吸光度測定をもとにした分析はさまざまな分野で広く用いられています。
測定は非常に簡易的に実施でき、容易に結果を得られることから測定値をそのまま採用する人がほとんどではないでしょうか?しかし、測定サンプルの素性を考慮していない場合、吸光度から得られる測定結果は正しくないことがあります。
吸光度を正しく理解すると予期しないトラブルへの対応力が上がり、実験精度の向上が期待できます。
第1回目のNanoDrop道場では、吸光度測定における夾雑物の影響についてご案内します。
▼こんな方におすすめです!
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- 吸光度測定を実施されている方
- 超微量分光光度計をご利用・ご検討の方
▼もくじ
吸光度とは?
吸光度は、特定波長の光源を測定サンプルに入射し、サンプルを通過した透過光から算出される透過度から測定できる“値”です。吸光度は無単位系となり、特に単位はつきません。吸光度を測定することで、サンプルが有するスペクトル情報を確認できます。また特定の波長域の吸光度を測定することで吸光度の経時的変化を誘導する酵素反応の反応状態の確認や、ランベルト・ベールの法則にのっとったサンプル濃度情報も算出できます。目的とするアプリケーションの種類によって、測定する吸光度の波長領域は異なるのが一般的です。つまりサンプル中で測定したい物質の最大吸収を有する波長領域を選択して測定をします。
例として「核酸」の濃度測定では、塩基部分が最大吸収を有する「260 nm」の測定、「タンパク質」の濃度測定は芳香族アミノ酸の側鎖が最大吸収を有する「280 nm」の吸光度が一般的に選択される波長領域になります。単一波長の吸光度測定によって目的とするサンプル濃度を確認できるのが吸光度測定の利点の1つです。ここで問題となるのが、サンプルに混入しうるさまざまな「物質」が目的とする波長領域の吸光値に影響を与える可能性があることです。
サンプル中夾雑物が吸光度測定に及ぼす影響
吸光度を測定するサンプルは、一般的に十分に精製されている場合がほとんどです。つまり夾雑物の影響を受けないようにさまざまな精製工程によって清浄化されているサンプルが対象です。しかし、サンプルの精製過程で、さまざまな夾雑物が混入する可能性があります。例として分子生物学分野で多く用いられているサンプルの代表格には「DNA/RNA」などの核酸がありますが、サンプル由来の「タンパク質」混入、RNA抽出試薬由来の「フェノール」混入などがサンプルに混入しうる代表的な夾雑物となります。
以下にさまざまな夾雑物のスペクトルを提示します。
〇タンパク質(BSA)
〇フェノール
〇Invitrogen™ PureLink™ RNA Mini Kit(製品番号12183018A)の溶解Buffer
以上のように夾雑物や、核酸抽出に際して使用する試薬はさまざまな波長域で特異的な吸光を有することが確認できます。通常は抽出精製工程で得られた核酸サンプルに上記のサンプル由来物質や試薬成分が残留する頻度は高くはないですが、精製キットで指定されているサンプル量の逸脱や試薬の調整不良により夾雑物として残留する可能性もあります。
もしサンプル中に夾雑物が含まれていた場合、どのようなスペクトルになるでしょうか?
〇DNAサンプルにBSAの混入
〇RNAサンプルにフェノールの混入
〇RNAサンプルにRNA抽出キットの溶解Bufferの混入
いかがでしょうか?
夾雑物が含まれているサンプルはスペクトルにも影響を及ぼしていることが確認できます。夾雑物の中には酵素反応を阻害するものもあり、スペクトルの情報からどのような夾雑物が含まれているかを把握することも実験精度を上げるための重要な確認事項になります。
スペクトル情報からサンプルに含まれる夾雑物情報を把握しよう!
表示されるスペクトルの波形がいつもと少し違う場合、測定サンプルに夾雑物が含まれている可能性があります。対象が核酸であれば有効な確認方法として波長領域間の吸光度比情報があります。260/280、260/230がよく確認される吸光度比です。この吸光度比情報はサンプルの純度:夾雑物の有無を確認できる情報です。それぞれどのような意味を示すでしょうか?
まずは260/280です。これは260 nmと280 nmの吸光度比の情報で、主にタンパク質やフェノールが夾雑物として含まれる場合に低値を示します。例として精製度の高いDNAサンプルは260 nmが最大吸収を示し、タンパク質の芳香族アミノ酸の側鎖由来の280 nmの吸光度は260 nmより小さくなります。しかしBSAなどのタンパク成分が夾雑物として含まれている場合、タンパク質由来の280 nmの吸光度が高くなり、結果として260/280の比が小さくなります(図7参照)。
次はRNAサンプルにフェノールが含まれている場合です(図8参照)。フェノールは有機法による抽出・精製方法で、2層分離の際の水層サンプルをサンプリングする際に混入しやすい物質の代表格です。フェノールが含まれたRNAサンプルの260/280比は、純度の高いRNAサンプルと比較し、やや低値を示しているのが確認できます。フェノール自体の最大吸光波長域は270 nm前後にも存在します。従ってフェノールが夾雑物としてサンプルに混入している場合、核酸の最大吸収波長の260nmの吸光度はフェノールの影響を受け270 nm前後に吸光度ピークがシフトすることがあります。
フェノールの混入は270nm近傍の吸光度にも影響を及ぼすことから、260/280比も影響を受けやすくなります。
次のサンプルはRNAにRNA抽出キットの溶解Bufferが夾雑物として混入している場合のスペクトルです(図9参照)。RNA抽出キットの溶解Bufferはグアニジンイソチオシアン酸が含まれているため、230 nm付近の吸光値に大きく影響していることが確認できます。よってRNA抽出キットの溶解Buffer が含まれたRNAサンプルの260/230比は、純度の高いRNAの260/230比と比較し小さくなっています。一方で260/280比は大きく影響は受けていないことがわかります。
このように吸光波長比による情報からも夾雑物の存在を推察することが可能です。ただ、正確な夾雑物の種類を推定するために、スペクトルの全体像を確認したほうがいい場合もあります。吸光度のスペクトルを見慣れている場合、スペクトル情報や吸光度比情報から夾雑物の種類を推測することは可能です。しかし、夾雑物の特異的なスペクトル情報については、吸光度測定を実施するユーザーすべてが周知の情報ではないと思います。Thermo Scientific™ NanoDrop™ One/OneC微量分光光度計には、測定サンプルから代表的な夾雑物情報を判断する機能があります。
Acclaro機能を活用してサンプル中の夾雑物の推測を簡単にしよう!
NanoDrop One/OneCには、測定サンプルに含まれる夾雑物情報を特定できる機能として「Thermo Scientific™ Acclaro™コンタミネーションID機能」が搭載されています。
「AcclaroコンタミネーションID機能」は、以下表1の記載事項の範囲にて機能するNanoDrop One/OneCの特長的な機能の1つです。
「AcclaroコンタミネーションID機能」は、核酸(dsDNA/RNA)またはタンパク質サンプル測定において、夾雑物が含まれるサンプル測定時に自動的にアラートする機能です。Acclaroアラートはサンプル情報の左側に、黄色い三角で表示されます(図10参照)。
以下はDNAサンプルにBSAが混入したサンプルの測定例です。
図11の左図は、DNAサンプルにBSAが混入したサンプルの測定画面です。A260/A280は1.52、A230/A260は0.53となり、何らかの夾雑物の混入がスペクトルおよび吸光度比情報から確認できます。AcclaroアラートボタンをタップすることでAcclaro Analysisの結果が確認できます(図11中央図参照)。
「緑」で示されるスペクトルは、測定時の「Original」スペクトル、「赤」で示されるのが今回予測された夾雑物である「BSA」由来の予測スペクトルです。予測された夾雑物のスペクトルから本来のサンプルのスペクトルを計算した結果が「黄」で示される「Corrected」スペクトルになります。実際に今回測定したBSAを含むDNAサンプルにて夾雑物を含まないDNAのみのスペクトルデータを重ね合わせた結果が図11の右図になります。「青」で示されたもともとのDNAスペクトルと「黄」で示された修正後のスペクトルとほとんど重なることが確認されます。
今回の測定に用いたDNAのサンプル濃度は、144.8 ng/µLの濃度でしたが、BSAが夾雑物として含まれ、吸光度に影響が及んだサンプルの測定値は175.6 ng/µLでありました。
Acclaro Analysisでは、「Original」スペクトルから夾雑物由来スペクトル排除した際の修正値として「Corrected」値を算出します。結果、修正されましたDNA濃度は144.3 ng/µLとなり、夾雑物を含まないDNAサンプル濃度と近似する値を確認できております(図12参照)。
いかがでしたでしょうか?
「AcclaroコンタミネーションID機能」によって測定サンプルに含まれる夾雑物の種類や、修正後の濃度情報が確認できます。ただし、「AcclaroコンタミネーションID機能」によって計算される修正後濃度については、夾雑物のスペクトルを予想した結果、計算された濃度となります。実際に夾雑物を含むサンプルを以降のアプリケーションに用いることは、夾雑物による反応阻害が懸念されたりするため多くないと考えます。本来、夾雑物を含むことなく、精製ができていた場合の指標の1つとして修正後の濃度情報を活用いただければと思います。
また、夾雑物の種類、濃度によっては、Acclaroアラートが機能しない場合もございます。Acclaroアラートが機能しない場合でも、スペクトルの形状や吸光度比情報から夾雑物の有無、種類を推定できるのが望ましいと考えます。もし、精製したサンプルに夾雑物が含まれていた際、精製のどの段階で問題となる夾雑物がコンタミしたかを振り返ることができ、以降の精製でより良い品質のサンプルを得られる「気づき」となることで実験の質の向上につながることが期待できます。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
分子生物学実験において、吸光度の測定はさまざまな場面で登場する基本手技の一つです。サンプル濃度情報以外にもさまざまな情報を吸光度から推測でき、正確に吸光度を理解することで実験の質の向上が期待できます。
今回は、吸光度から推測できる夾雑物の考え方についてご紹介しました。
このシリーズではNanoDrop微量分光光度計による吸光度測定に関わる情報やTipsをご案内していく予定です。以下リンクより「NanoDrop」に関連するブログ記事をご覧いただけます。
https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/tag/nanodrop/
NanoDropご利用のお客様へ
Webサイトのリソースページ(thermofisher.com/jp-nanodrop-setup)には、How-to動画などNanoDrop One / OneCに関する様々なお役立ちコンテンツを掲載しています。
併せてご参照ください。
またNanoDropシリーズにご興味のユーザーさまは以下リンクよりデモのご依頼も可能ですのでご活用いただければと思います。
連載NanoDrop道場
第1回 吸光度測定による夾雑物の影響を考えよう!
第2回 いろいろな核酸サンプルの吸光度を測定しよう!~PCR産物~
第3回 いろいろな核酸サンプルの吸光度を測定しよう!~cDNA産物~
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。