プラスミドベクターと言えば、一昔前までは研究の主役を担っていたラボも多かったのではないでしょうか?ところが現在ではめっきり影が薄くなり、冷凍庫の奥で日の目を見ないことが多くなったように思います。それに伴い昔はラボに一人二人必ずいた“プラスミドマニア”にもなかなかお会いすることができなくなりました。普段は大きな問題はないのですが、突然クローニングやタンパク質発現をしないといけなくなった時、彼らの存在価値を知り愕然とするという事態になりかねません。
彼らはどこかでひっそりと生きながらえているはずですが、なかなか見つけるのは大変だと思います。そんな時にはこのブログに目を通してみてください。彼ら程ではないかもしれませんが、少しはお役に立てるはずです。
ブログ「ベクターマップの読み方~クローニング・タンパク質発現で迷子にならないために」は以下3回のシリーズでお届けします。
第1回 プラスミドベクターの構造とベクターマップから分かること
そもそもプラスミドベクターとはどのようなものか?プラスミドベクターの大まかな構造、含まれるエレメントについて簡単に説明します。第2回と合わせて見ていただければ、ベクターマップから実験に必要な情報を読み取れるようになるはずです。
第2回 プラスミドベクターに含まれるエレメントリスト(2024年11月8日公開)
プラスミドベクターに含まれるエレメントの役割、機能などをまとめたリストです。ベクターマップを読み解く際に辞書代わりにご利用ください。
第3回 ベクターマップの読み方:実例集
応用編です。実際にベクターを入手した際にどのように扱えばよいのかを冷静に見極めるための手順、考え方について、実例を使ってご説明します。
プラスミドベクターとは?
そもそもプラスミドベクターとはどんなものでしょうか?
プラスミドは大腸菌などバクテリアがゲノム外に持つ小さな環状2本鎖DNAで、菌内で自己複製できます。不要な部分を除き、必要なエレメントを挿入するなど、使い易いように改変したものが実験に使われています。一方、ベクターの説明としては「運び屋」という言葉がよく使われます。つまり、プラスミドベクターとは、遺伝子などを運ぶ道具として改変されたプラスミドのことを指します(図1)。他にウイルスに外来遺伝子などを組み込んだウイルスベクターというものがありますのでご注意ください。

図1. プラスミドベクターは遺伝子などを運ぶための道具で、大腸菌内で複製できる
ベクターマップは、そのプラスミドベクターにどのような道具・要素(エレメント)が含まれるかを図示したものです。マップから扱い方、すなわち何に、どのように使えるかを読み取れます。ただし、多くの知らないエレメント名が記載されていて、使う前にどこを見たらよいのか分かりにくいと思います。また、実際は全てを完全に理解する必用はありませんが、一つでも分からないエレメントがあると不安、ということもあると思います。
本ブログでは、知っておく必要がある主要エレメントについて、InvitrogenTM pcDNATM3.1(+) Mammalian Expression Vector(図2)を例にし、以下の順で簡単に説明します。
- 必須エレメント3種(origin、抗生物質耐性遺伝子、クローニングサイト)
- 発現ベクターに必要な転写、翻訳関連エレメント
- その他のよく見かけるエレメント
このブログをご覧いただければ、多くの一般的なマップはだいたい「読める」ようになると思いますが、分からないエレメントがあったら不安という方は、第2回のエレメントリストを一緒にご覧ください。
1. 3種の必須エレメント

図2. pcDNA3.1のベクターマップ:
必須エレメント
origin:図2のpUC ori
〈注意〉f1 oriではない(ブログ第2回参照)。SV40 oriでもない(後述)。
プラスミドの必須機能である自己複製能力に関わるエレメントで、ここからプラスミドの複製が開始されます。必須エレメントですが、多くの場合「ここにoriginがあるな」と知っておいていただくだけで十分です。
機能・役割:プラスミドが大腸菌内で自己複製する際の起点となるエレメント
マップ上の記載:origin(オリジン)、ori(オリ)、あるいは種類名(pUCなど)
種類:pUC、pBR322、ColE1、pMBなど
プラスミドのコピー数について
originの種類によってプラスミドベクターのコピー数(1菌体あたりの個数)が異なります。コピー数に関しては、以下3点を気に留めておいていただければ十分です。
- ハイコピータイプ(pUCなど、数百個/菌体)、とローコピータイプ(ColE1、pBR322、pMB1など、数十個/菌体)
※ただし、ColE1と書いてあってもその改良型のpUCの可能性もあるので、あまり気にしても仕方が無いかもしれません。特に理由が無ければ多くの場合ハイコピータイプが使われています。 - 大腸菌が嫌う配列(繰り返し配列、毒性遺伝子配列など)をクローニングする場合、および大きめのプラスミドベクターの場合はローコピータイプのoriginの方が向いているといわれています。また、大腸菌発現用ベクターであるpET系ベクターではpBR322が使われることが多いです。なお、pUCの場合、培養温度を25~30 ℃に下げるとコピー数を下げられるのでそれで対応できるケースも多そうです。
- 当然ながらローコピータイプはプラスミド抽出で高収量を望めません。ただし、これもクロラムフェニコールを添加して一時的にコピー数を増やす方法である程度対処可能です。
抗生物質耐性遺伝子:図2のAmpicillinとNeomycin
プラスミドベクターを導入した大腸菌の選別・培養を行う際に使用できる抗生物質を知るために必須の情報です。マップに抗生物質名が記載されているはずなので、なんとなくこれかなと分かるので通常問題無いですが、2つ以上見つかった場合要注意です。上記の例では、Ampicillinが大腸菌用、Neomycinが培養細胞(宿主)用です。見分け方は幾つかありますが、宿主用プロモーター(SV40 ori、分かりにくいですがSV40ウイルスのoriginをプロモーターとして使用しています)があるかどうかで見分けるのがよいと思います。プロモーターと宿主に関してはブログ第2回にまとめますのでよろしければご覧ください。
機能・役割:プラスミドが導入された組み換え生物・培養細胞等宿主を選別するために使用
マップ上の記載:Ampicillin・Ampなど抗生物質名、あるいはAmpicillinR・AmpRのように抗生物質名の後ろにR(resistance geneの略)を付けたものが多い
種類: ampicillin耐性遺伝子、kanamycin耐性遺伝子(neomycin耐性遺伝子、基本同じもの)など、よく使われるものが10種程度
抗生物質には原核生物のみに効くもの、原核生物と真核生物両方に効くものがあります。
原核生物のみ:ampicillin、kanamycin、chloramphenicol、spectinomycin、neomycinなど
原核生物及び真核生物:G418(= Geneticin) 、zeocin、blasticidin、puromycin、hygromycinなど
なお、ampicillinは原核生物にしか効かないので、ampicillin耐性遺伝子があればそれは大腸菌用で、大腸菌の選別用にはampicillinが使用できると判断できます。
クローニングサイト:図2のMCS
目的のDNA配列(遺伝子など)を入れる場所です。図2のように多くの制限酵素サイトを並べたMCS(マルチクローニングサイト)があったり、あらかじめ輪が切れた図になっていたりするので判りやすいと思います。MCSがあれば、そこにある制限酵素で切断し、目的DNAをDNAリガーゼ、あるいはシームレスクローニング法(Gibson法など)でライゲーションできます。クローニングサイトを特定できたら、目的DNAを入れる場所、方法が分かります。
機能・役割:目的のDNA配列(遺伝子など)を入れる(ライゲーションする)場所
マップ上の記載:種類名(後述)、制限酵素サイト名など(~メモ3~参照)
種類:MCS、TAクローニング、TOPOクローニング、Gatewayクローニングなど
マップ上のクローニングサイトと使用可能なライゲーション方法の例をご紹介します。
- MCS 例)
基本的にこのプラスミドベクターを一カ所だけで切断する(ユニークな)制限酵素名が記載されています。
ライゲーション方法:制限酵素とDNAリガーゼを用いる方法、シームレスクローニング法(Gibson法等) - TAクローニングサイト 例)
プラスミドベクターが切断されていて線状になっています。その両3’末端にdT(デオキシチミジン)が1つ突出(オーバーハング)した構造です。
ライゲーション方法:TAクローニング(3’末端にdA、デオキシアデノシンが1つ突出したPCR産物をライゲーション) - TOPO-TAクローニングサイト 例)
TAクローニングサイトとの違いは、末端にDNAリガーゼの代わりをするトポイソメラーゼという酵素が付加されている点です。
ライゲーション方法:TOPO-TAクローニング(TAクローニングの改良版で、DNAリガーゼ不要) - TOPO-Bluntクローニングサイト 例)
TOPO-TAクローニングとの違いは3’末端にdTが付いていない点です。
ライゲーション方法:TOPO-Bluntクローニング(平滑末端PCR産物をクローニング可能) - Directional TOPOクローニングサイト 例)
TOPO-Bluntクローニングとの違いはクローニングサイトの左側のbottom鎖の5’末にGTGGという配列が突出している点です。
ライゲーション方法:Directional TOPOクローニング(クローニング断片の向きをある程度決められる) - Gatewayクローニングサイト 例)
Gateway組み換えサイト(att配列)を含む上記のような配列を持ちます。
ライゲーション方法:Gateway LR反応。Gateway LR Clonaseという酵素と、あらかじめ目的遺伝子を組み込んだ専用ベクター(エントリークローン)があれば、ベクターを切断せずにチューブ内で組み換えを行えます。
2. 転写、翻訳関連エレメント

図3. pcDNA3.1のベクターマップ:発現ベクターに必要な転写、翻訳関連エレメント
タンパク質発現用ベクターの場合、クローニングサイト(図3のMCS)の上流(図3の①)、下流(図3の②)に、転写、翻訳に関わるエレメントが挿入されています。その情報から、どのような発現系で使えるかが分かります。
以下に大腸菌など原核生物用発現ベクター、および哺乳類細胞など真核生物用発現ベクターについて、関連エレメントをまとめてみました。
原核生物(大腸菌など)でのタンパク質発現に必要なエレメント例
クローニングサイト(ここでは目的遺伝子のORFが既に挿入されています)の上流には転写に関わるプロモーター(Promoter)と翻訳に関わるSD配列(リボソーム結合サイト、rbs)が、下流には転写に関わるターミネーター(Term)が挿入されています。
プロモーターの例:T7、Trc、Tac、Lac、araBADなど
真核生物(哺乳類細胞など)でのタンパク質発現に必要なエレメント例
クローニングサイトの上流には転写に関わるプロモーター(Promoter)と翻訳に関わるKozak配列(コザック配列)が、下流には転写に関わるポリAシグナル(PolyA signal)が挿入されています。
ただし、Kozak配列はベクターには挿入されていないことが多く、Kozak配列を付けた遺伝子をベクターにライゲーションすることが多いです。
プロモーターの例:CMV、EF1α、SV40、PGK、UbC、CAGなど
SD配列があれば原核生物用発現ベクターだと予測されますが、それよりもプロモーター名で判断することが多いです。プロモーターについてはブログ第2回にまとめるのでご参照ください。
3. その他のよく見かけるエレメント

図4. pcDNA3.1のベクターマップ:シーケンス用プライマーのアニーリングサイト
図4のT7はT7 promoter配列ですが、大腸菌のpET発現系でプロモーターとして使用するためのものではありません。クローニングしたDNAの配列解析にT7 promoter primer(よく使われます)が使えるとご理解ください。その他M13フォワード配列、M13リバース配列などシーケンスに便利な配列がクローニングサイト周辺に挿入されていることが多いです。大抵の場合クローニング配列のシーケンス(配列解析)は必須ですので、この便利な配列の情報をマップから読み取ってください。
その他特定の発現系だけで使用する配列、ウイルス作成用の配列(LTR配列)などが記載されていることがありますが、全てを覚えることは効率的ではないと思います。予期せぬ不明なエレメントがある場合は、ブログ第2回のエレメントリストで確認してもらえばご安心いただけるはずです。
まとめ
マップ解読の道筋
まずは3つの主要エレメントを探してみてください。
大腸菌用の抗生物質耐性遺伝子が特定できれば大腸菌に入れて増やすことができるはずです。
クローニングサイトが分かれば、どのようなライゲーション方法が選択できるか分かります。
次に、クローニングサイト周辺のエレメントを見れば目的の発現系で使用できるか確認できます。
最後に、当社では実際お持ちのプラスミドベクターの解読をサポート致しております!
マップをテクニカルサポート宛にお送りください。jptech@thermofisher.com
次回第2回では、ベクターマップに含まれる各エレメントの機能、由来生物などをまとめた表をご案内致します。よろしければそちらも併せてご覧ください。
※第2回は、2024年11月8日に公開されました。
ベクターマップの読み方~クローニング・タンパク質発現で迷子にならないために 第2回 プラスミドベクターに含まれるエレメントリスト
【無料公開中】Protein Expressionハンドブック
タンパク発現の実験を検討している方や、詳細情報を確認したい方にうってつけのハンドブックです。
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。