実験で試薬やサンプルを反応させるときはしっかり混ぜましょう、というのは実験の基本です。それでは、しっかり混ぜないとどうなるでしょうか。フローサイトメトリーで細胞を蛍光標識抗体で反応させて試してみました。
材料と方法
材料:
- ヒト白血病由来細胞株Jurkat (5×105 cells/sample)
- Invitrogen™ CD45 Monoclonal Antibody (HI30), APC(製品番号17-0459-42)
- Invitrogen™ Attune™ Nxt Flow Cytometer
方法:
1. PBS 100 µLに懸濁したJurkat細胞にAPC標識CD45抗体を5 µL添加
抗体添加の条件は下記のとおり
①しっかり混合
抗体添加後、緩やかなタッピングでしっかりと細胞と抗体を混合
②まったく混合しない
静かに抗体を添加し、混合しない
③小容量のピペッティング5回で混合
抗体添加時、そのまま5 µLのピペット容量(全量の20分の1量)で5回ピペッティング
④細胞が飛び散った状態で抗体と混合
サンプルチューブの内壁やふたの裏に細胞懸濁液が飛び散った状態で、
チューブ底に残っている細胞懸濁液に抗体を添加、緩やかなタッピングで混合
2. 室温で30分間インキュベートしたのち、遠心して上清を除去、500 µL PBSに懸濁
3. Attune NxT Flow Cytometerで測定

Attune Nxt Flow Cytometer
結果
今回の検証では、抗体の混合がどれだけ結果に影響するかを見てみました。しっかり混合した場合と、混合が不十分の場合(②混合しない、③小容量のピペッティング5回で混合)のデータを重ね合わせたものが図1です。

図1. まったく混合しない場合の影響(A)と、小容量のピペッティングで混合した場合の影響(B)
いずれもしっかりと混合したサンプルのデータ(赤)と重ねて表示している
まずは、まったく混合しない場合を見てみましょう(図1A)。しっかり混合したサンプルのデータ(赤)に比べ、混合しないサンプル(青)はメインピークがやや右にずれており(▼)、一方でピークの左側になだらかな細胞集団(矢印。蛍光強度が低い細胞)が見られます。混合しなかったため反応中の抗体濃度にむらができ、抗体が十分に反応できない細胞(矢印)と、通常よりも強く染まった細胞(▼)ができてしまったと考えられます。
次に、小容量のピペッティングをしたサンプルを見てみましょう(図1B)。しっかり混合した場合(赤)と概ね同様にも見えますが、メインピークがやや右側にずれており(▼)と、蛍光値の弱い細胞集団(矢印)が確認できます。影響は小さいものの、まったく混合しない場合(図1A)と同じ傾向が見られました。つまり、より強く染まった細胞と、あまり染まっていない細胞が存在するようでした。ただ、5 µLで5回のピペッティングでもある程度は濃度むらが解消されたためか、しっかり混合した場合と比べて極端な違いは見られませんでした。
それでは、抗体を混合する前に、サンプルとなる細胞懸濁液が飛び散った場合はどうでしょうか。図2は「④細胞が飛び散った状態で抗体と混合」のチューブの状態です。このように、あえて細胞懸濁液を飛び散らせた後、底に残った細胞にのみ抗体をしっかり混合して反応させました。つまり、ふたの裏に飛び散った細胞には抗体は反応しない状況です。その結果が図3です。

図2. 「④細胞が飛び散った状態で抗体と混合」のチューブの状態

図3. 細胞懸濁液がチューブのふたまで飛び散った状態で反応させた場合(黄)の影響
しっかり混合したサンプルのデータ(赤)と重ねて表示している
メインピークは、全体をしっかり混合した場合(赤)とぴったり重なっていますが、蛍光値が低い細胞集団も見られました(矢印)。この細胞集団は、サンプルチューブのふたの裏についていた細胞で、抗体が反応できなかったと思われます。結果的にしっかり染まった細胞(メインピーク)と、あまり染まらない細胞(矢印)の2集団に分かれています。
ただし、ふたの裏に残っていたため抗体と反応しなかったと思われる細胞も、その後の遠心分離~抗体溶液除去の過程の短い時間(数分間)で抗体と反応したと考えられ、少し染まっているようでした(未染色サンプルと比較した結果。Data not shown)。

図4. 各サンプルのドットプロットデータ
横軸は反応させた抗体の蛍光強度縦軸はSSC(Side Scatter)
最後に、各サンプルをドットプロットで示したものが図4です。②と④では特に、メイン集団(中心の赤い部分)の左側が尾を引いたようになっています。横軸は反応させた抗体の蛍光強度ですので、尾の部分はあまり光っていない細胞であることを意味しています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。今回は抗体をあえてしっかり混ぜないとどんな影響があるか、検証してみました。結果として、陽性が陰性になったりというような極端な影響はないものの、やはりデータの品質には明確な影響があると考えられました。ひょっとしたら、これまでに実験結果が今回の検証データのようになってしまった方もいるのではないでしょうか。フローサイトメトリーのデータがなんだかおかしい、と思ったときは今回の検証を思い出して、トラブルシュートにお役立てください。
基本中の基本ではありますが、「しっかり混ぜる」「飛び散ったらスピンダウンなどで液を集める」といったことに注意し、高品質なデータを出していただければと思います。
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