佐々木えりか 氏(公益財団法人 実験動物中央研究所 マーモセット研究部 部長/慶應義塾大学 先導研究センター 特任教授)
1 Generation of transgenic non-human primates with germline transmission / Sasaki E. et.al Nature. 459:523-7(2009)
2 Generation of a Nonhuman Primate Model of Severe Combined Immunodeficiency Using Highly Efficient Genome Editing / Sato K. et. al Cell Stem Cell 19:127-138(2016)
治療法や薬剤の開発には、解剖学的にも生理学的にもヒトに近い霊長類のモデルが有用です。「マーモセットは飼育しやすい小型の霊長類です。2014年にゲノム配列が解読され、薬物の代謝経路がヒトに近いことが確認されています。近交系はありませんが、ヒトの集団のように遺伝的背景が多様な集団のほうが、新薬の有効性や安全性の確認に向いているのでは」と、モデル生物としての有用性を話します。
2009年にはレンチウイルスを用いて遺伝子導入個体を作製し、今年7月にはZincfinger nucleaseやTALENで、先天性免疫不全を示す遺伝子改変個体の作製に成功しました。「マウスでは遺伝子改変したES細胞からキメラ個体を作る技術が定着しています。マーモセットで試しましたが、まったくキメラは産まれず。マウスと霊長類の違いは大きく、発生工学技術がまったくない状況からの出発でした」と振り返ります。
「残るは、ノックイン技術と、体細胞クローン個体の作製技術。1年半かかる性成熟を待たずに目的の遺伝型個体を得られれば、研究が劇的に加速します」と構想を語ります。
多様な遺伝子改変個体を短期間で作製するため、CRISPR/Casシステムにも挑戦中です。「問題は、モザイク率の高さ。TALENでは見られなかったことです。ゲノム編集ツール(人工ヌクレアーゼ)を受精卵に導入した直後に改変が起き、2細胞期以降には反応が起こらないことが理想です。すべての細胞が目的の改変だけを持つ個体が欲しいのです。ところが、8細胞期で割球を分けて解析すると、改変のない細胞や、部位が異なる細胞が高い頻度で見られました」。
打ち込む液量や濃度、打ち込む部位、温度の他、ガイドRNAとCas9ヌクレアーゼを事前に複合体化させたり、核内への移行配列を考慮したりと検討を進めました。「GeneArt Platinum Cas9 nucleaseを用い、導入するCas9をmRNAからタンパク質にしたところ、大きく効率が改善しました。翻訳過程が省かれ、導入後すぐにCas9が機能したのでしょう」。今では、比較的低いモザイク率で目的の改変を持つ胚を安定して得られるようになりました。
「7月に報告した遺伝子改変で、免疫不全を標的にした理由は2つ。血液の疾患やガンのモデル、移植実験など、広い分野の研究者に役立てることと、生まれてすぐに表現型が確認できることです。パーキンソン病やアルツハイマーなど神経系の疾患モデルでは、発症までに長期間かかります。失敗は許されません。多様な疾患モデルを確実に作製するためには、極限までモザイク率を減らす必要があるのです」。
「マーモセットは統合失調症や自閉症など、家族関係に関わる疾患の解析に向いています。他のマカクザルはボスをトップとした階層社会を築きますが、マーモセットは家族単位で暮らします。声でコミュニケーションし、おとなしい子、怒りっぽい子、メスにもてない子など、個性も豊か。遺伝的背景や家庭環境を調べ、ヒトに似た行動特性に脳科学で切り込みたい」と目を輝かせます。
数年前の国際学会ではあまり大きな反応はありませんでしたが、今年の講演後には質問が殺到し、共同研究の声もかかりました。世界中から、マーモセットを使った研究成果が報告される日は目前のようです。
写真は実験動物中央研究所で飼育中のマーモセット(写真提供:佐々木えりか氏)
GeneArt Platinum Cas9 Nucleaseの詳細情報はこちらから
NEXTのバックナンバーはこちら
研究用にのみ使用できます。診断目的およびその手続き上での使用はできません。