「細胞培養の完全サポートガイド」は、細胞培養に初めて挑戦される方や、まだ経験の浅い方に向けて、基礎知識や準備について解説しています。
前回の「その3」で、細胞培養実験に必要な装置は揃いました。今回から数回に分けて消耗品について取り上げます。まずは、細胞の成長と維持に不可欠な培地についてです。

培地は、細胞が健康に育つために最適な環境を提供する生命線です。適切な培地を選ぶことは、細胞培養の成功を左右する重要なポイントとなります。
では、培地として何を用意すればよいのか、どのように選べばよいのか、見ていきましょう。
▼もくじ
「培地」とは?
培地を選ぶ前に、細胞培養の実験をしている方々が話す「培地」とは何を指しているのか、確認しましょう。培地には、大きく分けて基礎培地と完全培地があり、どちらを指すこともあります。
- 基礎培地:アミノ酸類、ビタミン類、無機塩類、その他の化合物など、基本的な成分が含まれています。代表的な基礎培地には、MEM(Minimum Essential Medium)、DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)、RPMI (Roswell Park Memorial Institute)1640 Mediumなどがあります。
基礎培地だけでは、多くの細胞株において、増殖や維持が困難です。
- 完全培地:基礎培地に血清やその他の成長因子、ホルモン、追加の栄養素を加え、細胞が増殖できる最適な環境を整えた培地を指します。
つまり、細胞の増殖や維持ができるReady-to-useの培地を指します。
歴史あるブランドのGibcoTM 製品では、基礎培地を販売していますが、完全培地(血清など必要な成分を加えた培地)は販売していません。
そのため、Gibco製品で細胞培養を行う場合、基礎培地に血清を加えて完全培地にする必要があるため、下記2点が必須です。
- 基礎培地
- 血清
これらに加え、抗生物質も状況に応じて添加することがありますので、細胞培養をはじめる前に、
- 基礎培地
- 血清
- 抗生物質
の3セットをそろえておくようにしましょう。

本ブログでは、これら3つのうち「基礎培地」にフォーカスし、血清や抗生物質については「その5」で詳しく説明します。
基礎培地の選び方
細胞に最適な基礎培地の情報は、細胞の入手元(JCRBなどの細胞バンク)のデータシートやWebなどに掲載されています。その情報に従って準備を整えます。細胞を譲渡される場合も、最適な基礎培地を譲渡元に必ず確認しておきましょう。
細胞に最適な基礎培地の情報は、細胞の入手元(JCRBなどの細胞バンク)のデータシートやWebなどに掲載されています。その情報に従って準備を整えます。細胞を譲渡される場合も、最適な基礎培地を譲渡元に必ず確認しておきましょう。
例:細胞購入元の「培地」欄に、「Eagle’s minimum essential medium (Earle’s salts, containing L-glutamine) with non essential amino acids and 10% fetal bovine serum.」と記載されていたとします。 ここには3つの情報が含まれています。
- Eagle’s minimum essential medium (Earle’s salts, containing L-glutamine):基礎培地として(E)MEM培地を使用することを示しています。
- with non essential amino acids:非必須アミノ酸を含んでいることを意味します。
- 10% fetal bovine serum:10%のFBS(ウシ胎仔血清)を加えることを指しています。
このように、提供された情報を読み解くことで、適切な培地や必要な消耗品を把握することができます。
さらに、細胞の入手元には培地やサプリメントのメーカー名や製品番号が書かれていることがあります。その場合、基本的には、そのメーカーのその製品番号の製品を使用してください。別のメーカーや製品を使用する場合は、組成が同等か否か、確認することをおすすめします。
また、培養条件や継代方法、継代時細胞数も記載されていることがありますので、培養を始める前にしっかり把握しておきましょう。
知っておきたい基礎培地の知識
前章で基礎培地の選び方はわかりました。しかし、基礎培地に関する基本的な知識を持っておくことで、何か困ったときや迷ったときに柔軟に対応することができます。
知っておきたいこと1: 同じ基礎培地でも、種類は多岐にわたる
たとえば、細胞株の入手元の推奨培地情報として「Dulbecco’s modified Eagle medium with 10% fetal bovine serum」と記載があったとします。これは、「DMEMに10% FBSを加えたもの」を完全培地として使ってくださいという意味です。つまり、「DMEM」「FBS」の2つを用意する必要があります。しかし、メーカー名や製品番号の情報がなかったとします。つまり、ご自身で必要な消耗品の製品番号を特定しなくてはなりません。
FBSなどの血清については「その5」で説明します。ここでは基礎培地の特定の仕方をご紹介します。
まず、GibcoTM 基礎培地 早見表から上記例の基礎培地である「DMEM(D-MEM)」を探してみましょう。表1をご覧ください。
表1. Gibco基礎培地早見表の一部
(最新の製品ラインアップは、サーモフィッシャーサイエンティフィックのWebサイトにてご確認ください)
実は、表1のように、「DMEM」だけでもたくさんのバリエーションが存在しているのです。表1はごく一部ですが、2025年現在、GibcoTM DMEMには20種類以上ものラインアップが存在します(容量違いを除く)。
しかし細胞株の入手元の推奨培地には「Dulbecco’s modified Eagle’s medium with 10% fetal bovine serum」としか記載されていません。では一体、どの「DMEM」を購入すればよいのでしょうか。
答えは、「スタンダードな組成のDMEMを購入する」です。なぜならば、改変された培地が推奨のときは、その旨が細胞元の情報として記載されていることが多いためです。つまり、特に何も追記されていない場合は、スタンダードな組成の培地を購入することがほとんどです。
では、次の疑問です。ずらりと並んだDMEMのうち、どれが「スタンダードの組成」なのでしょうか。
知っておきたいこと2: 基礎培地のスタンダードの組成を把握する
スタンダードの組成の確認には原著論文の参照がおすすめです。表2に主な培地のうち、スタンダードな組成のGibcoTM培地の製品番号などをまとめました。ただ、「原著論文では〇〇の組成がスタンダードだけれど、実際は✕✕の組成のものがよく使われている」ケースもあります。このように注意が必要な培地は、備考欄に記載しています。
表2. 主な培地のうち、スタンダードな組成のGibco培地の製品番号と組成
| 培地の一般名 | 正式名称 | 製品番号※1 | 組成 リンク |
原著論文PMID | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| DMEM (D-MEM) |
Dulbecco’s Modified Eagle Medium | 11885 | 組成 | 13669362 | 原著論文は低グルコースのため、11885も低グルコース製品です。しかし、現在は高グルコース製品(11965)が比較的よく使われています。 |
| RPMI1640 | Roswell Park Memorial Institute 1640 Medium | 11875 | 組成 | 5218782 | |
| MEM (EMEM) |
(Eagle’s ) Minimum Essential Medium | 11095 | 組成 | 13675766 | |
| αMEM (alpha-MEM ,MEMα) |
Minimum Essential Medium Eagle Alpha Modification | 12571 | 組成 | 5279808 | |
| DMEM/F-12 | Dulbecco’s Modified Eagle Medium : Nutrient Mixture F-12 | 11320 | 組成 | 6774812 | 原著論文の培地(11320)はHEPES不含ですが、栄養豊富な培地のため、pHの安定化を目的としてHEPESを加えた組成の培地(11330)もよく使われています。 |
| Ham’s F-10 | Ham’s F-10 Nutrient Mixture | 11550 | 組成 | 13952250 | |
| Ham’s F-12 | Ham’s F-12 Nutrient Mixture | 11765 | 組成 | 14294058 | 原著論文の組成から改変された培地(11765)が現在のスタンダードとなっています。 |
| IMDM | Iscove’s Modified Dulbecco’s’ Medium | 12440 | 組成 | 305462 | |
| Medium 199 | Medium 199 | 11150 | 組成 | 15402504 | |
| McCoy’s 5A | McCoy’s 5A(Modified)Medium | 16600 | 組成 | 13634054 | 原著論文ではBacto-Peptoneが不含ですが、その後、標準的な組成にBacto-Peptoneを含むようになりました。16600はBacto-Peptoneを含む組成です。 |
※1 Gibco培地の製品番号は、数字5桁-数字3桁の計8桁となっており、前半の5桁が製品の種類を、後半の3桁は容量を表しています。この表では前半の数字5桁のみを表記しています。
表2に従うと、DMEMのうち、スタンダードな組成の製品はカタログ内の赤で囲った培地です。

つまり、購入した細胞の細胞元に、推奨培地として「Dulbecco’s modified Eagle’s medium with 10% fetal bovine serum」と書かれている場合は、基礎培地として上記赤枠内の製品を用意し、その後、10%のFBSを加えて細胞培養用の完全培地として用います。
なお、表2の備考欄にもありますが、DMEMは、原著論文では低グルコースです。しかし、DMEMでは、高グルコースも大変よく使われます。もしDMEMの高グルコースタイプが推奨されるときは、細胞株の入手元の情報には「DMEM (high glucose)」のように、カッコ書きやwith、+を使って書かれることが多いです。細胞元の情報を一字一句逃さず、しっかり確認をしましょう。
ところで、推奨培地ではない組成は絶対に使ってはいけないのでしょうか。もちろん、そんなことはありません。メリットがあるからこそバリエーションが存在します。例えば、とある成分だけ別の成分に変更している培地や、とある成分だけあえて除いている培地もあります。では、これらのバリエーションにはどういうメリットがあるのでしょうか。
知っておきたいこと3:それぞれのバリエーションの意味とメリットを理解する
培地のバリエーションでよく登場する項目について、解説していきましょう。
・低グルコースと高グルコース
グルコースは細胞の主要なエネルギー源です。DMEMには、低グルコースタイプと高グルコースタイプが存在します。低グルコースは1,000 mg/L、高グルコースは4,500 mg/Lで、DMEMの標準組成は「低グルコース」タイプですが、高グルコースタイプも頻繁に使用されます。
高グルコースタイプは、ヒトのがん細胞の培養でよく使われます。がん細胞では解糖系の代謝が活発なため、グルコース濃度を高めることで増殖が促進されることがあるためです。
低グルコースタイプは、細胞の代謝が早く、代謝のスピードを下げたい場合、分化誘導時、長期培養時などに使われることがあります。
・L-グルタミン
L-グルタミンはTCA回路に入ってATPの産生に関与する、培地には欠かせない成分です。欠かせないにも関わらず、これが含まれていない培地が存在する理由は、L-グルタミンが少々不安定な物質のためです。37 ℃で分解してアンモニウムイオンを発生させ、細胞毒性の原因となることがあります。そのため、L-グルタミンが含まれていない培地を購入し、無菌的に後からL-グルタミンを加えることがあります。L-グルタミンの単品販売はこちらです。
しかし、後から無菌的に加えるのはやはり面倒です。そこで、「L-グルタミンと同じ働きをして、かつアンモニウムイオンの産生を低減させる」ものがL-グルタミンの代わりに使われることがあります。それがGibco™ GlutaMAX™ Supplementです。あらかじめGlutaMax Supplementが添加された培地(リストはこちら)もあれば、単品販売もあります。より細胞毒性に敏感な細胞や、長期培養の場合におすすめしています。
・フェノールレッド
培地と言えば、赤い色の液体です。あの赤はフェノールレッドの色で、pHによって色が変わります。中性(pH 7~8)だと赤色、酸性(pH 6以下)だと黄色、アルカリ性(pH 8以上)だとピンク~紫色になりますので、培地の状態を目視ですぐに見極めることができます。

図1. pHによるフェノールレッドの色の変化イメージ
しかし、フェノールレッドは蛍光を発しますので、培地中の細胞の蛍光観察を行うときにはバックグラウンドノイズを上げてしまいます。そのため、蛍光検出時のバックグラウンドを軽減させるために不含の培地を使うことがあります。
・炭酸水素ナトリウム
炭酸水素ナトリウムは培地に必須の成分で、インキュベーター中のCO2と平衡を保つことで、培地中pHを安定化させる役割を担っています。しかし、加熱により非常に分解しやすい物質です。そのため、調製後にオートクレーブ滅菌をすることのある粉末培地にはたいてい含まれていません。フィルター滅菌のときは滅菌前に炭酸水素ナトリウムを加えて問題ありませんが、オートクレーブ滅菌をするときは、滅菌後に無菌的に加えてください。単品販売はこちらです。
・HEPES
HEPESは生化学実験ではおなじみのバッファーですが、細胞培養においても、pHを安定化させるために使われます。 細胞培養において、pHのコントロールにはCO2インキュベーターと炭酸水素ナトリウムが重要な役割を担っています。しかし、たとえば、細胞をCO2インキュベーターの外に出して長時間の作業をしていると、重炭酸イオンとCO2のバランスが崩れて培地がアルカリ性に傾くことがあります。そこで、炭酸水素ナトリウムよりも緩衝能力の高いHEPESを加えることで、CO2インキュベーター外での作業でもpHが安定化しやすくなるというメリットがあります。HEPESの単品販売はこちらです。
・ピルビン酸ナトリウム
ピルビン酸ナトリウムは炭素源のひとつであり、細胞の解糖経路の中間代謝物として産生されるため、細胞培養に必須ではないとも言われていますが、細胞の増殖や代謝をサポートするために含まれていることがあります。これを含まない培地も市販されており、後から加えるための単品販売もあります。
・非必須アミノ酸(non-essential amino acids、NEAA)
非必須アミノ酸は、Glycine、L-Alanine、L-Asparagine、L-Aspartic acid、L-Glutamic Acid、L-Proline、L-Serineのことで、これらのアミノ酸は体内で合成することができるため「非必須」と呼ばれます。増殖の速い細胞の場合に添加が推奨されることがあります。細胞は非必須アミノ酸を産生しますが、増殖が速いと不足することがあるためです。単品販売はこちらです。
基礎培地を完全培地にする
最後に、少しだけ実践をご紹介しましょう。基礎培地にFBSと抗生物質を加え、完全培地とするための方法です。
完全培地(基礎培地+10% FBS+抗生物質)の一般的な調製方法:
- 冷凍保存していたFBSや抗生物質を解凍します。
冷蔵庫で一晩置いておき、ゆっくりと解凍することをおすすめします。
急ぎの場合は常温での解凍も可能ですが、必要以上に温めないよう注意してください。 - 500 mLの培地を使う場合、500 mLの培地ボトルに50 mLのFBSと、規定量の抗生物質を無菌的に加え、よく混合します。
ここで、終濃度10%とするのなら、本来は450 mLの培地に50 mLのFBSを加えますが、慣例的に、500 mLのボトルに直接加えることもよく行われています。
調製した完全培地は、冷蔵庫で保管し、できるだけ早めに使い切りましょう。
まとめ
細胞培養実験で成果を出すにあたって、適切な培地を選ぶことは非常に大切です。
細胞はしゃべれませんが、生きています。そのため、細胞たちがどういう性質を持っていてどういった培地を好み、どういう栄養分が必須なのか、私たちがしっかり把握し、最適な環境を提供してあげることが大切です。
次回は、血清や抗生物質について詳しく解説します。さらに細胞培養の理解を深めていきましょう。
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