トランスフェクションの成功には多くの要素が影響します。つまり、トランスフェクション法の選択、細胞系の健全性と生存率、継代数、細胞密度、使用する核酸の質と量、および培地中の血清の有無の全てがトランスフェクション実験の結果に関与します。高いトランスフェクション効率を達成するための特定のトランスフェクション条件を最適化することは可能である一方で、使用したトランスフェクション法に関わらず一部の細胞の死滅は避けられないことを心に留めておくことは重要です。今回は、トランスフェクションの効率に影響する8つの要素をご紹介します。
細胞型
どの細胞型をトランスフェクション実験に用いるかの選択は明白に見えますが、それはしばしば見落とされる重要な要素です。それぞれの細胞タイプは、使用するトランスフェクション試薬・方法に対して異なる反応を示す可能性があるため、適切な細胞型を選択することと、結果を最大化するための実験デザインが必要とされます。
樹立されている連続細胞系は、実験室でより簡単に機能しますが、in vivo処理のモデリングのための最良の選択とはならないと考えられます。なぜなら、その処理を受けることによって、複数の遺伝子変化が起こるためです。しかし、トランスフェクション実験の目的が組換えタンパク質の高レベル生産である場合、細胞系が適切なフォールディングと翻訳後修飾が施された組換えタンパク質を十分な量発現させることができる限り、細胞系がin vivoの状態であるかは重要ではありません。例えば、Expi293 Expression Mediumで培養され、浮遊培養用に適応させたExpi293F細胞の一過性トランスフェクションは、目的のベクターから開始して、適切なフォールディングや糖鎖修飾を受けた組換えタンパク質を1 g/L単位で生産することを可能とします。
一方、初代培養は天然組織をより忠実に模倣することから頻繁に用いられます。しかし、初代培養は一般的に増殖能および寿命が限られ、培養を維持することがより困難です。初代培養を用いる場合、細胞集団をほぼ均一に維持し(例えば、神経培養は神経細胞を集積させ、グリア細胞の増殖は抑制する必要があります)、出来るだけ早く細胞を使用する必要があります。
また、トランスフェクション実験をデザインする際、細胞タイプの生物学的特性を考慮する必要があります。例えば、一部のプロモーターは細胞タイプによって異なって機能し、一部の細胞タイプは特定のトランスフェクション技術にはあまり適しません。

図 細胞系によるトランスフェクション効率の違い。Lipofectamine 2000試薬とLipofectamine 3000試薬を用い、17種類の細胞系に24ウェルプレートフォーマットで1ウェル当たり0.5 μg のGFP発現プラスミドを、各試薬の推奨プロトコールに従って導入しました。トランスフェクションから48時間後にGFP発現を解析しました。各条件についてトリプリケートで実験を行い、データポイントは平均トランスフェクション効率+SDで示しています。
細胞の健全性と生細胞率
トランスフェクション前の細胞の生細胞率と全体的な健全性は、トランスフェクション間の変動に影響を与える重要な要素です。一般的には、トランスフェクション前の細胞生存率は90%以上とし、継代後の回復期間は十分に取るべきとされています。細胞を継代処理から回復させて、トランスフェクションに最適な生理的状態で使用することを確実にするためには、トランスフェクションの少なくとも24時間前までに細胞を継代しておくことを強く推奨します。
研究室で長い年月にわたり不死化細胞系を細胞培養することは、トランスフェクションにおける細胞挙動に変化が生じることにつながります。過剰に継代されると、概してトランスフェクション効率ならびに細胞集団からの全導入遺伝子発現レベルに悪影響が及ぶ可能性があります。通常、弊社ではストック培養からの解凍後の継代数が30回未満の細胞を使用することを推奨しています。凍結細胞の新鮮なバイアルを解凍し、トランスフェクション実験用の継代数の少ない培養を確立することがトランスフェクション活性を回復させることにつながります。最適な再現性を実現するためには、継代数の少ない細胞をアリコートに分けて凍結保存し、必要に応じて解凍することが望まれます。新しいバイアルの細胞は、3または4継代することが可能です。
汚染は、トランスフェクション結果を大幅に変化させるため、日常的に細胞培養および培地の生物学的汚染について試験を行い、汚染が認められた培養および培地は決してトランスフェクションに使用しないようにします。細胞に汚染が認められたり、多少なりとも細胞の健全性が損なわれた場合は、細胞は破棄し、汚染していない凍結ストックから再播種する必要があります。
コンフルエンシー
最適なトランスフェクション結果を得るためには、ルーチンな継代操作と、次の継代前にほぼコンフルエントに到達するような希釈での週1~2回の継代培養が必要とされます。24時間以上にわたり細胞をコンフルエントな状態にしておいてはいけません。
トランスフェクションに最適な細胞密度は、様々な細胞型、アプリケーション、およびトランスフェクション技術によって異なるため、新しい細胞系をトランスフェクションに使用する都度、決定する必要があります。実験ごとに標準播種プロトコールを維持することによって、トランスフェクション時に確実に最適なコンフルエンシーに到達させることが可能です。カチオン性脂質媒介性トランスフェクションでは、通常、トランスフェクション時に接着細胞では70~90%コンフルエンシー、浮遊細胞では5×105~2×106細胞/mLに到達していると良好な結果が得られます。
活発に分裂している細胞は静止状態の細胞よりもよく外来核酸を取り込むため、トランスフェクション時には、確実に細胞がコンフルエントに達していないか、または静止期であるようにします。細胞密度が高過ぎると、細胞増殖の接触阻止が起こり、核酸の取り込みが不足したり、導入遺伝子の発現が減少したりする可能性があります。しかし、培養液中のごくわずかの細胞は細胞間接触を起こさずに乏しい増殖を示すとされます。このようなケースでは、培養液中の細胞数を増加させると、トランスフェクション効率が改善されます。
同様に、活発に分裂している細胞系には、より効率的にウイルスベクターが形質導入されます。非分裂細胞タイプにウイルスコンストラクトを形質導入する際に、最適な形質導入効率を達成し、組換えタンパク質の発現レベルを増加させるためには、MOI(感染多重度)を増加させることが必要とされます。
培地
様々な細胞または細胞タイプの血清、およびサプリメントに対する要求性は非常に特異的であるため、細胞タイプおよびトランスフェクション法に最も適した培地を選択することがトランスフェクション実験において非常に重要な役割を果たします。使用する細胞タイプおよびトランスフェクション法に適した培地を選択するための情報は、通常、既刊文献より入手可能ですが、あるいは細胞ソースまたは細胞バンクから入手できることもあります。お手持ちの細胞タイプに適した培地に関する入手可能な情報がない場合は、経験的に決定する必要があります。
新鮮な培地を使用することは重要です。重要なコンポーネントや必要なサプリメントを欠く培地では細胞増殖が損なわれることから、培地のいずれかのコンポーネントが不安定である場合は特に重要です。
一部の細胞系および初代細胞は、培養プレートに付着させて、最適なトランスフェクション結果を得るための特別なコーティング物質(例: ポリリジン、コラーゲン、フィブロネクチン等)が必要とされます。
血清
一般的には、培養培地中に血清が存在すると、DNAの導入が増強されます。しかし、一部の血清タンパク質は複合体の形成を妨げるため、カチオン性脂質媒介性トランスフェクションを実施する場合は、血清不在下でDNA-脂質複合体を形成させることが重要です。カチオン性脂質試薬およびDNAの最適量は血清の存在量によって変化します。このように、血清含有トランスフェクション培地を使用する場合はトランスフェクション条件を最適化する必要があります。
細胞にRNAを導入する場合は、RNase混入の可能性を回避するために、血清不在下でトランスフェクション処理を実施することを推奨します。大部分の細胞では、無血清培地において数時間は健全性が維持されます。
血清の品質は、細胞増殖およびトランスフェクション結果に顕著に影響し得ます。そのため、異なるブランド間の変動、あるいは血清のロット間の変動さえもコントロールすることが良好な結果を得るために重要です。目的の細胞で血清をテストした後は、結果の変動を回避するために同じ血清を使用し続けてください。血清を含む全ての弊社製品は、汚染について試験済みで、品質、安全性、一貫性、および規制要件のコンプライアンスが保証されています。
抗生物質
通常、一過性トランスフェクション培地には抗生物質が含まれます。しかしながら、カチオン性脂質試薬は細胞透過性を増加させることから、細胞内への抗生物質送達量も増加すると考えられ、その結果、細胞毒性が生じ、トランスフェクション効率も低下します。そのため、トランスフェクション培地に抗生物質を添加することはお薦めしません。トランスフェクション用の細胞をプレーティングする際に抗生物質を回避することは、トランスフェクション前の細胞洗浄の必要性を低減させることにもつながります。
安定トランスフェクションでは、選択培地におけるペニシリンおよびストレプトマイシンの使用を避ける必要があります。なぜなら、これらの抗生物質はGeneticin選択用抗生物質の競合阻害剤であるためです。安定細胞系を作製する場合、トランスフェクション処理後48~72時間の間、選択用抗生物質を添加する前に細胞に耐性遺伝子を発現させることができます。
無血清培地を使用する場合、抗生物質の使用量は、血清含有培地において細胞の健全性を維持できる量よりもより少ない量とします。
導入される分子のタイプ
プラスミドDNAは、トランスフェクション用ベクターとして最も一般的に用いられています。プラスミドDNAベクターの形態(直鎖状またはスーパーコイル状)およびサイズは、トランスフェクション効率に影響します。一過性トランスフェクションは、スーパーコイルプラスミドDNAが用いられる場合に最も効率的とされています。安定トランスフェクションでは、直鎖状DNAの細胞へのDNA取り込み量はスーパーコイルDNAに比べて低いですが、宿主ゲノムへの最適なDNAの組み込みを生じます。
オリゴヌクレオチド、RNA、siRNA、およびタンパク質などの他の高分子も細胞に導入できますが、プラスミドDNAが機能できるように条件を最適化する必要があります。
トランスフェクション法
核酸を細胞に導入するためには、様々な化学的手法、生物学的手法、または物理的手法を用いる数多くの戦略が存在します。しかし、これらの手法全てがあらゆる細胞タイプおよび実験アプリケーションに適合するわけではなく、トランスフェクション効率や細胞毒性において幅広いバリエーションが存在し、正常な生理機能、遺伝子発現レベル等に影響を与えます。理想的なアプローチは、細胞タイプおよび実験ニーズに応じて選択すべきであり、トランスフェクション効率が高く、細胞毒性が低く、正常な生理機能への影響が最小限で、かつ簡便で再現性が高いものであるべきです。
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