はじめに
RNAは分解しやすいもの。みなさまそんなイメージをお持ちの方がほとんどではないでしょうか。一般的な対策として、RNAの分解を抑えるためには氷上で操作することが推奨されています。しかし実際のところ、どのくらいの熱で分解してしまうのか、気になりませんか?そして実験結果にどのくらい影響してしまうのでしょうか?
弊社で開催しているRNA抽出/cDNA合成ハンズオントレーニングご参加者のそんな率直な疑問から、RNAを常温で放置して、あるいはあえて加熱してどれくらい分解するのかやってみました!
材料と方法
材料:
・RNAサンプル(HeLa細胞からInvitrogen™ PureLink™ RNA mini kitで精製したtotal RNA 5ng/μL)
・Applied Biosystems™ TaqMan™ Fast Virus 1-Step Master Mix
・Applied Biosystems TaqMan Gene Expression Assays(18S rRNA、Beta catenin)
方法:
・RNAサンプルをApplied Biosystems™ ProFlex™ PCR Systemにセットし、25℃または70℃に設定したまま放置
・放置時間
25℃:0分、10分、30分、1時間、4時間(0分~4時間までの5点)
70℃:0分、2分、5分、10分、30分、1時間、2時間、3時間、4時間(0分~4時間までの9点)
分解度の評価方法:
・リアルタイムPCR(Applied Biosystems™ StepOnePlus Real-Time PCR Systems)と、Agilent™社製BioAnalyzer™で測定
・増幅産物長の異なる2種のTaqMan Assayを使用してリアルタイムPCRを行い、分解が定量結果に与える影響も評価
結果
まず、常温として25℃で放置した結果です。
RNAの分解度を示す指標としてRIN値がよく用いられます。RIN値は10に近いほど分解しておらず、値が下がって1に近いほど分解が進んだRNAということが分かります。25℃で0分~4時間放置しても、RIN値にはほとんど影響がありませんでした(図1、表1)。リアルタイムPCRでは2つの遺伝子(18S rRNA、Beta catenin)をそれぞれのApplied Biosystems™ TaqMan™ Assaysと1-stepリアルタイムPCRで検出しました。その結果、いずれの遺伝子でも各RNAサンプルの増幅曲線がぴったりと重なっており、測定値への影響はほとんど見られませんでした(図2、表1)。
次に、70℃の高温で同様に放置してみました。
RIN値は時間が経つほど顕著に低下が見られ、70℃で4時間処理したRNAは1.7まで低下していました(図3、表2)。BioAnalyzerのエレクトロフェログラムでは、0分処理サンプルでは2本のrRNA(18S、28S)のピークがほとんど分解せず残っていますが、4時間処理サンプルでは低分子に断片化していることが分かります(図4)。
それでは、このRNAの分解はリアルタイムPCRの定量結果にどれくらい影響するのでしょうか。図5は、70℃で0分処理サンプルと4時間処理サンプルの増幅曲線です。4時間処理したRIN=1.7と極めて分解が進んでいるRNAでも増幅が見られるだけでなく、0分処理サンプルとのCT値の差(ΔCT)は18S rRNAで1.48、Beta cateninでは0.6であり、あまり大きな差はありませんでした。CT値は「2の何乗」という単純な計算でおおよその相対比を出すことができますが、18S rRNAでは21.48 ≒2.8倍(およそ3分の1に減少)、Beta cateninでは20.6 ≒1.5倍(およそ3分の2に減少)の差となりました。この差は増幅産物長によります。長い増幅産物長のPCRは、当然ながら長いテンプレートが必要です。そのため短い増幅産物長のPCRよりも影響を受けやすくなります。今回の増幅産物長は18S rRNAが187 bp、Beta cateninが88 bpであり、この長さの差によってBeta cateninの方が分解の影響が小さかったと考えられます。
このように、リアルタイムPCRでは増幅産物長の短いプライマーを使用すると分解の影響を受けにくくすることができ、結果的に安定した定量値を得ることができます。
まとめ
いかがでしたでしょうか。今回の実験では、RNA実験ではご法度の「常温で放置する」「あえて加熱する」ことをしてみました。
常温では4時間まで分解が見られなかったことで、安心してRNA実験ができると感じられた方も多かったのではないでしょうか。しかし、今回は弊社の精製キットで十分に純度を高く精製されたRNAを用いましたが、RNAに夾雑物が多い場合は分解が進む可能性もあります。そのため、基本を守ってRNAは氷上で取り扱うことをお勧めします。
さらに、70℃での加熱試験から、加熱によるRNAの分解だけでなく、その分解がリアルタイムPCRの結果にどの程度の影響を及ぼすか示すことができたと思います。なかでもRIN値とCT値の比較は、分解が進みがちなサンプルを使われる方には特にご参考にしていただけるのではないでしょうか。
弊社ではRNA抽出やリアルタイムPCR、他にも細胞培養、ウェスタンブロッティングなど、実際に実験(実習)を行いつつ学べるハンズオントレーニングを各種開催しています。その中で今回のような実験結果もご紹介していますので、これから新しい実験を始められる方、より理解を深めたい方はぜひご参加ください!
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。