顕微FT-IR、顕微レーザーラマンを用いたイメージング測定は、異物分析や材料解析などで、サンプルに含まれる成分の検出、材料の構成状態の確認、成分の分布を調べる目的で広く使用されています。イメージングデータの解析では、目的に合わせて測定時に設定する分解能やスペクトルのS/Nが重要となりますが、特定の成分のイメージ図(プロファイル)を得るための解析手法も重要です。
顕微FT-IR、顕微レーザーラマンのイメージングデータから目的のプロファイルを得る手法として、データポイントごとのスペクトルのピーク高さなどから作図する方法があります。当社の顕微FT-IR、顕微レーザーラマンで用いられている測定・解析用ソフトウエア「Thermo Scientific™ OMNIC™ Atlμs™」、「Thermo Scientific™ OMNIC™ Picta」で可能なプロファイリング手法は下記のとおりです。
- ピーク高さ(比)
- ピーク面積(比)
- 相関
- 透過率・反射率
- 官能基グループ
これらの解析を行う場合、解析に不要な情報(ベースラインの変動など)を取り除く必要があります。そのため、OMNIC AtlμsソフトウエアやOMNIC Pictaソフトウエアなどの赤外顕微鏡用のソフトウエアは、解析前にベースライン補正や微分処理、K-K変換、スムージングなどがデータポイントごとに一括で処理できるようになっています。
また、上記のピーク高さなどの解析手法以外に、当社ソフトウエアには主成分分析(Principal Component Analysis、PCA)と多変量カーブ分解(Multivariate Curve Resolution、MCR)による解析も可能です。PCA、MCRは多変量解析を利用した解析手法で、サンプルの情報が乏しいような場合であっても、イメージングデータからの計算のみで有益な情報が得られるだけでなく、ノイズを取り除いてプロファイルを作成するためのデータの前処理に利用することも可能です。ここでは顕微FT-IR、顕微レーザーラマンのイメージングデータの解析で広く利用されるようになってきたPCAについての使い方、注意点などをご紹介します。

Thermo Scientific™ Nicolet™ iN10顕微FT-IR
主成分分析(PCA)
PCAは、多くの特性を持つ多変量データを、互いに相関の無い少ない個数の特性値にまとめる手法です。得られたイメージングデータから分散・共分散行列を求め、その固有値と固有ベクトルから第一主成分を決定し、第二主成分は第一主成分と直行する成分として決定するという作業を繰り替えし、主成分の計算を行います。
PCAの大まかな手順は、以下の通りです。
- スペクトル行列A(w,n)から相関行列を作る
Z(w,n) = A(w,n)AT(w,n)
w:スペクトルのデータ点、n:全スペクトル数 - 固有値・固有ベクトルを計算する
- 固有ベクトルを用いて、因子Fと得点(スコア)S行列をそれぞれ、F = 固有ベクトル、S = F’A により計算する
上記の計算によって、イメージングデータの平均に近いスペクトルが第一主成分として得られ、第ニ主成分以降のスペクトルに平均からのズレが含まれるスペクトルが得られます。図1に、KBrプレートにより延伸した、PE、PET、PPで作られた多層フィルムの顕微透過マッピングデータの第一~第三主成分スペクトルを示します。第一主成分では三種類のポリマーを足し合わせたようなスペクトルが得られており、第二、第三主成分ではPET(1720、1250、1100 cm-1付近など)、PP(2960、1380 cm-1付近)それぞれに特徴的なピークが現れています。PCAでは、これらのポリマーに由来するピークのような、化学的・物理的状態に由来する情報を含む主成分とノイズを示す多数の主成分とに分けられます。

図1. KBrプレートにより延伸した、PE、PET、PPで作られた多層フィルムの顕微鏡観察画像(左)と顕微透過マッピングデータのPCAから計算された第一~第三主成分スペクトル(右、上段:第一主成分、中段:第二主成分、下段:第三主成分)
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またPCAでは計算されたスコアから、各主成分のスペクトルがイメージングデータのどの場所に多く分布しているかが分かるようになります。図2にPP成形品のウェルドライン付近のラマンイメージング測定結果から得られたPCAの第一、第六主成分のスペクトルと第六主成分の分布イメージを示します。第六主成分のスペクトルではPPに由来するピークの一部がマイナス側になっており、第六主成分のスコアマップが示す場所で配向などのPPのスペクトルのピーク比が異なる部分があることを示す結果が得られています。

図2. PP成形品のラマンイメージング測定エリアの顕微鏡観察画像(左上)とイメージングデータのPCAから得られた第一主成分、第六主成分のスペクトル(左下)、第六主成分のスコアマップ(右上)
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PCAの活用と注意点
PCAを行うことで化学的・物理的状態に由来する主成分とノイズを含む主成分に分けられることを先に示しましたが、一般的に前者は低次数の主成分に多く、後者は高次数の主成分に多いため、低次数の主成分スペクトルとスコアを用いてイメージングデータを再構築することで、ノイズを除去したイメージングデータを得ることが可能となります。図3に顕微FT-IRで得られたマッピング測定データ画面と、PCAの主成分スペクトルを用いてマッピング測定データの再構築(PCA再計算)を行ったデータ画面を示します。図3左画像中のスペクトルと右画像中のスペクトルは同じ測定ポイントのスペクトルを示しており、右画像のスペクトルではノイズが除去されたスペクトルが得られていることがわかります。
PCAでは、通常第一~第十程度までの主成分スペクトルを計算しますが、有意の情報が得られた主成分スペクトルに含まれていない可能性があり、また、得られた主成分スペクトルにノイズが含まれる可能性があります。イメージングデータ中にサンプルが無い場所が多く含まれると、何も情報を持たない主成分スペクトルが入り込んでくる可能性もあります。
このため、PCAを行う場合、実行前にイメージングデータの前処理とPCAの設定により、PCAに使用する測定エリアや波数範囲、次数(ファクター数)などの適切な設定を選択し(図4)、得られた主成分スペクトルとスコアマップから有意な情報とノイズの判別を行い、再計算に必要な主成分スペクトル数を決定する必要があります。

図4. OMNIC AtlμsのPCA設定画面
まとめ
今回紹介した、顕微FT-IRと顕微レーザーラマンで得られるイメージングデータの解析に使用できるツールであるPCAは、ソフトウエアが自動で計算を行うもので、特に未知のサンプルの解析において最初に当たりをつけるのに役立つ機能です。また、PCAの再計算はイメージングデータからノイズを除去することができるため、測定時間の短縮にも役立ちます。
この機能は当社顕微FT-IRと顕微レーザーラマンで使用されているOMNIC AtlμsソフトウエアとOMNIC Pictaソフトウエアで使用可能ですので、イメージングデータの解析に活用いただければ幸いです。
当社FT-IR「Nicolet iN10」について下記をご参照ください。
https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/industrial/spectroscopy-elemental-isotope-analysis/molecular-spectroscopy/fourier-transform-infrared-spectroscopy/instruments/nicolet-in10-infrared-microscope.html
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参考文献
錦田晃一、JAIMA 新技術説明会資料、サーモフィッシャーサイエンティフィック、2005
西岡利勝、錦田晃一、尾崎幸洋、先端材料開発における振動分光分析法の応用、シーエムシー出版、2013
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