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Accelerating ScienceLearning at the Bench / 細胞培養・イメージング / 細胞の培養と継代のルーツを探ってみた件(後編)

細胞の培養と継代のルーツを探ってみた件(後編)

Written by LatB Staff | Published: 09.08.2022

接着性の培養細胞を用いた実験では、細胞培養用の培地やバッファーに加えて、細胞解離試薬が必要です。前編では、細胞解離試薬としてTrypsinが使われるようになったルーツを探り、1916年の論文にたどり着きました。後編では、EDTAの初登場およびTrypsinとEDTAの混合液が培養細胞に初めて使われた論文を扱います。そして、発見の経緯がTrypsinやEDTAと深い関わりのある、細胞接着分子カドヘリンを発見した竹市雅敏博士らの論文についても触れていきます。

▼こんな方におすすめです!
・細胞培養をこれから始める方
・Trypsin-EDTAについて知りたい方
・細胞培養の歴史に興味のある方

▼もくじ

  • 細胞培養実験にEDTA登場
  • Trypsin-EDTAの初登場
  • 細胞接着分子の発見
  • まとめ
    • 3D細胞培養&解析ハンドブック(英語版)無料ダウンロード
    • 【無料ダウンロード】Gibco細胞培養基礎ハンドブック

細胞培養実験にEDTA登場

EDTA(ethylenediaminetetraacetic acid:エチレンジアミン四酢酸)は、主に2価の陽イオンをキレートする化合物です。細胞培養実験においては、カルシウムイオンとマグネシウムイオンを指します。EDTAは、カルシウムイオンやマグネシウムイオンに依存的な細胞接着タンパク質の機能を阻害することにより、細胞の解離を促進します。この機能を十分に発揮させるため、Trypsin-EDTA処理の前にPBS(-)などのバッファーで細胞を洗浄し、基礎培地やFBSに含まれる2価の陽イオンを除去します。PBS(-)の”(-)”は、2価の陽イオンが含まれていないことを示しています。(+)のレシピも存在しており、使用目的が異なります。そのため、両方のバッファーを使用している研究室では、手元にあるバッファーの組成に注意する必要があります。

前編でご紹介したように、1916年にRousらは、組織片からの細胞の単離と培養細胞の継代にTrypsinを用いる手法を報告しました。続いて筆者は、EDTAが細胞培養実験に初めて登場した論文の探索を進めました。その結果、Rousらの研究の約40年後の1955年に発表された、NeumanとMcCoyの論文にたどり着きました。
[参考文献1] Neuman & McCoy (1955) “A simple assay procedure for materials and conditions in tissue culture.” Experimental Cell Research, 9(2):212-20 (PMID: 13262034)

McCoyの名にピンときた方は、細胞培養に詳しい方か、関連記事の「意外と知らない基礎培地の世界」をお読みいただいたのかもしれません。最も使用されている基礎培地の一つであるRPMI 1640の原型の基礎培地McCoy’s 5Aなどの培地を開発した研究者です。この論文では、培養細胞(ニワトリ胚の皮膚由来の初代培養細胞)にさまざまな化合物や血清などを加え、細胞の形態(線維芽細胞に特徴的な紡錘形の形態)への影響を解析しています。

当時は細胞培養実験の勃興期であり、実験手技や評価系が研究者間で統一されていない状態でした。そこで、培養細胞に対する化合物や添加物の影響を定量的に評価する基準を策定することが当論文の目的でした。EDTAは評価対象物質の一つとして登場しています。この時点では、Trypsinと組み合わせて細胞の継代に用いられたわけではありません。ちなみに、当論文の評価対象物質として大豆由来のTrypsin inhibitorも登場しています。Trypsinで処理されている細胞が次第に丸い形態に変化していく現象を、皆さんもよく観察していると思います。当論文では、Trypsinの作用を阻害できるTrypsin inhibitorの濃度を細胞形態の観察から定量的に導いています。

同様にして、当論文では、EDTA(2.0 mM)が細胞の紡錘状の形態を完全に抑制しており(すなわち、細胞接着を強く阻害した)、この効果を硫酸マグネシウム(4.0 mM)で打ち消すことができることを報告しています。EDTAについての記述は、この実験結果を説明するわずか2文においてのみであり、EDTAを用いた理由や、細胞接着に関する考察は記述されていません。上述のように、当時は細胞培養実験の勃興期であったため、細胞の接着の仕組みを議論する以前の段階だったと推察されます。

ところで、上記の実験結果において、EDTAの効果を打ち消したのがカルシウムイオンではなく硫酸マグネシウム(マグネシウムイオンが機能したと考えられる)であったことは、実は重要な観察結果でした(カルシウムイオンの効果を検証したのかは記述されていない)。後述する竹市博士は、培養細胞とディッシュ(タンパク質でコート済み)との接着には、カルシウムイオンよりもマグネシウムイオンの方が機能していることを1972年に報告しています。Neumanらは、同様の現象を17年前に見いだしていたことになります。細胞接着における陽イオンの機能の知見を深めた竹市博士は、細胞-細胞の接着と細胞-基質(タンパク質)の接着は異なるシステムが機能していることを示し、後年のカドヘリンの発見につながっていきます。
[参考文献2] Takeichi & Okada (1972) “Roles of magnesium and calcium ions in cell-to-substrate adhesion.” Experimental Cell Research, 74(1):51-60 (PMID: 4627417)

Trypsin-EDTAの初登場

さて、Neumanらの研究を知っていたかどうかは不明ですが、わずか2年後の1957年に、TrypsinとEDTAを組み合わせて細胞の継代に用いた実験をWestwoodらが発表しています。
[参考文献3] Westwood et al. (1957) “Transformation of normal cells in tissue culture: its significance relative to malignancy and virus vaccine production.” British Journal of Experimental Pathology, 38(2):138-54 (PMID: 13426415)

当論文にNeumanらの論文は引用されておらず、EDTAを使用した理由の説明も特にありません。Westwoodらは、Trypsin-EDTAを用いて細胞を剥がす方法は、単一化した細胞を得ることができ、凝集塊が少なくセルカウントがしやすいため、最もよい方法であると記述しています。濃度などの細かい部分に違いあるものの、現代に通じるTrypsin-EDTAを用いた細胞の剥離方法はこの論文において成立したと言えるでしょう。いま(2022年)から65年前のことです。

細胞接着分子の発見

ここまで、細胞剥離試薬としてのTrypsinとEDTAのルーツとなる論文を探索してきました。最後に、これらの現象の中心に存在する細胞接着分子カドヘリンを発見した竹市博士の仕事に触れたいと思います。竹市博士の研究業績については、ご本人の最終講義やインタビューをもとにした記事がインターネット上に掲載されているため、詳細はそちらをご覧ください。

博士は、TrypsinとEDTA(またはEGTA)を用いて、細胞接着の現象を詳細に観察し、細胞接着に2価の陽イオンが必要であること、カルシウムイオンとマグネシウムイオンは細胞接着において異なる役割を持つこと、細胞接着にはカルシウム依存的なものとカルシウム非依存的なものがあることなどを明らかにしました。そして、カルシウム依存的な細胞接着を制御するタンパク質に着目して研究を進め、モノクローナル抗体の作製によってその実体を同定し、カドヘリンと名付けました。
[参考文献4] Yoshida-Noro et al. (1984) “Molecular nature of the calcium-dependent cell-cell adhesion system in mouse teratocarcinoma and embryonic cells studied with a monoclonal antibody.” Developmental Biology, 101(1):19-27 (PMID: 6692973)

さらに、カドヘリンのcDNAをクローニングし、カドヘリンを発現していない(≒細胞間の接着が弱い)株細胞にこのcDNAを遺伝子導入しました。その結果、細胞同士の接着が誘導され、細胞接着面へのカドヘリンの局在が観察されました。この実験により、カドヘリンが細胞接着を担う分子であることが直接的に証明されました。
[参考文献5] Nagafuchi et al. (1987) “Transformation of cell adhesion properties by exogenously introduced E-cadherin cDNA.” Nature, 329(6137):341-3 (PMID: 3498123)

これらの発見を端緒として、細胞接着を担うさまざまな分子が同定され、新しい仕組みが解明され続けています。Gibco™ブランドは、重要な発見につながった多くの細胞培養実験を60年間にわたってサポートしてまいりました。今後も当社の細胞培養関連製品をご愛用いただけますと幸いです。

まとめ

・1955年、細胞培養実験にEDTAが初めて登場しました。
・1957年、TrypsinとEDTAの組み合わせが細胞解離に効果的であることが初めて記述されました。
・TrypsinやEDTAなどを用いて細胞の接着の仕組みが解析され、1980年代のカドヘリンの発見につながりました。

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