リアルタイムPCRには特有の用語が頻出しますが、果たしてその内容を正しく理解できているでしょうか?今回は、難解でわかりにくいリアルタイムPCR解析に関する主な用語の定義をご紹介します。
▼もくじ
ベースライン
リアルタイムPCRにおけるベースラインとは、蛍光シグナルにほとんど変動がない、PCRの初期サイクル(通常3~15 サイクル)におけるシグナルレベルのことを指します。このベースラインの低シグナルは、反応のバックグラウンドあるいは「ノイズ」と同一であるとみなすことができます(図1)。リアルタイムPCRにおけるベースラインは、増幅曲線の手動解析または自動解析により、各反応毎に実験データを基に設定されます。下記に示すサイクル値(Ct)を正確に決定するためには、ベースラインを注意深く設定することが必要です。ベースラインの決定には、初期サイクルに観察されるバックグラウンドを排除するために十分なサイクル数を使用することが必要ですが、増幅シグナルがバックグラウンドを超え始めるサイクルを含まないようにします。異なるリアルタイムPCR反応または実験を比較する時には、ベースラインを各反応に関して同一の方法で設定することが必要です(図1)。
Threshold Line
リアルタイムPCR反応の閾値(Threshold Line)は、算出したベースラインシグナルに対して、統計学的に有意な増加が見られるシグナルレベルとします(図1)。Threshold Line は反応による増幅シグナルをバックグラウンドから識別するために設定されます。通常、リアルタイムPCR装置のソフトウェアは、Threshold Lineをベースライン蛍光値の標準偏差の10 倍の値に設定します。しかし、Threshold Line はPCRの指数関数的増幅期のいずれの点においても設定することが可能です。
Ct (Threshold Cycle)
Threshold Cycle(Ct)は、反応の蛍光シグナルがThreshold Lineと交差する時点のサイクル数です。Ct 値はターゲットの初期量に反比例するため、DNAの初期コピー数の算出に使用できます。例えば、異なる量のターゲットを含むサンプルからのリアルタイムPCR結果を比較する場合、2倍の初期量を含むサンプルは、増幅前に半分のコピー数のターゲットしか含まないサンプルよりもCt 値が1サイクル早くなります(図2)。これは両方の反応においてPCR効率が100%である(すなわち、サイクル毎に産物量が正確に2倍に増加する)と仮定した場合の例です。
テンプレートの量が少ないほど、有意な増幅が見られるサイクル数の値は大きくなります。
検量線
既知濃度のテンプレートの段階希釈物を使用して、実験試料中のターゲットテンプレートの初期開始量を決定し、反応効率を評価するための検量線を作成できます(図3)。段階希釈物の各既知濃度の対数(x軸)をその濃度におけるCt 値(y 軸)に対してプロットします。この検量線から、反応の効率および様々な反応パラメータ(傾き、y 交点および相関係数など)を導き出すことができます。検量線作成用に選択する濃度は実験試料中において期待されるターゲット濃度の範囲をカバーすることが必要です。
相関係数(R2)
相関係数とは、データがどの程度検量線に合致しているかを示す値です。R2 値は検量線の直線性を反映しています。理想的にはR2値は1ですが、一般的にはおよそ0.999が最も良好な数値です。
Y軸交点
Y軸交点は、反応の理論的検出限界、またはx軸で表したターゲット分子の最小コピー数において、統計学的に有意な増幅が生じた場合に期待されるCt値を表します。PCRは理論的には単一コピーのターゲットを検出することが可能ですが、リアルタイムPCR実験において確実に定量することが可能なターゲットの最小コピー数は一般的に2~10コピーです。このため、y 軸交点を感度として直接使用できませんが、y軸交点の値は異なる増幅システムおよびターゲット間の比較には有用となる可能性があります。
指数関数的増幅期
リアルタイムPCRの定量は、増幅の後期または反応がプラトーに達した時点ではなく、指数関数的増幅期の初期に行うことが重要です。指数関数的増幅期の初期においては、すべての試薬がまだ過剰に存在し、DNAポリメラーゼが高活性を保っており、増幅産物は低濃度であるためプライマーのアニーリング能と競合することはありません。これらの要因すべてが、より正確なデータの取得に貢献します。
傾き
増幅反応の対数直線期の傾きは反応の効率の尺度です。正確で再現性のある結果を得るためには、反応の効率は限りなく100%に近く、すなわち傾きとして–3.32に限りなく近づくことが必要です(詳細は下記の効率の項を参照)。
効率
次の等式から、100%のPCR効率は–3.32 の傾きに相当します。
効率 = 10(–1/傾き)– 1
理想的には、PCR反応の効率(E)は100%、すなわち指数関数的増幅期においてテンプレートがサイクル毎に2倍に増幅します。このため実際の効率は反応に関する貴重な情報を提供します。アンプリコンの長さ、二次構造およびGC含量などの実験因子は効率に影響を及ぼします。他に効率に影響を与える可能性のある因子には反応自体のダイナミックス、最適でない試薬濃度の使用および酵素の品質などが含まれ、効率を90%未満に低下させる場合もあります。PCR阻害物質がサンプルに含まれていると、効率が110%を超えることもあります。良好な反応では効率は90%~100%となるはずで、傾きとしては–3.58から–3.10 の間です。
ダイナミックレンジ
ダイナミックレンジとは、出発物質の濃度の上昇と増幅産物の濃度の上昇が対応する範囲のことです。理想的には、リアルタイムPCRのダイナミックレンジは、プラスミドDNAでは7~8桁、cDNAまたはゲノムDNAでは3~4桁の範囲です。
絶対定量
絶対定量とは、既知量の試料を段階希釈して増幅し、検量線を作成するリアルタイムPCRを指します。検量線との比較によって、未知の試料を定量します。
相対定量
相対定量とは、一つの試料中(例:処理済み)の標的遺伝子の発現を、他の試料中(例:未処理)の同一遺伝子の発現と比較するリアルタイムPCRを指します。結果は、処理済み試料中の発現が未処理試料中の発現と比較して何倍変化したか(増加または減少)で表されます。このタイプの定量においては、実験のばらつき補正のためのコントロールとして、内在性コントロール遺伝子(βアクチンなど)を用います。
解離曲線
解離曲線(融解曲線)は反応温度の上昇に伴い色素が結合した二本鎖DNA(dsDNA)が一本鎖DNA(ssDNA)へ「解離」する際に観察される蛍光の変化をグラフ化したものです。例えば、Applied Biosystems™ SYBR™ Green I 色素が結合した二本鎖DNAを加熱すると、融解点(Tm)に達した時点で、DNA鎖の解離およびそれに続く色素の放出により、急激な蛍光の減少が検出されます。蛍光を温度に対してプロットし(図4A)、続いて–ΔF/ΔT(蛍光変化/温度変化)を温度に対してプロットすることにより(図4B)、二本鎖DNAの解離の動態が明瞭になります。
増幅後の解離曲線解析は、プライマーダイマー副産物等が存在するかどうかPCR産物を調べ、反応特異性を確認するための、簡便で明瞭な方法です。核酸のTmは、種々の要因のうち、鎖の長さ、GC含量および塩基のミスマッチにより影響されるため、多くの場合融解特性により、異なるPCR産物を識別することが可能です。解離曲線による反応産物の特性化(例:プライマーダイマーvs.アンプリコン)により、長時間を要するゲル電気泳動の必要性が低減します。
図5に示す典型的なリアルタイムPCRデータセットは、これまでご紹介した用語の多くを説明する良い例です。図5Aには典型的なリアルタイムPCR増幅プロットが示してあります。PCR反応の初期サイクルにおいては、蛍光にほとんど変化は観察されません。反応が進むにつれて、蛍光レベルはサイクルごとに増加し始めます。Thresholdはベースラインより上の、プロットの指数関数的増幅部分に設定されます。このThresholdを用いて、サイクル閾値、すなわち各増幅反応のCt 値が決定されます。既知量のターゲットを含む一連の反応のCt 値を使用して、検量線を作成できます。定量は未知の試料のCt 値をこの検量線と比較することにより行われ、相対定量の場合には試料間での比較を行い、検量線を反応効率のチェックのために使用します。Ct 値はテンプレートの初期量に反比例し、テンプレートの初期量が多いほど反応のCt値は低くなります。
図5Bには、増幅プロットにおけるCt 値から作成した検量線を示しています。検量線から増幅効率、反復の一貫性および反応の理論的検出限界に関する重要な情報が得られます。
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