さて、第3回です。最終回の予定でしたが、少し長くなったので2回に分けることにいたしました。次回の実例集2が最終回となるはずです。よろしければもう少しお付き合いください。
2回にわたり実例を使ってベクターマップ解読の流れを説明します。供給元(メーカーや研究者など)に聞ければいいのですが、もろもろ大人の事情で聞くのが難しいこともあると思います。そんな時のためにこのブログを書いています。少しでもお役に立てたら幸いです。なお、ところどころ補足説明を入れますが、もしこの記事だけで分かりにくいところがあれば第1回・第2回の記事を見直してみてください。
最初に復習も兼ねて一般的なベクターマップにどのようなエレメントが含まれるかについて説明します。その後幾つか別の例を使ってベクターマップ解読の手順を説明します。
▼もくじ
ベクターマップに含まれるエレメントについて
一般的な哺乳類細胞発現用ベクターのマップ(以下)を例に、ベクターマップに含まれるエレメントついて説明します。
まず、多くのベクターマップは上記のように(ア)・(イ)・(ウ)の3つの領域に分けられます。
(ア)大腸菌内でのベクターの複製・維持に関わる領域
(イ)目的遺伝子のクローニング・発現に関わる領域
(ウ)その他大腸菌以外の生物内での機能(選別・ゲノムへの組み込みなど)に関わる領域
(ア)には大腸菌内でのプラスミドベクターの複製に関わるorigin(①)、大腸菌内で発現・機能する抗生物質耐性遺伝子(②)が含まれます。なお、②の周辺には大腸菌内での発現に必要なプロモーターやターミネーターなどのエレメントが必須ですが、記載が省略されているのが一般的です。
(イ)には目的遺伝子をクローニングするクローニングサイト(④)と、その両端に目的遺伝子の転写・翻訳に係わるエレメント(③:プロモーター、⑥:ポリA 付加シグナルなど)が配置されています。また、クローニングサイト近辺には融合タグ配列(⑤)やシーケンス用プライマーのプライミングサイト(⑦)が存在する場合があります。なお、真核生物(哺乳類、昆虫、酵母など)と原核生物(大腸菌など)で転写・翻訳に必要なエレメントが異なります。詳しくは第1回の「2. 転写、翻訳関連エレメント」にまとめましたのでご参照ください。
(ウ)には哺乳類細胞・昆虫細胞など大腸菌以外の宿主内で発現する抗生物質耐性遺伝子(⑧)、およびその遺伝子の発現に関わるエレメント(⑨:プロモーター、⑩:ポリA付加シグナルなど)が含まれます。なお、このベクターの場合は耐性遺伝子の上流に大腸菌内で機能するEM7プロモーター(⑪)が挿入されているため、bsd(ブラストシジン耐性遺伝子)は大腸菌内でも発現・機能します。よって、形質転換後の大腸菌の選別にアンピシリンだけでなくブラストシジンも使えます。その他ベクターのゲノム(大腸菌以外)への組み込みに関わる配列もここに分類することにします。
なお、(イ)の領域に“コンタミ”しているf1 ori(⑫)ですが、このエレメントの機能が利用されることはほとんどありませんので無視しても問題ありません。第2回のエレメンリストでf1 oriについて簡単に説明していますので気になる方はご参照ください。また、各エレメントの機能についてもう少し復習されたい方は本シリーズ第1回の1~3項をご参照ください。
例1:一般的な哺乳類細胞発現ベクター(目的遺伝子挿入前)
次に、先程の例とよく似ていますが一般的な哺乳類細胞発現用ベクター(遺伝子挿入前)のマップを例にベクターマップの解読の手順を説明します。例題のマップは以下ですが、(ア)・(イ)・(ウ)の領域に分類済みです。研究対象の遺伝子(GOI:gene of interest)を哺乳類細胞で発現させるためにこのベクターを入手したが、使い方がいまいちわからないというシチュエーションを想定しています。
大腸菌の選別に使用する抗生物質は何がいいのか?
最初にベクターマップから読み取らなければいけないのは、大腸菌の選別に使える抗生物質は何かということです。ここで間違えると、プラスミドを用いて大腸菌(コンピテントセル)を形質転換してもプレート上で大腸菌が生えてこないという事態になりかねません。
さて、(ア)の領域に“Ampicillin”、つまりアンピシリン耐性遺伝子がありますので、このベクターの場合アンピシリンが使えることが分かります。また、(ウ)に“Neomycin”がありますが、上流にあるのは哺乳類細胞用プロモーター(SV40 ori)のみで大腸菌用のプロモーターの記載がないので、大腸菌の選別にカナマイシンを使えない可能性が高いです。上記のようにマップ上から抗生物質耐性遺伝子を洗い出し、それらが大腸菌で発現するかどうかを判定してください。なお、発現ベクターの場合アンピシリンが使えることが多いので、まずは“Ampicillin”、“AmpR”などを探していただくのがお勧めです。なお、ネオマイシン耐性遺伝子とカナマイシンの関係について以下に説明しましたのでよろしければご参照ください。
「ベクターマップの読み方ガイド」の5ページ「抗生物質について~大腸菌培養時に使う抗生物質の決め方」
クローニングサイトはどこか?どのように遺伝子を挿入したらいいのか?
(イ)にユニークな制限酵素(このベクターを1カ所だけで切断するもの)サイトが並んだマルチクローニングサイト(MCS)がありますので、ここにGOIをクローニングできます。例えば、Hind IIIとXba Iの2カ所で切断し(GOI配列を切断しない酵素を選びます)、同じ酵素ペアで両端を切断したGOIのPCR産物をDNAリガーゼでライゲーションするのがオーソドックスな方法です(下図参照)。その他、Gibsonなどのシームレスクローニング法でGOIをMCSに導入することもできます。
タグ配列とGOIの読み枠を合わせるためにはどうしたらいいのか?
次に、MCSの下流(方向はCMVプロモーターの矢印の向きから考えてください)にはV5 epitopeタグと6xHisタグの配列があります。これらのタグをGOIのC末端に融合させたい場合はGOIのStopコドンを除去し、かつGOIとタグ配列の読み枠を合わせる必要があります。一方、Stopコドンを除去しなければ融合タグなしのタンパク質を発現させられます。
なお、両者の読み枠を合わせるためにはマップの情報だけでは不十分で、クローニングサイト周辺の塩基配列情報が必須です。
まず、当社のベクターの多くについては、Webマニュアルなどで以下のような図をご提供しています。“Polylinker”と記載された資料(ファイル)があればそちらをご利用ください。もしなければ同じような図を作られることをお勧めします。塩基配列が読み枠ごとに区切られているだけでも有用です。お手数でなければその下に対応するアミノ酸名を記載してみてください。
上記はこのベクターのMCS周辺の塩基配列を記載した図です。下線(赤)はHind III・Xba Iの認識・切断配列(6塩基)です。塩基配列はタグ配列(V5 epitope・Polyhistidine tag)に合わせた読み枠(3塩基)ごとに区切られています。塩基配列の下に各コドンが指定するアミノ酸が記載されています。この読み枠を壊さないように(ずれないように)使用する制限酵素サイトの前にGOI配列を挿入すれば問題ありません。
例えばXba Iサイト(TCTAGA)を利用する場合ですが、Stopコドンを除去したGOI配列とリンカーなしで直結すれば問題ありません。以下のように読み枠ごとに区切って書いてみたらわかりやすいです。GOIの読み枠とV5 epitopeタグの読み枠がずれていないことがわかると思います。以下例のGOIの3’末端の塩基配列と読み枠はGAC GAG CTG TAT AAG TAGです。
ちなみに、もしXba Iの読み枠がT CTA GAの場合は、GOI配列の3’末端に何か適当な2塩基を挿入して読み枠を合わせる必要があります。以下ご確認ください。
なお上記例ではXba IとV5 epitopeタグ配列の間の塩基を2塩基削除して読み枠をあえてずらしたので対応するアミノ酸も変わっています。
クローニング後の配列確認はどうしたらいいのか?
クローニング後には、クローニング配列とその周辺についてDNAシーケンサで配列確認を行う必要があります。PCRエラーが起こっていないか、つなぎ目が正しいかを確認するためです。その際に使用できるプライマー配列がMCS周辺に準備されていることがありますのでまずはそれらの使用をご検討いただくのがお勧めです。このベクターの場合はMCSの上流にT7 promoter/priming site、下流にBGH reveres priming siteが準備されています。その他、図には記載がありませんが、V5 epitopeタグ配列上にも確認済みのプライマー配列があります。
安定発現株を選別する際はどうしたらいいのか?
安定発現株を作成する際は、細胞の選別に使用可能な抗生物質をマップから読み取る必要があります。このベクターの場合は(ウ)に“Neomycin”とあるので、ネオマイシン耐性遺伝子で無毒化できるG418系抗生物質(Geneticinなど)が使える可能性が高そうです。念のため上流に哺乳類細胞で機能するプロモーター(わかりにくい名前ですがSV40 origin)、およびポリA付加シグナル(SV40 pA)があることをご確認ください。なお、(ア)にアンピシリン耐性遺伝子がありますが、以下の理由でアンピシリンは安定株の選別には使えません。
- 哺乳類細胞では発現しない可能性が高い(哺乳類細胞で機能するプロモーターがなさそう)
- アンピシリンは哺乳類細胞には効かない
例2:一般的な哺乳類細胞発現ベクター(目的遺伝子挿入済み)
例1と同じく哺乳類細胞を使ったタンパク質発現を行いたいケースですが、今回はTFS1という遺伝子がすでにクローニングされているベクターの例です。知り合いの先生から「TFS1遺伝子あげるよ」と譲り受けたがどう扱ったらいいかわからない、かつ少ししかもらえなかったので増やさないといけない、というシチュエーションを想定しています。このようなケースも結構あるのではないでしょうか。プラスミド溶液と一緒に届いたのが下記マップです。受け取り後、早速(ア)、(イ)、(ウ)に分類してみました。
大腸菌の培養時に使用する抗生物質は何がいいのか?
(ア)に“Ampicillin”という文字がありますので、大腸菌の選別にアンピシリンが使えることが分かります。また、(ウ)の“Zeocin”の上流にEM7プロモーターがあるのでZeocinTMも使えることが分かります。特に理由がなければ安価なアンピシリンを使うのがお勧めです。なお、カルベニシリンをアンピシリンの代わりに使うことができます。プレート上での安定性が高く、サテライトコロニーが出にくいので使いやすいです。
アンピシリンが使えることが分かったので、DH5αなどの大腸菌(コンピテントセル)に導入し、アンピシリン耐性を持つコロニーを選別したら、ピックしたコロニーの培養液からトランスフェクショングレードのキットを使ってプラスミド調製という流れになるはずです。なお、もう少しマップを調べてから先に進みたい方は以下もご覧ください。
哺乳類細胞に入れたら発現するのか?
念のため本当に哺乳類細胞で発現するのか確認したいこともあると思います。聞き間違いということもありますし、自分の勉強のためでもあります。そんな時はまずTFS1遺伝子の上流に哺乳類細胞用のプロモーターがあるかどうかを確認してみてください。TFS1の矢印の向きから上流・下流を判断してください。どうでしょうか?PEF-1α = EF1αプロモーターが見つかったでしょうか。念のため第2回のエレメントリストで、EF1αプロモーターが哺乳類細胞で機能するプロモーターかどうかを確認してみてください。最も一般的なCMVプロモーターよりも転写活性は弱めのようですが、十分使えそうです。さらに、TFS1遺伝子の下流にはポリA付加シグナル(BGH pA)があるのでさらに安心できそうです。なお、哺乳類細胞発現系の場合、翻訳開始コドン(ATG)の前・周辺にコザック(Kozak)コンセンサス配列を付加することが多いですが、通常マップには記載されていません。付けないと発現しないということはないはずですが、気になる場合は塩基配列情報をもらって確認する必要があります。
C末端タグ配列は付くのか?
このベクターの場合、MCSの下流にmyc epitopeタグ・6 x Hisタグ配列があります。TFS1遺伝子とタグ配列の読み枠が合っていて、かつTFS1のStopコドンが除去されていたら、例えばmyc抗体を使ったウェスタンブロッティング、免疫蛍光染色、あるいは6 x Hisタグ配列と特異的に結合するNi-NTAカラムを使った発現タンパク質の精製を行える可能性があります。
残念ながらマップからは読み枠およびStopコドンの有無を確認できませんので、先生に聞いてみるか、TFS1遺伝子周辺の配列をもらうしかありません。配列が手に入れば、TFS1遺伝子とタグ配列の読み枠が合っているかどうか、Stopコドンが削除されているかどうかを確認してみてください。いい抗TFS1抗体が手元にある場合でも、予測分子量を算出するためにタグが付くかどうかの確認は必要です。
安定発現株を選別する際はどうしたらいいのか?
(ウ)に“Zeocin”があるので安定発現株の選別にはZeocinが使えます。つまり、安定発現株の作成を試みられる場合は、トランスフェクション後Zeocinを用いて耐性細胞の選別を行えます。
TFS1遺伝子を他のベクターに移したい場合はどうしたらいいのか?
哺乳類細胞以外でも発現させたい場合など、TFS1遺伝子を他のベクターに移す必要が出てきます。また、マップを調べたところ実は哺乳類細胞では発現しそうにないことが分かった場合も必要な操作です。一般的には以下の方法で別の発現ベクターに移すことが可能です。
方法1
TFS1遺伝子の両端にある制限酵素サイトで切断
→できれば同じ制限酵素で切断した乗せ換えたい発現ベクターにライゲーション
方法2
TFS1遺伝子をPCRで増幅(使用するプライマーペアの両端にクローニングに使用する制限酵素サイトを付加)
→制限酵素切断→同じ制限酵素で切断した発現ベクターにライゲーション
方法3
TFS1遺伝子の合成から発現ベクターへのクローニングまでを当社の人工遺伝子合成サービスで依頼する
いずれかやりやすそうな方法を選んでください。なお、使える制限酵素サイトが存在しないケースも多いため、方法1は困難なことが多いです。最近のPCR用酵素はエラー率がかなり下がり成功率も上がったので方法2、あるいは以前よりかなり安くなり注文しやすくなったので方法3が選ばれることが多いと思います。
まとめ
実例集1では哺乳類細胞発現用ベクターを例にベクターマップ解読の流れを説明しました。お持ちのベクターマップ解読の役に立ちそうでしょうか?
次回第4回では他の発現系用のベクターおよび、少し変わったベクターの例をご紹介する予定です。よろしければそちらも併せてご覧ください。
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本ブログに関連するリンク
ベクターマップの読み方~クローニング・タンパク質発現で迷子にならないために
第1回 プラスミドベクターの構造とマップから分かること
https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/cloning-bid-ts-1/
ベクターマップの読み方~クローニング・タンパク質発現で迷子にならないために
第2回 プラスミドベクターに含まれるエレメントリスト
https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/protein-expression-cloning-2-bid-ts-mbr-24076/
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