プラスミドベクターは、in vitro転写(IVT)のDNAテンプレートとして古くからもっとも多く利用されています。プラスミドベクターに組み込まれたDNAテンプレートは、大腸菌ホストへトランスフォーメンションすることで、大量にプラスミドベクターを増やすことができ 安定的に継続的な利用が可能です。バルクサイズのRNA合成に適したDNAテンプレートです。
真核生物の翻訳システムでは 効率的なタンパク質合成のために、mRNAの5’末端にキャップ構造、3’末端に Poly(A)テール配列の付加が推奨されています。
本稿では 翻訳効率の高い Cap-1アナログ を採用しているInvitrogen™ mMESSAGE mMACHINE™ T7 mRNA Kit with CleanCap™ Reagent AGにフォーカスし、タンパク質翻訳に適したmRNA合成のためのプラスミドDNAテンプレートのデザインのポイントとInvitrogen™ GeneArt™遺伝子合成サービスのご利用方法をまとめています。
▼もくじ
GeneArt遺伝子合成サービスの選択のポイント
Poly(A)テールを鋳型に付加するか否かで合成難度が異なります
in vitro転写(IVT)のプラスミドDNAテンプレートを手に入れるためには、多くの工程を有します。従来法では RNA発現に必要なテンプレートDNA配列をデザインし、この配列を化学合成します。さらにプラスミドベクターへのクローニング、大腸菌ホストへのトランスフォーメンション、シーケンスによる配列確認、大スケールの大腸菌培養とプラスミドDNAの精製と、煩雑で面倒な操作を行う必要があります。サーモフィッシャーサイエンティフィックの
GeneArt遺伝子合成サービスでは、IVTのためにデザインされた配列を、指定されたプラスミドDNAベクターに組み込み、高純度に精製されたReady-to-useの状態で提供します。一度購入されたプラスミドDNAは追加で購入することが可能なため(価格は精製代金のみ)、継続的に利用できます。またオプションで大腸菌にトランスフォーメーションした状態のクローンを入手することも可能ですので、ご自身でプラスミドDNAを精製することも可能です。
GeneArt遺伝子合成サービスで IVTのプラスミドDNAテンプレートを合成する場合、Poly(A)鋳型配列の有無により注文方法が異なります。
① プラスミドベクター without Poly(A)テールの鋳型配列
テンプレートDNA中にPoly(A)鋳型配列を付加せず、RNA合成後にE. coli Poly(A) polymeraseを用いてPoly(A)テールを付加する必要があります。
② プラスミドベクター with Poly(A)テールの鋳型配列
テンプレートDNA中にPoly(A)鋳型配列を付加し IVT反応と同時にPoly(A)テールを付加できます。
①のプラスミドベクター without Poly(A)テールの鋳型配列は、インターネットオーダーが可能ですが 、②のプラスミドベクター with Poly(A)テールの鋳型配列は合成難易度が高いため、インターネットオーダーができません。専用の注文用紙を用いてメールでご注文いただけます。
それぞれの利点・留意点を確認し(図1)、いずれのタイプにするかを決定してからデザインを進めます。
プラスミドDNAテンプレートのデザイン
in vitro転写のDNAテンプレートに必要な配列を確認
T7 RNAポリメラーゼを用いたin vitro転写反応(IVT)でmRNAを合成する場合、以後のタンパク質の翻訳効率を考慮し、以下の図のコンポーネントを含んだDNAテンプレートを用意することを推奨します。まず必要なコンポーネントを確認し、DNAテンプレートのデザインを行ってください。
DNAテンプレートのデザインは、IVTでのmRNAの収量および正確性に大きく影響します。以下の注意点を参考に、最適な配列をデザインしてください。
シンボル | 説明 |
(はじめに) プラスミドベクターの選択 |
バックボーンに T7プロモーター配列が存在しないベクターを選択する必要があります。 バックボーンのT7プロモーターから不必要な転写が生じる可能性を回避するためです。 参考:以下のベクターなどが利用できます。 |
T7 | T7 RNAポリメラーゼ プロモーター配列 T7プロモーター配列(下線配列)は、T7 RNAポリメラーゼが鋳型に結合し、mRNAを合成するために必須です。高効率の転写のためにT7プロモーター下流に3塩基のinitiation配列を付加しますが、IVT反応中に5’末端にキャップ構造を付加させる場合、initiation配列は使用するキャップアナログによって変える必要があります: CleanCap™ Reagent AGは『AGG』を配置します。 その他の従来型のCap analogは『GGG』を配置します。 注:CleanCap Reagent AGはinitiation配列が『GGG』のDNAテンプレートではキャップ構造が付加されませんので注意してください。 |
5’UTR 3’UTR |
mRNA上の非翻訳領域の配列(UTR:untranslated region) IVTで合成したmRNAをタンパク質翻訳に利用する場合、mRNAの両末端に5’-UTRおよび 3’-UTRの付加をお勧めします。mRNAの安定性と翻訳制御に有効です。ヒトの遺伝子の場合、 mRNAの安定性や翻訳効率が向上するとして、α-グロビン(alpha globin)またはβ-グロビン(beta globin)のUTR配列が利用されることが多いです。 他生物種の場合は、ホスト由来の遺伝子のUTR 配列を選択することが多いです。 |
Kozak | コザック(Kozak)配列 コード配列(CDS: coding sequence)の開始コドン(ATG)配列の直前にKozak配列(CACCなど)を付加します。Kozak配列はリボソームが正確に翻訳の開始位置を認識し、効率的にタンパク質の合成を開始するのに役立ちます。 Kozack配列についてもバラエティがあり、『GCC』、『ACC』、『GCCACC』などさまざまです。IVTで発現させる配列に効果的なものを検証し 選択されるのが理想的です。 |
CDS | コード配列 (CDS: coding sequence) 翻訳するタンパク質のアミノ酸配列をコードする配列です。開始コドン(ATG)から終止コドン(TAA、TAG、TGA)までの配列をDNAテンプレートに組み込みます。 合成前に 以下を確認してください。
|
Poly(A) | Poly(A)テール配列 mRNAの3’末端の A (アデニン)の連続配列です。Poly(A)を付加することでmRNAの安定性とタンパク質の翻訳効率が向上します。DNAテンプレートには 80~120ヌクレオチドの長さのPoly(A)配列を付加することをお勧めしています。 ① プラスミドベクター without Poly(A)テールの鋳型配列の場合 ② プラスミドベクター with Poly(A)テールの鋳型配列の場合 |
RE site | 制限酵素配列 IVTの前に環状のプラスミドDNAを、制限酵素で直鎖状に切断しておく必要があります。環状のまま転写反応を行うと、巨大なヘテロジーニアスなRNA産物が合成されるのを避けるためです。そのためテンプレートDNAの3’末端部分に制限酵素配列を付加する必要があります。 ① プラスミドベクター without Poly(A)テールの鋳型配列の場合 ② プラスミドベクター with Poly(A)テールの鋳型配列の場合 |
配列の例 |
① プラスミドベクター without Poly(A)テールの鋳型配列の場合 ② プラスミドベクター with Poly(A)テールの鋳型配列の場合 |
例:CleanCap Reagent AG キャッピング用にデザインしたPCRテンプレートのデザイン (Human IL10 )
① プラスミドベクター without Poly(A)テールの鋳型配列の場合
TAATACGACTCACTATAAGGAGAACTCTTCTGGTCCCCACAGACTCAGAGAGAACCCACCATGCACAGCTCAGCA
CTGCTCTGTTGCCTGGTCCTCCTGACTGGGGTGAGGGCCAGCCCAGGCCAGGGCACCCAGTCTGAGAACAGCTG
CACCCACTTCCCAGGCAACCTGCCTAACATGCTTCGAGATCTCCGAGATGCCTTCAGCAGAGTGAAGACTTTCTT
TCAAATGAAGGATCAGCTGGACAACTTGTTGTTAAAGGAGTCCTTGCTGGAGGACTTTAAGGGTTACCTGGGTTG
CCAAGCCTTGTCTGAGATGATCCAGTTTTACCTGGAGGAGGTGATGCCCCAAGCTGAGAACCAAGACCCAGACAT
CAAGGCGCATGTGAACTCCCTGGGGGAGAACCTGAAGACCCTCAGGCTGAGGCTACGGCGCTGTCATCGATTTC
TTCCCTGTGAAAACAAGAGCAAGGCCGTGGAGCAGGTGAAGAATGCCTTTAATAAGCTCCAAGAGAAAGGCATC
TACAAAGCCATGAGTGAGTTTGACATCTTCATCAACTACATAGAAGCCTACATGACAATGAAGATACGAAACTGA
GCTGGAGCCTCGGTGGCCATGCTTCTTGCCCCTTGGGCCTCCCCCCAGCCCCTCCTCCCCTTCCTGCACCCGTACC
CCCGTGGTCTTTGAATAAAGTCTGAGTGGGCGGCAGAATTC
② プラスミドベクター with Poly(A)テールの鋳型配列の場合
TAATACGACTCACTATAAGGAGAACTCTTCTGGTCCCCACAGACTCAGAGAGAACCCACCATGCACAGCTCAGCA
CTGCTCTGTTGCCTGGTCCTCCTGACTGGGGTGAGGGCCAGCCCAGGCCAGGGCACCCAGTCTGAGAACAGCTG
CACCCACTTCCCAGGCAACCTGCCTAACATGCTTCGAGATCTCCGAGATGCCTTCAGCAGAGTGAAGACTTTCTT
TCAAATGAAGGATCAGCTGGACAACTTGTTGTTAAAGGAGTCCTTGCTGGAGGACTTTAAGGGTTACCTGGGTTG
CCAAGCCTTGTCTGAGATGATCCAGTTTTACCTGGAGGAGGTGATGCCCCAAGCTGAGAACCAAGACCCAGACAT
CAAGGCGCATGTGAACTCCCTGGGGGAGAACCTGAAGACCCTCAGGCTGAGGCTACGGCGCTGTCATCGATTTC
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CCCGTGGTCTTTGAATAAAGTCTGAGTGGGCGGCAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAGAAGAGC
GeneArt Instant Designerで プラスミドDNAテンプレートを注文
Invitrogen™ GeneArt™ Instant Designer は GeneArt遺伝子合成の注文ツールです。注文の工程で配列の妥当性の確認、コドンの最適化、カスタムベクターの選択などが行えるため、目的遺伝子の発現に必要な配列のデザイン完了後、GeneArt Instant Designerを用いて配列の妥当性を再確認してから、インターネット注文を進めることができます。
GeneArt Instant Designerは以下に簡易的な注文方法をまとめています。
① プラスミドベクター without Poly(A)テールの鋳型配列
② プラスミドベクター with Poly(A)テールの鋳型配列
GeneArt Instant Designerの詳細な利用方法も合わせてご確認をお願いします。
Appendix 1
in vitro転写(IVT)の前処理: 制限酵素処理
in vitro転写(IVT)にプラスミドDNAを使用する場合、IVTの前に必ず制限酵素で直鎖状にする必要があります。
環状のプラスミドDNAの状態のまま DNAテンプレートとしてIVT反応を行うと、非常に長い不均一なサイズの転写産物が合成される恐れがあるため、IVT反応を行う前に制限酵素で直鎖状にする必要があります。
以下の点に注意し、制限酵素処理を行います。
- 制限酵素は平滑末端(SmaIなど)、もしくは5’オーバーハングになる制限酵素(EcoRIなど)を選択します。3’オーバーハングに切断されたテンプレートを用いるとRNAの収量が大きく減少する恐れがあります。
- Poly(A)鋳型配列を含むプラスミドDNAを用いる場合、Poly(A)鋳型配列の下流に余分な配列が残らない制限酵素を選択します。余分配列の残存は翻訳効率の低下の原因になります。
- 切断後はゲル電気泳動で完全に切断され、直鎖状DNAになっていることを確認します。スーパーコイル状態やニックの入った環状状態のプラスミドDNAが残存していないことを確認します。
- 制限酵素での切断後はInvitrogen™ PureLink™ PCR Purification KitなどのPCR精製キット、または “フェノール/クロロホルム抽出 + エタノール沈殿(マニュアル21ページ)”処理を行ってから、IVTに使用します。
Appendix 2
in vitro転写(IVT)に使用するプラスミドDNAの純度
- GeneArt遺伝子合成サービスで合成したDNAを直接 IVTに使用する場合は 『Transfection Grade 』で合成することをお勧めします。
- ホスト大腸菌から精製する場合は、陰イオン交換樹脂ベースのトランスフェクションに使用できる純度のプラスミドDNAが精製できる市販のキットを使用してください。シリカスピンカラムの精製システムではRNaseの残存が危惧されるため避けてください。
推奨される精製システムの例
Invitrogen™ PureLink™ HiPure Plasmid Miniprep Kit(製品番号:K210002)
Invitrogen™ PureLink™ HiPure Plasmid Midiprep Kit(製品番号:K210004)
まとめ
in vitro転写(IVT)は、プラスミドDNAやPCR産物を鋳型としてRNAを合成する手法です。合成したRNAの収量、安定性、細胞内での翻訳効率の向上ためにDNAテンプレート配列のデザインは重要な役割を果たします。発現するCDS(Coding Sequence、コーディング領域)と相性のよいUTRやKozak配列などのコンポーネンツの選択も重要です。
GeneArt遺伝子合成サービスでは、面倒なクローニング操作やプラスミドDNAの精製を行う必要がありません。ご指定いただいたデザインの配列を指定のプラスミドベクターDNAに組み込み、高純度に精製されたReady-to-useの状態で提供します。調製が省力化できるため、適した配列のスクリーニングも簡単にできます。また大スケールでのRNA合成を行われる場合は、RNAの合成スケールに応じて最大10~15 mgの精製済みプラスミドDNAをご用意できます。
実験の目的、規模に応じてさまざまなオプションを選択いただけます。
製品名 | サイズ | 製品番号 |
mMESSAGE mMACHINE T7 mRNA Kit with CleanCap Reagent AG |
50 反応 | A57620 |
1,000 反応 | A57621 | |
nvitrogen™ MegaScript™ T7 Transcription Kit Plus | 50 反応 | A57622 |
1,000 反応 | A57623 | |
Poly(A) Tailing Kit | 25 反応 | AM1350 |
PureLink PCR Purification Kit | 50 反応 | K310001 |
Anza 33 LguI | 400 units | IVGN0334 |
PureLink HiPure Plasmid Miniprep Kit | 25 反応 | K210002 |
PureLink HiPure Plasmid Midiprep Kit | 25 反応 | K210004 |
GeneArt遺伝子合成およびタンパク質合成サービス(Webオーダー)
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