阿久津英憲 氏( 国立成育医療研究センター研究所再生医療センター生殖医療研究部部長)
※A xenogeneic-free system generating functional human gut organ oids from pluripotent stem cells. JCI Insight. 2017 Jan12;2(1):e86492
どのようにしてミニ腸の創出に至ったのでしょうか。阿久津氏は、「幹細胞の持つ自己組織化の力に期待した結果だった」と答えます。「数年前、マウスのES細胞を培養している時に、変な動きをする細胞の塊に気づきました。心筋のようにリズミカルではなく緩やかな動きをしていました。直感的に腸ではないかと思いましたが、こんなシンプルな培養条件で複雑な構造の腸ができるとは信じられず、すぐに現象を突き詰める気にはなりませんでした。しかししばらくして、もし立体的な臓器ができるのなら、様々な応用への道を拓き、医療への貢献も大きいと想い、腰を据えて取り組むことにしました」と振り返ります。そしてシンプルな培養環境を維持しつつ、幹細胞の自己組織化の力を最大限に活かす方法に着手。共同研究先の大日本印刷会社に直径1,500マイクロメーターのドット上だけで細胞を培養できる微細加工を施したパターンディッシュを作製してもらい、そこでES細胞を培養しました。細胞を撒いて数日後、数種類の因子を加えた培養液で分化誘導すると、細胞が徐々に盛り上がり、半球形となり、数十日後に底面から自然に剥がれ始めました。中が空洞で立体的な細胞の塊が再現性良く形成されるようになります。「この細胞の塊はヒトの腸と同じスピードで動き、数か月後には1-2センチまで成長します」と阿久津氏は話します。
培養を続けながらこの細胞の塊を調べたところ、腸としての高い臓器機能性を備えていることを確認できました。「内胚葉由来の腸上皮、中・外胚葉由来の筋、神経も含む複雑な構造を形成しており、発生段階に沿った遺伝子発現も確認できました。特有の蠕動運動、トランスポーターを介した低分子化合物の吸収や分泌も観察でき、培地中で長期間生存する点も特長です」と語る阿久津氏。「最初は論文を投稿しても、なかなか返事がこなかったり、腸ではなく心筋ではないかとの厳しいコメントもありました」。海外の研究グループも腸のオルガノイドの研究を発表していますが、彼らは内胚葉由来の上皮細胞からなる組織しかできていません。複雑な腸ができることは想像を超えていたのかもしれません。さらに研究を続け、ミニ腸の特性解析として定量PCR解析、免疫組織化学染色などより腸上皮細胞、粘膜下組織(平滑筋、カハール介在細胞、腸管神経叢)を有することを明らかにしていきます。「薬への応答性では、ヒト用の下痢や便秘の薬への反応も生体の腸に似ていました。下剤を培地に加えると動きが活発化し、便秘薬を加えると動きが止まります。しかも実験後、薬剤を洗い流せば別の実験にも使えます。腸は生体に投与された薬剤を吸収する重要な働きを担っています。薬物代謝や薬剤開発のための臓器モデルとして使えそうです」とミニ腸の有用性を説明します。
次にミニ腸の作製にあたり重視した点をお聞きしました。「シンプルな方法で自己組織化能を引き出すためには、培養ディッシュと共に培地の選択も大切です。医療への応用が前提なのでゼノフリー環境は譲れません。この研究では、Gibco™ Knock out™ DMEMとGibco™ CTS ™ Knock Out™ SR XenoFreemediumをベースにオリジナル培地を使用しました。ヒトES細胞の樹立の時から使い続けてきた培地シリーズであり、ロット間差の少なさ、核型の維持や増殖能などの観点から、他の培地等と比較検討しました。また新しいGibco™StemFlex™ Mediumは、多能性幹細胞の増殖能を高かめ、未分化能の維持に優れているので、安定な幹細胞培養に適している様です。今後、さらに検証していきたいですね。私たちの研究は、培養条件を洗練することで自己組織化能を引き出す、いわば幹細胞の背中を押すイメージで分化研究を進めています。培地の質やディッシュなどの培養環境の最適化は非常に重要」と阿久津氏は話します。そして今回の培養法のコンセプトを、「ゼノフリーであること、簡単であること、そして機能性を備えていることの3点だ」と強調します。
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