間やマンパワーを含めたトータルのコストを削減したいお客さまへ、高品質で安定した成果物を供給いたします。また、高密度培養システムの導入を検討されているお客さまには、期待される成果物を得られるかどうかをお試しいただく機会としてご利用いただけます。受託サービスについては当社受託サービス部門にお問い合わせください。
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