PCR技術をベースとした高感度なウイルス検出では、ごく微量なRNase(RNA分解酵素)およびDNA(陽性検体由来のPCR産物やPositive control)の実験器具などへの汚染が偽陰性・疑陽性の原因となってしまいます。偽陰性・疑陽性のない精度の高い遺伝子診断を行うためには、まず実験環境を最適な条件に整えることが重要なポイントです。
PCRをベースとした検出を行う場合に適切な除染処理は行っていますか?
大規模な試験を精密に行う上で、実験環境へのRNaseおよびDNAの除染処理の効果に不安や、その操作の煩雑さで不便さを感じていませんか?
本稿では、RNaseだけでなく、PCR産物などを含む汚染したDNAを同時に分解・除去できるThermo Scientific™ RNase AWAY™ Surface Decontaminantの使用方法とその有効性を紹介します。
RNase AWAYは、アメリカの疾病予防管理センターの(CDC)が公表しているCOVID-19のPCR検査プロトコールの中でも、実験前の実験台や器具表面の除染用試薬として推奨されています。
▼以下のような方にお勧めです:
遺伝子検査で、実験環境の汚染による偽陰性・疑陽性を心配している
現在 実施している除染処理に不安または操作が煩雑で不便さを感じている
今まで除染処理を行ったことがなく遺伝子実験を行っている
▼もくじ
実験環境に汚染したRNaseおよびDNAによる偽陰性・疑陽性への注意
PCR技術をベースとした高感度なウイルス検出では、ごく微量のRNase(RNA分解酵素)およびDNA(陽性検体由来のPCR産物やポジティブコントロール)の実験器具などへの汚染が偽陰性・疑陽性の原因となってしまいます。
偽陰性についてですが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はRNAウイルスであるため、サンプル調製やPCR検査の工程で、RNAを特異的に破壊してしまうRNaseを完全に排除した実験環境を整える必要があります。RNaseは非常に強力な酵素で、かつあらゆる環境に存在しています。サンプル調製(RNA抽出)からPCR検査の試薬調製までのいかなる工程にもRNase汚染のリスクがあります。一度RNaseが汚染してしまうと標的であるCOVID-19のRNAが分解してしまうため、PCR検査での偽陰性の結果の原因となってしまう可能性があります。
疑陽性の原因となるDNAの汚染にも十分な配慮が必要です。PCR検査では、標的の遺伝子を約500億倍に増幅して検出を行います(PCR反応を40サイクル行った場合)。そのためほんのわずかなDNA汚染があっても疑陽性の原因となってしまいます。陽性検体やポジティブコントロールサンプルの飛散を常に除染しておく必要があります。
RNaseやDNAの汚染のリスクを抑えるために、器具のオートクレーブ処理や新品の消耗品や試薬の使用が推奨されています。しかしながらラボデスクやピペット本体、チューブラックなどの備品、機器の表面などの表面に付着されたRNase/DNA汚染は放置されることが多く、実験工程でサンプルへ持ち込まれてしまう場合があります。
RNase AWAYは、RNaseだけでなく、PCR産物などを含む汚染したDNAを同時に分解・除去できる除染剤です。正しい使用方法で、実験環境からのRNaseおよびDNAの汚染を除き、偽陰性・疑陽性を最小限に抑えることができます。
RNase AWAY Surface Decontaminantの使用方法
RNase AWAYはReady-to-Useの試薬で、実験環境の表面に汚染されたRNaseおよびDNAを迅速、簡単、安全に除去できる試薬です。
プロトコールはシンプルで、除染を行う実験器具に対して、RNase AWAYを染み込ませたラボワイプで塗布、またはスプレーで、器具全体にRNase AWAYを行き渡らせます。その後、新しいラボワイプで拭いて完全に乾かすだけで操作は終了です。この操作でRNase AWAYは有害な残留物を残しませんが、追加で滅菌水を塗布し表面をリンスしてから、ラボワイプで拭いて完全に乾かして使用することも可能です。
またRNase AWAYを塗布することが難しい形状の器具については、直接RNase AWAYを満たした容器に器具を浸して一晩インキュベートした後、滅菌水でリンスし、器具を乾燥させて使用することも可能です。
RNase AWAY Surface DecontaminantのRNaseの除染効果
RNase AWAYによるRNase汚染除去の効果テスト
RNase AWAYによるRNase除去の有効性テストは、ガラス製のビーカーの表面にRNaseを塗布して汚染させた後、試験区1~4の方法でRNase AWAYで除染処理を行いました。
RNase AWAYで除染後、容器にRNAサンプルを添加し、RNAの分解のレベルを確認することで判断しました。RNaseが不活性化(除染)できていれば、添加したRNAは分解されていないことが確認できるはずです。RNAの質のチェックはアガロース電気泳動で行いました。また比較対象としてポジティブコントロールおよびネガティブコントロール試験区も設定しました(図1)。
実験方法
検証実験に使用する器具は、あらかじめDEPC(Diethylpyrocarbonate)処理によりRNase汚染を行いました。DEPC処理済みの小サイズのビーカーを用意し、ビーカーの底の部分にRNaseを塗布し汚染させたものを使用しました。
RNaseの不活性化確認のために、RNase汚染させたビーカーに対して以下の処理試験区を設定しました:
試験区1:RNase AWAY中に浸漬し一晩インキュベートした後、滅菌水でリンスせずにぬれた状態のまま使用しました。
試験区2:RNase AWAY中に浸漬し一晩インキュベートした後、滅菌水でビーカーをリンスしました。
試験区3:RNase AWAY中に浸漬し一晩インキュベートした後、ラボワイプで表面をきれいにふきとりました。
試験区4:ビーカー表面にRNase AWAYをスプレーした後、インキュベートせず、ラボワイプで表面をきれいにふきとりました
試験区5:ネガティブコントロールとして未処理(汚染ビーカーを使用せず)
試験区6:RNase AWAYを処理していないRNase汚染させたビーカー
試験区5(Negative control)を除く試験区1~6のすべてのビーカーに、Na+イオンとMg2+イオンを含む緩衝液と1 μgのRNAスタンダード〔Poly(A)テールを付加した7.5 Kbの合成RNA〕を添加し、1分間置いた後マイクロチューブに回収し、さらに37℃、1時間でインキュベートしました。
試験区1~3は長時間処理した場合のRNase AWAY効果とリンスの効果、試験区4は短時間の処理によるRNase AWAY効果を比較するために設定しました。試験区6はRNase AWAYを処理しない場合のRNaseの活性レベルを確認するためのポジティブコントロールとして設定しました。
また試験区5はRNase・RNase AWAY両方に接触していないRNAを本来のRNAの状態を確認するためのNegative controlとして設定しました。
各試験区のRNAは½ x TAE(エチジウムブロマイド含)の1.2%アガロースゲルで電気泳動(80 V、20分間)し、RNAの状態を確認しました。
結果
RNase AWAYはProtocolに従った操作により、実験器具表面に汚染されたRNaseやDNAを効果的に排除できました。
試験区1では、RNase AWAYに一晩浸漬したにも関わらず、滅菌水でのすすぎや拭き取りをせずぬれたままの状態で使用したため、深刻なレベルまでRNA分解が進んでしまっており、RNase活性の抑制ができないことが確認されました。
滅菌水でのリンスを行った試験区2ではRNase活性が抑制できています。
ただ滅菌水リンスを行わなくとも試験区3のようにしっかりと表面を拭き取っておけばRNAが保護できていました。
また短時間のRNase AWAYの塗布でも、塗布後滅菌水での処理、またはしっかりとRNase AWAYを拭き取っていればRNAを効果的に保護することができました。
この結果で注意する点として、RNase AWAYの誤った使用法により除染が不十分になる場合があります。試験区1のRNAの分解は、RNase AWAY処理後は“滅菌水によるリンス”または“完全な拭き取りと乾燥”が必要であることを示しています。一方で、RNase AWAYの浸漬Protocolは一晩のインキュベートを推奨していますが、短時間でも効果的にRNaseの除去ができることを示しています。
RNase AWAY Surface Decontaminantの汚染DNAの除染効果
RNase AWAYによる汚染DNA除去の有効性テストは、実際の使用で想定されるDNAの汚染の状態を設定し、人為的にDNAをコンタミネーションさせたチューブをRNase AWAY処理で除染し、汚染DNAの分解・除去レベルの確認を行いました。
実験方法
3本のマイクロチューブに1 μLの1 kb DNA ladder(1 mg/mL)をそれぞれ分注し、一晩 風乾で乾燥させ、以下のA~Cの試験区を設定しました。
試験区A RNase AWAYの実際の使用条件に近い状態での分解効果のテスト:乾燥DNAのチューブに100 μLのRNase AWAYを添加し、5分間インキュベートし、インキュベート後、RNase AWAYを除去し、さらにチューブに残存しているRNase AWAYを完全に除去するため、チューブを1分間遠心し、底に集まった溶液をピペットチップで除去しました。
このチューブに10 μLの蒸留水を添加し、よくミックスし、電気泳動を行いました。
試験区B 試験区Aの処理後、さらに蒸留水のリンスを追加した場合の分解効果のテスト:乾燥DNAのチューブに100 μLのRNase AWAYを添加し、5分間インキュベートし、インキュベート後、RNase AWAYを除去し、さらにチューブに残存しているRNase AWAYを完全に除去するため、チューブを1分間遠心し、底に集まった溶液をピペットチップで完全に除去しました。
さらに追加でチューブ内を蒸留水でリンスし、リンスした蒸留水を除去し、チューブに残存している蒸留水を完全に回収するため、チューブを1分間遠心し、底に集まった溶液をピペットチップで完全に除きました。
このチューブに10 μLの蒸留水を添加してよくミックスし、電気泳動を行いました。
試験区C 乾燥DNAに対するRNase AWAYの分解効果のテスト:乾燥DNAのチューブに10 μLのRNase AWAYを添加し、ピペッティングでミックスしまし、これを電気泳動しました。
試験区D 溶液に溶解されたDNAに対するRNase AWAYの分解効果のテスト:新しいチューブに溶液状態の1 kb DNA ladder(1 mg/ml)を1 μL分注し、9 μLのRNase AWAYを添加してよくミックスし、電気泳動を行いました。
試験区E Positive control:新しいチューブに1 μLの1 kb DNA ladder(1 mg/ml)を分注し、9 μLの蒸留水を添加してよくミックスし、電気泳動を行いました。
これらのサンプルは½ x TAEのアガロースゲル(含エチジウムブロマイド)で電気泳動(80 V、20分間)し、DNAの状態を確認しました(図2)。
結果
コントロールであるPositive control以外のすべての試験区で添加されたDNAはすべて完全に分解されていました。RNase AWAYは実験台やラボ器具表面に汚染したDNAを効果的に除去できることが確認できました。
重要なDNAサンプルへRNase AWAYが汚染した場合の影響のテスト
先のテストで、RNase AWAYによって、RNaseおよびDNAの除染に有効であることが確認できました。しかしながら、逆に重要なDNAサンプルにRNase AWAYが混入した場合にDNAがダメージを受けてしまうのではと疑問が生じます。このテストでは、サンプルへのRNase AWAY混入によってDNAがダメージを受けるかを、RNase Awayの混入濃度を振り、DNAのダメージレベルを綿密に検証しました。
実験方法
RNase AWAYの希釈系列(100%、50%、25%、10%、1%)を作成し、1 μgの1 kb DNA ladder を含む10 μLの溶液へ、それぞれRNase AWAYの希釈系列を等量の10 μLを添加しました。これによりRNase AWAYの希釈系列の最終濃度は50%、25%、12.5%、5%、0.05%となります
試験区a~eは、DNA分解を誘導させるために必要なRNase AWAY濃度の検証を行うために設定しました:
試験区a:1 μg –DNA ladder / 50% RNase AWAY
試験区b:1 μg -DNA ladder / 25% RNase AWAY
試験区c:1 μg -DNA ladder / 12.5% RNase AWAY
試験区d:1 μg -DNA ladder / 5% RNase AWAY
試験区e:1 μg -DNA ladder / 0.05% RNase AWAY
試験区fとgは、実際のRNase AWAYの使用の条件での影響を確認するために以下の試験区を設定しました。
試験区f:新しいチューブに500 μLのRNase AWAYを添加後、室温で5分間インキュベートしてからRNase AWAYを除去します。さらにチューブに残存しているRNase AWAYを完全に除去するため、チューブを1分間遠心し、底に集まった溶液をピペットチップで除去しました。このチューブに10 μLの蒸留水に溶解した1 μg –DNA ladderを添加しました。
試験区g:試験区 fと同様のRNase AWAY処理し、さらに蒸留水で洗浄処理を追加で行った後に、チューブに10 μLの蒸留水に溶解した1 μg –DNA ladderを添加しました。
試験区h:Positive controlとして10 μLの蒸留水に溶解した1μg –DNA ladderを設定しました。
試験区a~hのサンプルをそれぞれ1 μg分のDNA ladderを½ x TAEのアガロースゲル(含エチジウムブロマイド)にアプライし、電気泳動(80 V、20分間)し、DNAの状態を確認しました(図3)。
結果
RNase AWAYを直接DNAに添加するテストでは、50%希釈液ではわずかな分解が確認されましたが、25~0.05%の希釈液では分解はありませんでした。高濃度のRNase AWAY存在下ではDNAのダメージを受けることが危惧されますが、通常の使用ではDNAサンプル中に終濃度が50%のRNase AWAYがコンタミネーションされることはないと予想されます。
またRNase AWAYの通常の使用を想定した塗布処理を行った試験区(試験区 d/e)でもDNAの分解はありませんでしたので、通常の使用で想定されるRNase AWAYの持ち込み量では、重要なサンプル中のDNAを分解させてしまうことはないと判断できます。
まとめ
RNase AWAYは、簡単な操作で、実験室の実験台や器具の表面に付着されたRNaseおよびDNAの汚染を除去するのに効果的であることが確認できました。
●RNaseの除去では浸漬処理/表面スプレー処理いずれも有効に除去できました。RNase AWAY処理後、リンス処理を行うかもしくはしっかりと拭き取ることで最高レベルのパフォーマンスが得られます。プロトコールに従って正しく使用されることが重要です。
●RNase AWAYはDNAの分解除去にも有効です。RNase除染後に追加のDNA除染処理を行う必要がありません。RNase AWAYは高濃度(原液)での処理でRNase/DNAを効果的に除去しますが、RNase AWAYのコンタミネーションによるDNAのダメージは低く、25%以下のコンタミネーションではDNAへのダメージはありません。一般的な使用で25%以上のRNase AWAYがサンプルに持ち込まれてしまうことはありませんので、サンプルへのダメージはないことが予想されます。ただRNase AWAY処理後は、しっかりと拭き取りサンプルへの持ち込みがないように注意してください。
COVID-19のようなRNAウイルスの検出では、RNaseやDNAのわずかな汚染により偽陰性や疑陽性が生じる恐れがありますので、除染操作を頻繁に行うことでこうしたリスクを最小限に抑えることができます。また正しい使用法で実施することにより最高レベルのパフォーマンスが得られます。
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研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。