RNAのトランスフェクションは、RNAを細胞に導入するための古典的なトランスフェクション技術から派生しています。RNAトランスフェクションの目的は、プラスミドトランスフェクションに類似します。mRNAが細胞に導入されると、コードされているタンパク質が発現され、遺伝子の機能および調節に関する研究が可能となります。siRNAは、遺伝子ノックダウンの効果について調べるためのRNAi研究に使用されます。この2つの方法の1つの大きな違いは、RNAのみを一過的にトランスフェクションできることです。
今回は、RNAを用いたトランスフェクションについてのガイドラインとパラメータの最適化方法についてご紹介します。
▼もくじ
siRNAのデザインおよび合成から始まるRNAi実験のワークフローを下図に示します。以下のご用意があるかを確認した上でRNAi実験を実施します。
RNAオリゴヌクレオチドは、取り扱い中に混入した外来性リボヌクレアーゼによる分解を受けやすい傾向があります。
siRNAの哺乳類細胞へのトランスフェクション効率は、使用する細胞タイプおよびトランスフェクション試薬によって異なります。これは、トランスフェクションに最適な濃度は経験的に決定する必要があることを意味します。siRNAトランスフェクション効率に影響を与える主な要素を以下に示します。
ポジティブコントロールを実験ごとに設定することは重要です。ポジティブコントロールは、再現性があり、細胞における反応を簡単に測定でき、目的の研究において使用されるアッセイである必要があります。最大効果がこのコントロールの規定の閾値レベル前後であった場合、同日にテストした他の実験における測定値は信頼できます。各アッセイの閾値およびコントロールペアは経験的に決定することが重要であることには留意する必要があります。
特定のRNAまたはsiRNAに対する反応の程度がそのトランスフェクション効率に直結します。トランスフェクション効率を確認するためには、実験ごとにBLOCK-iT™ Fluorescent Oligoを使用することを推奨します。トランスフェクション実験にBLOCK-iT Fluorescent Oligoを使用すると、あらゆる蛍光顕微鏡および標準的なFITCフィルターセットを使用して、オリゴマーの取り込みおよびトランスフェクション効率を簡単に評価できます。蛍光オリゴマーの取り込み率が少なくとも80%以上であると、高効率と評価されます。
ネガティブコントロールは、意味のあるデータを取得するためにポジティブコントロールと同じように重要です。常に、少なくとも1種類のネガティブコントロールを等モル量使用した一連のトランスフェクションを並行して行い、ターゲットRNAまたはsiRNAで処理した細胞およびコントロールで処理した細胞の効果を比較します。これらの重要なコントロールから得られるデータは、実験ターゲットのノックダウンを評価するためのベースラインです。
非トランスフェクト細胞または細胞のみのネガティブコントロールも非常に有用です。トランスフェクションしていない培養と非ターゲティングネガティブコントロールをトランスフェクションした培養におけるハウスキーピング遺伝子の発現を比較することにより、トランスフェクションの細胞生存率への影響に関する有益な情報を得ることができます。
コントロールのタイプ | 推奨用途 | 推奨製品 |
トランスフェクションコントロール | 蛍光によるトランスフェクション効率の算出およびモニター | |
ネガティブコントロール | バックグラウンドに対するノックダウンレベルを測定するための非特異的またはスクランブルコントロール | |
ポジティブコントロール | 高レベルでノックダウンを達成することで知られるRNAi試薬の使用による導入効率のモニターおよび実験条件の最適化 | |
非導入コントロール | 正常遺伝子発現レベルおよび表現型の測定 | |
同一ターゲットに対する複数のRNAi配列 | 表現型変化の確認、publication qualityの結果を獲得するためのオフターゲット効果のコントロールに使用 | |
RNAiの滴定 | 細胞の正常プロセスの変化を回避する最低有効濃度での使用 | |
レスキュー実験 | 誘導RNAiの解除またはRNAi配列が影響しない標的mRNAを発現するプラスミドの導入 | BLOCK-iT Pol II miR RNAiまたはBLOCK-iT shRNAベクター+誘導性プロモーター(それぞれCMV/TOおよびH1/TO) |
コトランスフェクションは、siRNAとタンパク質を発現させるためのプラスミドを同時に細胞に導入する際に実施されます。このタンパク質は試験システムの一部、またはほとんどのケースにおいて存在し、レポーター遺伝子(ルシフェラーゼ、GFP、β-ラクタマーゼ)でもあり得ます。ケースによっては、siRNAとともに変異タンパク質を発現させて、siRNAの1つのパスウェイをブロックし、変異タンパク質を過剰発現させることが望まれます。
脂質トランスフェクション試薬を使用する場合、プラスミドの存在は全てのカーゴ(プラスミドおよびsiRNA)のトランスフェクション効率を低下させる可能性があるため、トランスフェクションの最適化は非常に重要です。脂質が多過ぎる場合、望まれない、非特異的な細胞死が生じる可能性があります。あるいは、トランスフェクション条件が最適でない場合、ノックダウン効率が低過ぎたり、プラスミド由来のタンパク質発現が生じる可能性があります。
siRNAの品質はRNAi実験に著しく影響を及ぼします。siRNAには、合成の際に使用されるエタノール、塩、およびタンパク質などの試薬がキャリーオーバーされないようにする必要があります。また、30 bpより長いdsRNA夾雑物は、非特異的インターフェロン応答を活性化し、細胞毒性を引き起こすことにより遺伝子発現を変化させることが知られています(Stark et al., 1998)。このため、80%以上の完全長の標準純度のsiRNAを使用することを推奨します。
siRNAは –20°Cまたは –80°Cに設定されたフリーザーで、霜がつかない状態で保存します。弊社のデータでは、50回の凍結融解サイクルでは、100 μM溶液のsiRNAは損傷しないことが示されています(質量スペクトルおよび分析HPLCによる評価において)。しかし、汚染の可能性を回避するために、siRNAは、RNaseフリーの水またはバッファーに再懸濁し、小分け分注して保存することをお薦めします。
アニールし、形成された二本鎖siRNAは、一本鎖RNAよりもヌクレアーゼ分解に対する安定性が向上しています。しかし、RNAi実験は、全プロセスにおいて厳格なRNaseフリーの手法で行う必要があります。
siRNA調製物の分解が疑われる場合、約2.5 μgを非変性15–20%アクリルアミドゲル上で電気泳動することによってsiRNAの完全性を確認します。RNAをエチジウムブロマイドで染色して可視化し、予測されるサイズおよび完全性を確認します。siRNAはタイトなバンドとして移動することが望まれ、スメアなバンドが認められる場合は分解している可能性があります。
siRNAの最適量および遺伝子サイレンシングのための能力は、mRNAの局在化、安定性、存在量、ならびに標的タンパク質の安定性および存在量を含む、ターゲット遺伝子産物の特性の影響を部分的に受けます。
多くのsiRNA実験は、現在も100 nMのsiRNAを細胞にトランスフェクションさせることにより行われていますが、siRNAをより低濃度でトランスフェクションさせると、siRNAにより生じるオフターゲット効果を低減できるという結果が報告されています(Jackson et al., 2003; Semizarov et al., 2003)。脂質媒介性リバーストランスフェクションでは、10 nMのsiRNA(1~30 nMの範囲)で通常十分とされます。エレクトロポレーションを用いるsiRNA導入では、siRNA量の影響は低いと言われていますが、通常1 μg/50 μL細胞(1.5 μM)のsiRNA(0.5~2.5 μg/50 μL細胞または0.75~3.75 μMの範囲)で十分とされます。
siRNA濃度が高過ぎるとオフターゲットや細胞毒性につながり、siRNA濃度が低過ぎると標的遺伝子の発現効率が低下することには留意する必要があります。非常に多くの変数が関与するため、使用する細胞系ごとにsiRNA量を最適化することが重要です。また、非ターゲティングネガティブコントロールsiRNAの量は、実験に使用するsiRNAと同量にする必要があります。
トランスフェクション試薬の量は、少な過ぎるとトランスフェクションが制限され、多過ぎると毒性を示すことから、最適化すべき極めて重要なパラメータです。全トランスフェクション効率は、siRNAと複合体を形成したトランスフェクション試薬の量に影響されます。最適化するためには、トランスフェクション試薬を幅広い希釈範囲で濃度設定し、遺伝子ノックダウンを行える最小濃度を選択します。この境界濃度は、細胞ごとに経験的に決定する必要があります。
細胞密度は、細胞をプレーティングしてからトランスフェクションする従来の方法では重要ですが、リバーストランスフェクションによりsiRNAを細胞に導入する場合はそれほど重要でなく、最適化はほとんどまたは全く必要ありません。しかし、非常に多くの細胞を使用し、siRNA量が比例的に増加しない場合は、サンプル中のsiRNA濃度が遺伝子サイレンシングを効率的に誘発するのに低過ぎる可能性があります。細胞密度が低過ぎる場合は、培養が不安定になる可能性があります。マルチウェルプレート全体の培養条件(例えば、pH、温度)は一定でなく、培養に与える不安定さの影響も異なるため、不安定さはウェルによって異なる可能性があります。
大部分のトランスフェクション試薬は細胞毒性が最小限になるようにデザインされていますが、細胞を曝露するトランスフェクション試薬が多すぎる、あるいは曝露が長時間であると、細胞培養の全般的な健全性が損なわれる可能性があります。センシティブな細胞は、トランスフェクション試薬に曝露後数時間で死滅し始めることもあります。トランスフェクションによってご使用の細胞に過度の細胞死が生じた場合は、トランスフェクション溶液を除去し、8~24時間後に新しい増殖培地を補充します。
トランスフェクション試薬とsiRNAとの複合体形成は、血清成分が反応を妨げないように血清を減量または含まない培地で行う必要があります。しかし、いったん複合体が形成されると、一部のトランスフェクション試薬では、血清を含む通常の増殖培地においてトランスフェクションを行うことができます(製造元のインストラクションに従ってください)。トランスフェクション後の培養培地の添加や交換は通常必要とされませんが、血清が適合する試薬を使用している場合でも、培地交換が有益である場合があります。特殊な試薬を使用する前には血清との適合性について必ず確認するようにしてください。一部のトランスフェクション試薬では、トランスフェクション中に血清不含培地が必要とされ、最初のトランスフェクション複合体とのインキュベーション後に完全増殖培地に交換する必要があります。
細胞毒性を最小限に抑えながら最高のトランスフェクション効率を得ることは、遺伝子サイレンシングを最適化するのに必要不可欠です。siRNA誘導性ノックダウンと細胞生存率のバランシングに似た、siRNA導入と下流の表現型アッセイ条件の間にもバランシングが存在します。siRNAスクリーニングパスにおいて用いられる様々なダウンストリームアッセイごとに、siRNAの導入条件を再最適化することが必要と考えられます。下記の要素(重要性の高い順)を確認することにより、各細胞タイプでの最高のトランスフェクション効率が達成されます。
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