本ブログは、2021年2月5日時点でのSARS-CoV-2サーベイランスに関する情報による記事です。
「感染症研究」ブログシリーズでは、この分野の研究の進展を目的とした病原体の研究、宿主の反応、疫学的研究、ワクチン/治療法の発見および製造の範囲にわたるゲノミクスの価値について、その全体像をご紹介してまいります。遺伝子ベースの戦略の実施についてご質問がある場合は、当社テクニカルサポートにご連絡いただくか、当社の感染症研究ソリューションのWebサイトをご参照ください。
ウイルス病原体の進化を理解し、感染性・病原性および疾患病理の変化をモニタリングするためには、世界規模の疫学的サーベイランスが不可欠です。RT-PCRや次世代シーケンシング(Next Generation Sequencing:NGS)などの分子的手法を用いれば、迅速かつ広範なラボ検査を実施して、人口当たりのSARS-CoV-2保有率を明らかにすることができます。ゲノムの突然変異に起因する新たな株系統の出現は、シーケンシングがSARS-CoV-2サーベイランスの鍵であることを意味します。研究者は、ウイルスの進化を追跡する過程において、突然変異によってウイルスの動きと感染性に影響が出ることだけでなく、検査にも影響が現れることを理解しておく必要があります。
▼もくじ
SARS-CoV-2のS遺伝子とウイルスの動き
感染に必要不可欠な新型コロナウイルスのスパイクは3本のSタンパク質が高次構造を形成した複合体で、S遺伝子はこのSタンパク質をコードしています1。この複合体は2つのサブドメインで構成されます。S1には、哺乳類のACE2(アンギオテンシン変換酵素2)に高い親和性を示す受容体結合ドメイン(RBD)が含まれます。この細胞表面タンパク質は、全身の血管作動性ポリペプチドホルモンであるアンギオテンシンIIの活性を調節します。
サブドメインS1がACE2に結合すると、S1-S2部位が開裂してSARS-CoV-2が宿主細胞に感染するための侵入が促進されます。スパイクタンパク質はウイルス表面にあるため、宿主免疫応答において一役を担い、それ故に新規治療戦略およびワクチン開発の優れた標的ともなるのです。
S遺伝子の突然変異、ウイルスの動きおよび公衆衛生
現在の課題のひとつに、すべてのウイルスは時間の経過とともにゲノムに突然変異を生じるということがあります。コロナウイルスを含むRNAウイルスも例外ではありませんが、SARS-CoV-2の場合は変異の速度が遅いかもしれません2。突然変異速度が遅いというと安心であるように思えますが、世界的な感染者数の増加に伴い、新しい株が市中に出現する可能性が高まっています。
サーベイランス結果から、変化の速度に関係なく、S遺伝子の突然変異が相対的に多く3、ウイルスの感染力のみならず、ウイルスの検出にも影響することがわかっています。この事実は、最近のアウトブレイクの解析によって裏付けられました。
伝播力と感染力の増加が報告された新たな株系統が、2020年後半に複数同定されました。2021年1月中旬に発表されたCDCによるこの最新のレビュー4では、米国において懸念される株として3株が挙げられています。
・1.1.7系統(別名20I/501Y.V1 Variant of Concern (VOC) 202012/01)は、2020年9月に英国で出現し、米国で確認されていました5。
・1.351系統(別名20H/501Y.V2)は、2020年10月に確認され、最近になって南アフリカから広がりをみせています6。
・1系統(別名20J/501Y.V3)は、2020年後半に日本でブラジルからの旅行者から検出されました。
さらに、カリフォルニア南部で新たな株が出現しているという最新の報告もあります7。
S遺伝子の突然変異は、これらの新たな株すべてに共通して認められています。関与しているメカニズムを解明するための研究が行われていますが、突然変異によるスパイク密度の増加、開裂および宿主細胞による取り込みの増強、ウイルス量および宿主免疫応答回避能の上昇によって感染力と伝播力が亢進する可能性があります8。
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検査機関における検出とサーベイランスへの影響
突然変異は、検査機関による検査に支障をきたし、シーケンスベースの検査による検出に影響を与えることによって疫学的モニタリングを困難にする可能性があります。
遺伝子脱落は、B.1.1.7変異で認められるように、PCR検査により評価を行ったウイルスゲノムの一部に突然変異が生じている場合に、そのサンプルの結果が遺伝子の「脱落」となる可能性がある状況です。検査機関による検査ではすべての変異株を検出しなければならないだけでなく、株の突然変異の特性を解析によって明らかにする必要があるということを、研究者は十分理解しておくことが重要です。
突然変異は治療と予防に影響を及ぼしうることから、公衆衛生上の封じ込め戦略を誘導するためには正確なウイルス株の同定が重要になります。
シーケンシングによるサーベイランス用ソリューション
NGSアプローチは迅速かつ広範なサーベイランスとしては有用ですが、サンガーシーケンシングは、新たな株の特性解析を十分に行ってS遺伝子配列の変化を追跡する迅速な方法となり得ます。S遺伝子のシーケンスカバレッジを完璧にするために、アンプリコンが重複するプライマーを用いると、Applied Biosystems™ BigDye™ Direct Cycle Sequencing KitおよびApplied Biosystems™ BigDye™ XTerminator Purification Kit用に開発されたプロトコルによってシーケンシング工程が合理化され、約4時間でデータが得られます。
各アンプリコンは数百塩基長であるため、標準配列とは異なるあらゆる新規突然変異を迅速に同定できます。また、アンプリコンのパネルも柔軟なデザインになっています。研究者はプライマーセット全体を使用する必要はなく、研究ニーズに最も適したプライマーペアをプロトコルに記載されたリストから選択することが可能です。
世界中にまん延しているSARS-CoV-2の突然変異の重要性については、まだ十分に理解されていないことから9、S遺伝子のゲノム変化のモニタリングがより一層不可欠になります。このことは、ウイルスの進化の手掛かりとなる新たな変異株のまん延を追跡するだけでなく、病原体を積極的に管理する上で中心的な役割を担うことにもなるのです。
SARS-CoV-2研究用サンガーシーケンシングソリューションの詳細は、こちらをご覧ください。
SARS-CoV-2研究用NGSソリューションの詳細は、こちらをご覧ください。
ご不明な点、または具体的な状況についてご相談がある場合は、テクニカルサポートチームまでお問い合わせください。
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リソース(英語)
・S遺伝子の69/70変異の有無を確認することによる、RT-PCRアッセイで認められたS遺伝子脱落の迅速な確認
・サンプル中の高伝播性SARS-CoV-2 B.1.1.7およびB.1.351またはB.1.1.28株系統の存在を確認するための柔軟なプロトコル。プロトコルをご参照の上、お客さまのニーズに最適なプライマーペアを選択してください。
プロトコルのダウンロード
B.1.1.7用プライマー配列のダウンロード
B.1.351用プライマー配列のダウンロード
B.1.1.28用プライマー配列のダウンロード
・S遺伝子全体をシーケンスすることによってスパイク遺伝子の新規変異を同定する、ワクチン開発と疫学的研究用プロトコル
参考文献
1.Lan J. et al. Structure of the SARS-CoV-2 spike receptor-binding domain bound to the ACE2 receptor. Nature May;581(7807):215-220. https://www.nature.com/articles/s41586-020-2180-5 doi: 10.1038/s41586-020-2180-5. Epub 2020 Mar 30. PMID: 32225176. (2020))
2.https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fimmu.2020.576622/full
3.https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7324922/
4.https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/more/science-and-research/scientific-brief-emerging-variants.html
5.https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.01.18.21249786v1
6.Wise J., Covid-19: New coronavirus variant is identified in UK. BMJ Dec 16;371:m4857. doi: 10.1136/bmj.m4857. (2020))
7.Tegally H., et al. Emergence and rapid spread of a new severe acute respiratory syndrome-related coronavirus 2 (SARS-CoV-2) lineage with multiple spike mutations in South Africa. medRxiv Dec 2020. doi: https://doi.org/10.1101/2020.12.21.20248640 (2020))
8.https://www.nature.com/articles/s41467-020-19808-4
9.https://www.nature.com/articles/d41586-020-02544-6
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