PCR反応における熱変性(denature)は、アニーリング(annealing)や伸長反応(extension)と並ぶ欠かすことのできないステップの1つです(図1)。熱変性では、2本鎖の鋳型DNAを1本鎖に融解することで、標的となる相補的なDNA領域にプライマーが結合するための準備をしています。この熱変性の温度は94~98℃が通常ですが、温度が低すぎると2本鎖DNAが1本鎖に融解せず、プライマーも結合できなくなるのでPCRが成立しなくなってしまうことが考えられます。では、どのくらいまで温度を下げると影響が見られるようになるのでしょうか。やってみました。

図1. PCRの3つの主要ステップ
材料と方法
鋳型のDNAはHeLa cDNA(1 ng/μL)を用意しました。このcDNAは、Invitrogen™ PureLink™ RNA Mini Kitを使用してHeLa細胞からTotal RNAを抽出した後、Invitrogen™ SuperScript™ IV VILO™ Master Mixで逆転写反応を実施することで合成しました。リアルタイムPCRのマスターミックスは、Applied Biosystems™ TaqMan™ Fast Advanced Master Mix を使用しました。また、Applied Biosystems™ TaqMan™ Gene Expression Assay (20x) GAPDHをターゲットとしました。鋳型のDNAは2 μL(2 ng/well)使用し、製品の取り扱い説明書に従い20 µL容量の反応液を調製しました。実験にはApplied Biosystems™ QuantStudio™ 5 Real-Time PCR Systemを使用し、下記条件のように熱変性温度を振って反応させ、CT値によって熱変性温度の影響を評価しました(n = 8のテクニカルレプリケート)。
- 95℃ 20 sec
- 95℃ or 92℃ or 89℃ or 86℃ or 83℃ or 80℃ 1 sec
- 60℃ 20 sec
※2~3を40 cycle反復
熱変性の温度は、区画ごとに独立して温度制御できる機能(VeriFlex)を利用することで、1度のランで6温度条件を同時に比較しました(図2)。

図2. VeriFlex機能による熱変性温度条件の設定
結果と考察
それでは結果を確認しましょう。
まずは、熱変性温度を95℃から80℃まで振った実験の増幅曲線を確認します(図3)。
95℃、92℃、89℃は増幅曲線にほとんど差が無いように見えました。熱変性温度を86℃まで低下させると明らかに増幅曲線の立ち上がりが遅くなり、83℃まで低下させるとさらに立ち上がりが遅ればらつきも非常に大きくなりました(図3左)。熱変性温度による増幅曲線の差を詳細に確認してみると、95℃と92℃ではほとんど差がありませんでしたが、89℃では増幅曲線の立ち上がりがごくわずかに遅れたように見えました。また、86℃では増幅曲線がばらついていたことが確認できました(図3右)。さらに、80℃まで熱変性温度を低下させると増幅が見られなくなりました。これは温度が低すぎて2本鎖DNAを1本鎖へ融解させることができず、PCR反応が全く進まなかったことを示しています。

図3. 熱変性温度の違いによるPCR増幅への影響
左:通常スケール、右:左パネルの四角部分を拡大
次に、熱変性温度の影響を詳細に比較するため、CT値を比較しました(図4)。増幅曲線で確認した通り、95℃と92℃ではほとんど差がありませんでした。熱変性温度を89℃に低下させてもCT値は95℃や92℃とほぼ同じでしたが、わずかにばらつきが大きくなっていました。このばらつきが原因で、増幅曲線の立ち上がりが遅れたように見えた(図3)と考えられました。さらに熱変性温度を86℃に低下させると、95℃と比較してCT値が1.2ほど大きくなり、熱変性温度の影響が現れていました。さらに83℃にまで低下させると、95℃と比較してCT値が12.5ほど大きくなり、CT値のばらつきも顕著に大きくなってしまいました。

図4. 熱変性温度の違いによるCT値への影響
これらの結果から、今回の実験条件(鋳型の種類、マスターミックスの種類、ターゲットの遺伝子の種類など)では、標準プロトコールの熱変性温度である95℃から3℃程度低させた92℃でもPCR増幅にはほとんど影響がないことが分かりました。89℃まで低下するとばらつきが大きくなったので熱変性温度の影響があったことが示唆されます。さらにGCリッチな領域をターゲットにする場合や、cDNAと比較して複雑性が高くサイズが大きいゲノムDNAをサンプルにする場合では、92℃でも影響が現れる可能性も考えられます。また、今回はフォワードプライマー、リバースプライマーに加え、蛍光標識されたプローブも用いるTaqMan™法で実施しましたが、フォワードプライマーとリバースプライマーのみ使用するSYBR™ Green法では熱変性温度の影響が異なることが推察されます。
まとめ
今回の実験では、熱変性温度がPCR反応に与える影響を詳細に検討しました。標準プロトコールの95℃から92℃への温度低下ではほとんど影響が見られませんでしたが、89℃以下ではPCR増幅に影響があり、83℃以下ではDNAの増幅が全く見られませんでした。これらの結果は、鋳型DNAの種類や方法によって異なる可能性があるため、試薬の取り扱い説明書に従った、適切な実験条件の設定が重要です。
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