アレルギーメールニュース 2016 年 11 月号
サーモフィッシャーダイアグノスティックス株式会社 発行
本邦において、魚アレルギーの頻度は比較的高く、魚類は、成人で小麦に次ぐ頻度の高い原因食物です1)。
1990年Kasuyaらは、サバアレルギー11例にサバおよびアニサキス抗原によるプリックテストを実施した結果、全例アニサキス抗原で陽性、サバでは陰性となったことを示し、アニサキスがサバアレルギーの原因ではないかと報告しました2)。その後、同様な結果が、サバをはじめとする多種の魚介類アレルギー患者で報告され、アニサキスによるアレルギーの存在が明らかになりました3-5)。
アニサキスアレルギー患者11名に対して凍結乾燥アニサキス虫体またはアニサキス抽出エキス(いずれも虫体100匹相当)を2重盲検で経口負荷した結果、全例で誘発症状が認められず、アレルギー症状の誘発には、生きた虫体でなければならないことが示唆されています6)。一方で、死んだアニサキスによると考えられる症例も認められています。このような例では、加熱、消化に耐性のアレルゲンコンポーネント(以下コンポーネント)が原因と考えられています。その他に、原因不明であった慢性蕁麻疹や繰り返す急性蕁麻疹の一部にアニサキスが関与していることが示唆されています7-9)。
表1. アニサキスアレルギー症例10-16)
アニサキスは感染によるアニサキス症の原因でもあります。2005~2011年の33万人規模のレセプトデータを用いた試算で、アニサキス症患者数は年間に7,147件と推定されています。そのほとんどが、胃アニサキス症で、原因もAnisakis simplexです。また、健康診断時の胃内視鏡検査で胃粘膜にアニサキス虫体が見つかることもあります17)。胃アニサキス症は、感染後数時間程度で激しい胃痛が出現します。この症状の強さは、アニサキスの寄生による消化管の障害のみならず、アレルギー反応が関係していると言われています。実際にアニサキス症の患者さんでも全身蕁麻疹やアナフィラキシーを生じることがあります18)。
特異的IgE検査
アニサキスアレルギー(AA)77例および非アニサキスアレルギーでアニサキス感作(NAA)32例を対象にイムノキャップによりアニサキス特異的IgEを測定した結果、AA群のアニサキス特異的IgE抗体価はNAA群に比較して有意に高く(39.6 vs 5.7 UA/mL)、17.5 UA/mLを超える例の95.2%が、アニサキスアレルギーであったと報告されています19)。
現在、アニサキスでは14種類のコンポーネントがWHO/IUISに登録されています。
表2. アニサキスのアレルゲンコンポーネント
Ani s 1、Ani s 2、Ani s 7およびAni s 12が主要コンポーネント(50%以上の患者が感作されているもの)と言われています14-16,19)。日本人では、Ani s 11が主要コンポーネントであったとの報告もあります20)。最近、ペプシンおよび熱耐性の、Ani s 11様タンパク(Ani s 11と1次構造が類似)が主要コンポーネントであるとの報告がスペインからなされています21)。
いずれにしても、アニサキスアレルギー例の感作コンポーネントのパターンは、一様でないと言われています14-16,19-21)。また、アニサキス粗抽出エキスによる特異的IgE検査において、特異的IgE陽性でもアニサキスアレルギーでない例が少なからず存在することから19)、これらコンポーネントによる特異的IgE検査の開発が望まれています。
診断および予防
症状が誘発された時の摂取食物、摂取から発症までの時間、既往歴、日常での魚介類の摂取状況、魚類およびアニサキス特異的IgE検査などにより診断します。
胃アニサキス症に関しては、魚介類の生食を避けることが最も確実な予防方法です。魚介類を加熱(60℃、1分以上)すること、または、凍結(-20℃で24時間以上)することも予防に有効です。その他、新鮮なうちに魚介類から内臓を除くことも有効といわれています。実際に、サバやサケでは、アニサキスは内臓周辺の筋肉に寄生しており、魚を約20℃に保存した時に腹腔内から内臓周辺の筋肉へ移行すると考えられています22)。アニサキスアレルギー患者に対する食事指導に関しては、現状ではコンセンサスの得られた指導方法がありません。ほとんどのアニサキスアレルギー患者が魚介類の生食で症状を来しますが、一部の患者では加熱した魚介類で症状をきたすという報告があるためです。
監修) 福冨 友馬 先生
国立病院機構相模原病院
近年、Molecular-based Allergy Diagnostics(MA-D)が、広く日常検査で実施されるようになりつつあります。各アレルゲンコンポーネント(以下コンポーネント)の性質が明らかになり、現状の粗抽出アレルゲンエキスを用いた特異的IgE検査と合わせて使用することで、臨床的感度および特異度を改善することが、多数報告されています1,2)。MA-Dにおいては、使用するコンポーネントのアレルゲン性(IgE抗体との反応性)およびその純度が重要となります。
1. リコンビナントコンポーネント
リコンビナントコンポーネントを作製するためには、まず、そのコンポーネントの遺伝子をクローニングします。すなわち、当該コンポーネントを精製または同定して、そのアミノ酸配列の情報を基に遺伝子をアレルゲン原料から切り取り、増幅します。これを適当な宿主に移入、培養します。これにより、大量のリコンビナントコンポーネントを得ることが出来ます3)。
しかし、同一のアミノ酸組成で作製され、電気泳動法などで得た分子量が天然のコンポーネントと同じでも、特異的IgEとの反応性は同じになるとは限りません。特異的IgEは、コンポーネントの1次構造のみならず、2次または3次構造(立体構造、高次構造)をエピトープとして認識するので、作製されたリコンビナントコンポーネントが、天然のものと同じ高次構造をとっていなければなりません。また、場合によっては修飾糖鎖がエピトープになっている場合もありますが、作製されたコンポーネントの高次構造、すなわち、コンポーネントの折りたたみ方や糖鎖修飾の有無は、宿主(大腸菌、酵母、昆虫細胞など)の違いやどのような方法で作製するかによって大きく異なります3)。
そのために、作製されたリコンビナントコンポーネントは、特異的IgEの反応性を同一検体測定により天然ものとの相関試験で確認し、さらに、臨床試験によりその臨床的有用性を確認します。
1例として、小麦のコンポーネントのひとつ「ω-5グリアジン」、開発の経緯を述べます。
Matsuo、Moritaらは、ω-5グリアジンおよび高分子量グルテニンが、成人の小麦依存性運動誘発アナフィラキシー(WDEIA)の責任抗原であることを見出しました。これら小麦コンポーネントにおいて、WDEIA患者の特異的IgEが反応するエピトープを見出し4)、それぞれのエピトープペプチドに対する特異的IgE測定系をイムノキャップで確立し、これら2種のペプチド特異的IgE検査がWDEIAの診断に有用であることを報告しました5)。
当初、ω-5グリアジンのペプチドのイムノキャップ開発を検討した際、固相化後の安定性が悪く断念しましたが、同時期にMatsuoらは、ω-5グリアジンのリコンビナントコンポーネントを作製し6)、このリコンビナントコンポーネントを用いたイムノキャップを作製したところ、エピトープペプチドで測定したときと同等の値が得られ、かつ高い安定性を保持していることが分かりました(下図)7)。
Morita E. New Horizons(Thermo Fisher Scientific Edition) No.1 20075).
また、両イムノキャップを用いてWDEIA、アトピー性皮膚炎および健常者を対象に臨床試験を実施した結果、両者は同等な臨床的有用性を示し、このリコンビナントω-5グリアジンを用いたイムノキャップを製品化しました8,9)。
2. 精製コンポーネント
スギ花粉などでは、高次構造や糖鎖が特異的IgEのエピトープのため、MA-Dに使用可能なリコンビナントコンポーネントを作製することは困難といわれています10)。そのような場合は、アレルゲン原料から特定のコンポーネントを精製します。
しかし、アレルゲン原料中には多数の成分が含まれており、目的とするコンポーネントの精製品中にも微量ながら他の成分が混入します。微量な混入でもMA-Dによる測定結果に大きな影響が生じることが知られています11)。
各卵白主要コンポーネントに対するマウスモノクローナル‐ヒトIgEキメラ抗体(キメラ抗体)が50~100 UA/mLになるよう調製した溶液を作製し11)、その特異的IgEを各卵白コンポーネントイムノキャップによって測定した結果を表に示します。いずれの卵白コンポーネントにおいても、特異性が合致するキメラ抗体のみで陽性を示しました。すなわち、イムノキャップ上の各卵白コンポーネントの純度は、各々のコンポーネント特異的IgE測定に十分であることが示されました。
表. 卵白コンポーネントイムノキャップの精製度
単位:UA/mL
サーモフィッシャーダイアグノスティックス社内資料
純度や作製効率では圧倒的に有利と言えるリコンビナントコンポーネントですが、先に述べたように、高次構造が重要なエピトープとなっているようなアレルゲンでは十分な反応性が得られないこともあります。イムノキャップでは、長年にわたる粗抽出アレルゲンの扱いで培ったノウハウに基づいた技術で精製したコンポーネントとの反応性比較を実施しており、十分な反応性を確認したもののみを製品化しています。
一方、精製コンポーネントにおいては、キメラ抗体を利用した検討などによりその反応性および純度を確認しています。イムノキャップのアレルゲンコンポーネントを、安心して日常診療にご利用ください。
現在、イムノキャップでは、オボムコイド(卵白)、ω-5グリアジン(小麦)、Ara h 2(ピーナッツ)、Gly m 4(大豆)などが日常診療で使用可能になっていますが、これらコンポーネントもすべて、こうした品質管理によって高い信頼性を保持しています。