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史上初の合成基礎培地~必須栄養素の解明を目指して

作成者 LatB Staff 02.16.2023

2022年に60周年を迎えたGibco™ ブランドは約300種類の細胞培養用の培地製品を扱っています。1900年頃から始まった組織培養・細胞培養実験の技術は、100年以上の歴史の中で開発・改良され続けており、培養液は主役の一つと言っても過言ではありません。1950年頃までの培養液は、生理的塩類溶液に生体由来成分(リンパ液、血漿、血清など)を加えたものが多く使われていました(関連記事「組織培養の成立―細胞培養誕生前夜」)。そして1950年代から1970年代に、現在も汎用されている合成培地(基礎培地)の多くが開発され、「基礎培地+血清などの添加物」で培養液を作製する形式が確立していきます(関連記事「意外と知らない基礎培地の世界」)。当記事では、細胞の生存や増殖に寄与する化合物で構成された合成培地の開発が求められた背景や、史上初の合成培地とされるMedium 199の開発の過程を当時の文献で振り返ります。

▼こんな方におすすめです!
・細胞培養や組織培養をこれから始める方
・細胞培養や組織培養を実施している方
・細胞培養や組織培養の歴史に興味のある方

 

▼もくじ

  • 細胞培養に必須のアミノ酸の同定を目指して
  • 生体成分主体の培地から合成培地へ
  • まとめ
  • 【無料ダウンロード】Gibco細胞培養基礎ハンドブック

細胞培養に必須のアミノ酸の同定を目指して

組織培養実験が盛んになりつつあった1910年代頃には、培養組織の細胞の生存や増殖にアミノ酸が必須であろうというアイデアが存在したとされます。しかし、当時の培養液の栄養成分の主体は、組成が不明な上に採取ロットごとに組成が変化しうる生体由来成分でした。そのため、濃度が未知のアミノ酸(またはその機能を代替しうる物質)が含まれている可能性が高く、個々のアミノ酸の要求性の検証は困難でした。

そこでデンマークの生物学者Albert Fischerは、透析によってアミノ酸などの低分子化合物を除いた生体由来成分を用いて培養液を作製することにしました。実験に使用された培養液は、Tyrode液(生理的塩類溶液の一種)に透析済みニワトリ血漿と”basic nutrient”と命名された栄養物混合液を加えたものです。basic nutrientは、無機塩類、アミノ酸、ビタミン類、その他、生体に必要な栄養素としてスウェーデンの化学者Gösta Ehrensvärdによって経験的にまとめ上げられた50弱の成分で構成される溶液です(組成は参考文献1を参照)。この培養液に透析済み胚抽出液を1滴添加して血漿成分を凝固させ、さらに透析済み血清とbasic nutrientを加えて培養しました。評価対象のアミノ酸の除去は、basic nutrientから除去することで行われました。全ての生体由来成分は透析済みのため、basic nutrientから特定されたアミノ酸だけが供給されるという実験設計です。

孵卵9日のニワトリ胚から採取した筋肉細胞を上記の培養液で培養することにより、個々のアミノ酸の要求性の検証を試みました。この実験から、Fischerは筋肉細胞の増殖に寄与するいくつかのアミノ酸を見出しました。しかし、どのアミノ酸を除いても細胞の増殖が完全に停止または死ぬわけではなかったため、細胞培養に必須のアミノ酸の同定には至りませんでした。

Fischerの実験で必須のアミノ酸を同定できなかった原因について、当時の議論でいくつかの仮説が提示されています。生体由来成分の透析操作が不完全であった可能性、培養液の50%以上を占めている生体由来成分に含まれる物質が不足アミノ酸の機能を補った可能性、組織片から放射状に生え広がる細胞の追跡では、細胞の増殖を正確に評価できなかった可能性などです。これらの課題を解決することにより、後年の重要な培地の開発につながったのですが、その話はまた別の機会に譲ることにします。

[参考文献1]
Fischer A (1948) “Amino-acid metabolism of tissue cells in vitro.” Biochem. J. 43(4):491-7 (PMID: 16748439)

生体成分主体の培地から合成培地へ

培養液の検討は生理的な塩類溶液の組成の検討とともに進展しており、1950年代までには現在でも使用されている主要な塩類溶液が発表されています。このころには、塩類溶液によって生理的な塩類組成(Na+、K+、Ca2+など)や浸透圧を再現し、リン酸緩衝系や炭酸緩衝系で培養液のpHの維持を図るとともに、栄養素としてグルコースや生体由来成分などを加える形式が確立していきます。当時の最先端であったEarleの塩類組成や、Dulbeccoの生理的塩類溶液の組成は、現在に至るまで、炭酸緩衝系を利用する合成培地やリン酸緩衝生理食塩水の塩類組成のスタンダードとなっています(関連記事:DPBSのルーツを調査してみた件)。

摘出した組織片をある程度安定的に培養できるようになると、細胞の生存や増殖に関与している物質の特定に研究の対象が移り始めます。しかし、未知の成分が含まれうる生体成分が主体の培養液を使用している限りこの研究はままならないため、chemically-definedな培地の開発が求められました。こういった経緯の中で1950年に発表されたのが、史上初の合成基礎培地とされるMedium 199(当社製品番号11150059)です。

論文の著者であるJoseph F. Morgan、Helen J. Morton、Raymond C. Parker(いずれもカナダの研究者)は、孵卵11日目のニワトリの肢の筋肉組織の断片を採取し、ウマ血清とニワトリ胚抽出物を含む完全培地でしばらく培養してガラス製試験管に生着させました。その後、さまざまな組成の培養液に交換して培養を継続することにより、筋肉組織の生存を延長させる効果のある成分を探索しました(最終的な組成は参考文献2の組成表やこちらを参照)。

ネガティブコントロール実験として、栄養成分無添加のEarleの塩類溶液(現在はEBSSとして知られている)での培養では、平均6.6日の生存が観察されました。ここにアミノ酸類を加えることで、平均14.5日に延長させました。さらにビタミン類などを加えて、平均16.8日に延長。このような検討を繰り返し、最終的に生存日数平均33.0日の組成にたどり着きました。なお、最終形の組成では、70日以上生存した事例もあったと記載があります。199とは培地の組成番号であり、148Bなどといった枝番号の記録もあるため、200種類以上の組成を検討したと推察されます。文献によると実験の試行回数はおよそ3,000回とのことです。当時はディスポーザブルのプラスチック製品など存在しないので、実験そのものに加えてガラス器具の洗浄・滅菌作業も膨大な仕事量だったと想像されます。

Medium 199は、代表的な基礎培地の中ではもっとも多い60種類以上の化合物で構成されています(Table 1)。これは、有効成分の足し算の繰り返しによって培地の組成が決定された結果と思われます。Medium 199の開発により、筋肉細胞の生存を促進する効果がある多くの成分が同定された一方で、細胞の生存に必須の物質の同定は果たせませんでした。また、生体由来成分無しで細胞を増殖させることができる合成培地(無血清培地)の開発にも至っていません。現在においても、特定の細胞を対象とする無血清培地を除いて、汎用的な無血清培地は開発途上の段階です。Medium 199の開発は、その後70年以上解決されない課題に挑んだ研究だったと言えるのかもしれません。

代表的な基礎培地の含有物数

DMEMなどの後発の有名培地と比べると使用頻度は劣りますが、2022年だけでも1,000報以上の文献にMedium 199の記述があります(Google Scholar調べ、2022年12月)。Medium 199は、組織培養・細胞培養実験にchemically-definedな培養液による実験系を導入したパイオニアでありながら、最古の基礎培地として70年以上現役で活躍し続けています。

[参考文献2]
Morgan J F et al. (1950) “Nutrition of animal cells in tissue culture; initial studies on a synthetic medium.” Proc. Soc. Exp. Biol. Med. 73(1):1-8 (PMID: 15402504)

まとめ

  • 細胞培養実験は当初、組成が未知の生体成分を多く含有する培養液を用いていました
  • 細胞の栄養要求性を解析するため、組成が明らかな基礎培地の開発が求められました
  • 史上初の動物細胞用の合成基礎培地Medium 199が1950年に発表されました

 

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