「細胞培養の完全サポートガイド」は、細胞培養に初めて挑戦する方や、まだ経験の浅い方に向けて、基礎知識や準備についてわかりやすく解説していきます。第1回では、無菌操作に必要な装置についてお話ししました。本ブログでは、培養に必要な装置について、なぜ必要なのか、選択時のポイント、使用上の注意点などをご紹介します。

細胞培養は、体外で細胞を維持する技術です。しかし、細胞たちが本来暮らしているのは体内。私たちは、細胞のために、体内環境にできるだけ近い条件を人工的に整えてあげる必要があります。適切な温度、湿度、pHなど、細胞が快適に過ごせる環境を作り出すには、いくつかの専用装置が欠かせません。
細胞培養は、体外で細胞を維持する技術です。しかし、細胞たちが本来暮らしているのは体内。私たちは、細胞のために、体内環境にできるだけ近い条件を人工的に整えてあげる必要があります。適切な温度、湿度、pHなど、細胞が快適に過ごせる環境を作り出すには、いくつかの専用装置が欠かせません。
なお、このブログにおける細胞培養は、主に不死化した細胞由来の細胞株を対象としています。初代細胞についてはこちらをご参照ください。
CO2インキュベーター
まずは、細胞の「生命維持装置」とも言える、CO2インキュベーターから解説します。
CO2インキュベーターは、「温度」「湿度」のほか、名前のとおり「CO2濃度」を保つことのできる恒温機です。
・なぜ必要?
細胞培養では、細胞が本来生きている「体内に近い環境」を提供する装置が必要なためです。たとえば哺乳類動物細胞の場合、「温度」は体温に近い37 ℃です。培地の蒸発を防ぐために湿度は90%以上を保ちます。これらに加え、培地のpHを生体内に近い中性付近に保つために、CO2濃度の制御も必要です。培地中の炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)から生成される重炭酸イオン(HCO3-)と、CO2インキュベーターによって一定濃度(多くは5%)で供給されるCO2のバランスにより、pHを中性付近に維持する炭酸-重炭酸緩衝系が使われています(図1)。

図1. 細胞培養における炭酸-重炭酸緩衝系
つまり、CO2インキュベーターは「温度」「湿度」「pH」を体内に近い状態に保つ装置と言い換えることができます。
・何に使用?
細胞を含んだフラスコやディッシュを中に置いておき、培養するために使用します。つまり、細胞たちはほとんどの時間をCO2インキュベーターの中で過ごすことになります。

・選択時の注意点
CO2インキュベーターには、主に2つのタイプがあります。この違いを理解しましょう。
ウォータージャケットタイプ:
- インキュベーターの外周に、ヒーターで温めた水を循環させて温度を制御
- 温度が安定しやすい
- 水を使用するため、カビなどの微生物が繁殖しやすい環境を作りやすい
エアジャケットタイプ:
- インキュベーターの外周をヒーターで覆い、空気を循環させて温度を制御
- 空気の方が加熱や冷却の速度が速いため、温度変更が迅速に行える
- メンテナンスが比較的簡単
・使用時の注意点
恒温動物である哺乳類の場合、体内温度は37 ℃ですので、哺乳類細胞では37 ℃で培養されることが多いです。一方、昆虫細胞はどうでしょう。昆虫細胞の推奨培養温度は、一般的に37 ℃ではなく25~28 ℃です。さらに、昆虫細胞の培養に使用される培地は、CO2インキュベーターを使用しない条件に最適化されており、CO2インキュベーターを使用すると培地のpHバランスが崩れ、結果として細胞の増殖や生存率が低下する可能性があります。
このような背景があるため、CO2インキュベーターを購入する前に、細胞の入手元から培養条件を必ず確認しておきましょう。
また、CO2インキュベーターは、細胞たちが元気に暮らすための環境を維持する装置です。細胞たちが快適に増殖できるように、インキュベーター内はいつも清潔に保ち、汚染のリスクを減らすことが重要です。CO2インキュベーターの内部は、腐食に強く、消毒や清掃が容易で、汚染のリスクを最小限にとどめやすいステンレスや純銅などが使われていますが、定期的な掃除やメンテナンスは欠かさないよう十分ご留意ください。加湿パッドに防腐剤を含んだ滅菌水を使用したり、水を定期的に交換したりするなどのメンテナンスが必要です。
参考ブログ:
接着性および浮遊性の哺乳類培養細胞と昆虫培養細胞の継代方法まとめ
ところで、細胞を購入すると、多くの場合、凍結保存された状態で届きます。しかし、凍結状態の細胞をいきなりCO2インキュベーターで培養することはできません。まず、細胞を慎重に「目覚めさせる」作業が必要です。このプロセスに使用するのが恒温水槽と遠心機(遠心分離機)です。
恒温水槽
恒温水槽は、水槽の温度を一定に保つ機器です。主にウォーターバスとバスサーキュレーターがあります。
![]() | ![]() |
| ウォーターバス | バスサーキュレーター |
・何に使用?
主な用途は2つです。
1つ目は、前述のとおり、凍結保存された細胞を起こすために使用します。購入した細胞は多くが凍結されていますが、デリケートな彼らを、購入したチューブのままCO2インキュベーターに入れることはできません。慎重に融解してあげる必要があります。この作業を、「起眠」や「細胞を起こす」と表現しますが、その際に恒温水槽を使用します。融解のガイドラインはこちらのブログに掲載していますが、あくまでもガイドラインですので、細胞の起眠プロトコルは、細胞の購入元の情報を参考にすることをおすすめします。
また、細胞培養においては、必要に応じて細胞を凍結保存することが推奨されています。細胞は継代(パッセージングとも呼びます。細胞が過密状態になる前に、新しい培養容器に移し替える操作のこと)するうちに遺伝子変異を起こすことや、突発的な培養失敗や汚染が発生することがあり、これらのバックアップのためです。このように、ご自身で凍結された細胞を起こすときにも恒温水槽が使用されます。
2つ目は、細胞培養で用いる培地や試薬を、使用前に温めるために使います。培地や試薬は冷蔵保存のものが多いです。しかし、冷蔵庫から出して冷たいまま使用すると、細胞にダメージを与える可能性があります。そのため、使用前に培地や試薬を温めるのに使用します。
ただ、37 ℃まで温めても、結局、使用するうちに室温近くまで温度が下がり、さらに、培地中には、ビタミンやアミノ酸などの熱に弱い成分が含まれていることもあるため、培地や試薬は37 ℃まで温めず、室温程度になったら使用される研究者の方もいらっしゃいます。この場合、必ずしも恒温水槽を使用する必要はありません。使用前に時間に余裕を持って培地を室温に出しておく方法でも対応できます。
・選択時の注意点
ウォーターバスは水を自然対流で加熱する装置で、温度の均一性が低いですが、安価です。バスサーキュレーターは水を強制循環させる装置で、温度の均一性が高いですが、価格はウォーターバスより高価なものが多いです。
・使用時の注意点
37 ℃で使用しますので、細菌等が発生しやすい環境です。いわゆるヘキザックTM(クロルヘキシジングルコン酸塩)などの殺菌消毒剤を加えたり、こまめに掃除して清潔な環境を保つようにしたり注意します。また、水を頻繁に交換し、定期的に槽全体を消毒することも重要です。
遠心機(遠心分離機)

凍結された細胞を起こすプロセスにおいて、恒温水槽とともに必要な装置として遠心機があります。
細胞は高速で遠心するとダメージを受けやすいため、低速での遠心が必要です。細胞専用の遠心機を培養室に一台備えておくことが、効率的な作業につながります。
・何に使用?
細胞を回収するときに幅広く使用します。前述のように購入したばかりの凍結細胞を起こすプロセスで必要となるほか、細胞を継代するときや、細胞を凍結保存するときにも使用します。
・選択時の注意点
遠心機にはスイングローターとアングルローターがありますが、細胞の遠心にはスイングローターがおすすめです。
スイングローターは遠心力によりチューブが水平になるため、細胞ペレットがチューブの底部に均一に形成されやすく、また、遠心力のかかり方が比較的緩やかで、細胞に対する物理的なストレスが少ないためです。
一方、アングルローターは高い遠心力を短時間でかける場合には適していますが、細胞ペレットの一部がチューブの側面に付着しやすく、回収が難しくなることがあります。
| アングルローター | スイングローター | |
| 写真 | ![]() | ![]() |
| 沈殿の形成場所 | ![]() | ![]() |
・使用時の注意点
適切な遠心条件は細胞種や実験によって異なります。一般的には、100~400 ×g程度で数分としているケースが多いです。遠心後の細胞ペレットが分散できない場合は遠心速度が速すぎる可能性があるため条件を見直しましょう。また、ほとんどの場合、細胞の遠心条件は常温であることに注意してください。細胞から核酸やタンパク質を抽出した後は4 ℃で遠心することが多いですが、生きた細胞の遠心は常温で行うのが一般的です。
以上が、培養に必要な装置類のご紹介です。
もちろん、細胞培養のためには、これらの装置に加えて培地や血清などの試薬類も必要となります。これらの消耗品については、別のブログ記事『培養に必要な消耗品』で詳しくご案内します。
まとめ
細胞培養に必要な設備の重要性と選び方、使用方法をしっかり学び、貴重な細胞たちが快適に成長できる環境を整えましょう。成功への第一歩は、万全な準備から始まります。
次回は、細胞や試薬を保管する装置と、細胞を観察する装置について取り上げます。
より知識を深めるために:
細胞培養関連の学習リソースまとめ~トレーニング・セミナー・ハンドブックなど~
関連ブログ:
細胞培養の初心者向け!完全サポートガイド~その1:無菌操作に必要な設備と器具
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