ラボの安全管理、安全対策、ラボスタッフの健康は最優先される事項です。
「ラボの安全」をテーマに、考え方、対策、準備などについて、シリーズ全4回の最後は、安全管理の視点でラボにある機器、機材について考えてみたいと思います。
▼こんな方にお勧めです!
- 職場(ラボ)の安全管理、リスクマネジメントをする立場にある方
- バイオセーフティ、バイオセキュリティ対策をしたい方
- 2024年4月に改正された「労働安全衛生法」の「化学物質規制」対策をしたい方
- ラボの安全が気になる方
「法令・規制の遵守」、「機器点検」の重要性
ラボの安全に関係する法律や規制としては、労働安全衛生法(労衛法)、高圧ガス保安法、扱うサンプルや薬品・化学物質によっては、感染症法、化学物質規制法、毒物及び劇物取締法などが挙げられますが、例えば労働安全衛生法では、遠心機の管理や保安事項があります。
遠心機は小型であってもその遠心力で大きなエネルギーを発生させるため、ふたが外れて中の回転体が飛び出すと重大な事故に繫がります。労衛法 労働安全規則(第141条)では、1年以内毎に定期的な自主点検の実施とその記録が義務付けられており、詳細な点検項目や点検記録の保存期間も定められています。使用の際は最高使用回転数をこえて使用してはならない、遠心機械にはふたを設けなければいけないなど、危険防止に関することも定められています。一見当たり前の記述ではありますが、「公益社団法人日本生物工学会 研究部会 研究における事故-遠心機」によるレポートによると、多くの方が遠心機使用中に危険な経験をされていることが伺えます。
遠心機は物理的な危険だけでなく、感染性サンプルが入った容器が遠心中に破損すると、漏れたサンプルが遠心機内部だけに留まらず、エアロゾルとして部屋中に飛散し重大な感染リスクを発生させる可能性があります。従って、法や規則で決まっているからだけでなく、自身を怪我や感染から身を守ることにつながります。使用前の日常点検の他、皆さまには釈迦に説法かも知れませんが、正確に回転体のバランスをとることは、遠心機の保安にとっては極めて重要な準備です。
当社は世界規模で研究・開発の現場にラボ用機器を提供しており、ここから得られた経験を基にリスクを軽減するための対策や、研究現場で汎用的に使用される遠心機には、機器を正しく安全にお使いいただくためのポイント、汚染・曝露の防止や日常のメンテナンス、正しい機種選定の方法などについて「ヒヤリ・ハットを未然に防止:遠心分離機を安全にお使いいただくためのセミナー」を実施しております。詳細は以下のリンクをご参照ください。
身近過ぎてリスク意識の低いマイクロピペット
マイクロピペットはラボの基本的な器具の1つで、読者の皆様は慣れ親しんだラボ器具の1つではないでしょうか?マイクロピペットの操作は人が最もサンプルに近づくタイミングでもあり、特に感染リスクがあるサンプルを扱う場合は、マイクロピペットの操作や環境、本体の保管方法に安全対策を講じることが重要です。
“感染リスクのあるサンプル”となるとほとんどの方は、うちのサンプルは一般的なサンプルで感染の危険は無い、または低いと考えられているかと思いますが、世界保健機構(WHO)の「実験室バイオセーフティ指針(第3版)」、国立感染症研究所 「病原体等安全管理規定」では、ヒト生体試料を扱うラボは、通常バイオセーフティレベル2(BSL2)またはそれ以上の環境下で操作をすることが定めされており、特にヒトから直接採取したPatient specimens(患者検体)はWHO指針では明確に“感染性検体”と位置づけられています。詳細は割愛しますが、BSL2では、保護衣、バイオハザード標識、エアロゾル発生の可能性がある場合は安全キャビネットが必要になり、スタッフの感染対策、感染物質の封じ込め措置が求められます。当然マイクロピペットにも感染対策の配慮が必要になり、使うチップや操作に誤りがあると、たとえ直接サンプルそのものがマイクロピペット内に吸い込まれなくても、ミストやエアロゾルが吸い込まれることから、クロスコンタミネーション(交差汚染)やマイクロピペットを介して、感染病原体が拡散してしまうリスクがあり、可能であればフィルターチップの使用が望ましいです。
他具体的な感染対策は幾つもありますが、なかでもチップイジェクトの操作は意外と見落とされがちです。手でチップを外すことは論外ですが、ゴミ箱の真上でマイクロピペットのイジェクターで静かにイジェクトします。ゴミ箱の斜めや真上からでも距離が有り過ぎるとチップ内壁に付着した残存サンプルが周りに飛散することがあり危険です。ゴミ箱は厚手のディスポーザブル袋が望ましいです。薄手の袋はチップ先端で突き破る可能性があるのでチップ廃棄には不向きです。
また修理や点検でラボ外に持ち出す場合は、オートクレーブ対応機種であればオートクレーブまたはエタノールで清拭した後、密閉機能のある袋に入れるかメーカー指定の方法でラボ外に出すことが求められます。近年、多くのメーカーや販売店で、ラボで使われた機器や器具を預かる場合は、非感染証明書の記入を必要とします。販売店の担当者やメーカーのスタッフの感染対策において大事な書類になり、貴施設が感染源にならない為の措置でもあります。当社では安全対策に有効な、セルフバリア機能を有したフィルターチップ「Thermo Scientific™ ART™バリアユニバーサルピペットチップ」、独自のテクノロジーでチップ装着と脱着がスムーズに行える「Thermo Scientific™ ClipTip™ピペットチップ」を用意しております。
サンプル凍結に関わる危険
瞬間凍結はサンプル中の水分が、凍結過程で氷の結晶形成をするのを低減させたり、さまざまな分解作用を遅延させたりすることからラボではよく見かける光景の1つです。瞬間凍結や保存でドライアイスや液体窒素が利用されることから日頃から使い慣れた身近なものだと思います。しかしこの日常ラボで使うドライアイスや液体窒素は保存方法、運搬方法、使い方を誤れば死亡事故にも繫がりかねない危険な物質です。両方とも無色・無臭で、ドライアイスは昇華すると体積が約750倍、液体窒素は気化すると約700倍になり、換気が不十分な場合や狭い場所では二酸化炭素中毒や酸素欠乏になる危険があるます。
ドライアイスから発生するガスの比重は空気の約1.5倍なので足元から濃度が上がる傾向があるのに対し、気化した液体窒素は空気の比重とほほ同じなので注意が必要です。二酸化炭素や窒素の濃度が高くなると、徐々に呼吸困難や意識が薄れていくイメージがあるかも知れませんが、高い濃度になると息苦しく感じる前に一瞬にして意識を失ってしまい、最悪の場合そのまま死に至ることがあります。一気に濃度が高まる場合とは、ドライアイスだと一度に大量のエタノールを加えたり、溶かして廃棄しょうお湯をかけて一気溶かしたりすることで起こるケースが挙げられます。液体窒素の場合だと、小分け容器からあふれさせたり、零したりすると起こる可能性があります。どちらも昇華、気化するので密閉構造の容器だと破裂や爆破の危険があるのでその点も十分に注意が必要です。
当社ではラボの危険防止策、機器の保安、感染・暴露防止策など、インシデント事例、労災事故例を挙げ、それらの対策や解説をし、安全確保に有用な製品を紹介する安全セミナーを実施しています。詳細は下記セミナー案内をご参照ください。
ラボの安全管理に関するセミナー
まとめ
ラボだけでなく、私達が日頃利用する交通機関も安全であることが当たり前で、日常的に安全を意識することは少なく、増して感謝をすることはないかも知れません。しかしこの安全な状態であり続けるということは、安全管理に携わっている方々の絶え間ない取り組みの上に維持されています。どんなに輝かしい研究成果、画期的な発見がなされたとしても、事故や労災が起これば全て台無しになる可能性もあります。安全に関するコストは削減し易いかも知れませんが、事故や労災が発生した際に生じるコストやダメージは、治療費、労災保険、生産性低下、規制逸脱によるペナルティー、弁護士費用、信用の失墜など計り知れず壊滅的なものになる可能性があります。予防措置とヒヤリ・ハットの段階でラボのリスクアセスメントを実施し、危険の芽を摘み続けることが重要です。
日常の施設、機器の安全点検、スタッフの安全トレーニングに当社製品やサービスが皆様のラボのさまざまな安全対策のお役に立てることを願っております。
ラボの安全の基本は、整理整頓と危険リスク理解です!
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