▼もくじ
はじめに
「水質基準に関する省令の規定に基づき厚生労働大臣が定める方法」(平成15年厚生労働省告示第261号)の最近の改訂を抜粋して挙げてみると、平成26年4月に亜硝酸態窒素が水質基準に追加され、その基準値は0.04 mg/Lとなりました。また、平成27年4月にはトリクロロ酢酸の水質基準が0.03 mg/L以下に強化されました。さらに、平成29年4月1日改訂では、臭素酸の検査方法に液体クロマトグラフ-質量分析法が追加されています。
臭素酸分析
今回の改定により、水道水質基準の検査法で規定されている臭素酸分析方法は、イオンクロマトグラフ-ポストカラム吸光光度法(IC-PC)または液体クロマトグラフ-質量分析計による分析法(LC-MS/MS)となりました。臭素酸に係る水質基準値は0.01 mg/L以下です。
臭素酸分析におけるIC-PCの問題点は、ポストカラム反応試薬にあります。亜硝酸ナトリウムはメーカーやロットによっては吸光光度計のバックグラウンドやノイズレベルを押し上げる原因になります。
ハロ酢酸類
ハロ酢酸類のクロロ酢酸(MCAA)、ジクロロ酢酸(DCAA)、トリクロロ酢酸(TCAA)の検査法は、溶媒抽出-誘導体化-GC/MSによる分析またはLC-MS/MSによる分析手法が採用されています。溶媒抽出-誘導体化法では発がん性物質と疑われる、ジアゾメタン溶液をはじめ各種溶媒を使用して前処理を行います。LC-MS/MSによる分析では、クリーンアップ用固相カラムを用いて高濃度の塩化物イオンや硫酸イオンを除去する前処理を必要とする場合があります。基準値は、下記に示す値となっています。
- クロロ酢酸に係る水質基準、0.02 mg/L以下
- ジクロロ酢酸に係る水質基準、0.03 mg/L以下
- トリクロロ酢酸に係る水質基準、0.03 mg/L以下
イオンクロマトグラフ- 質量分析計による分析法(IC-MS/MS)
臭素酸とハロ酢酸類の分析種成分は、陰イオン交換体を充填したカラムで一斉に分離できることは周知ですが、水質基準値の1/10を定量下限値とした場合に、電気伝導度検出器では限界があり分析できないものも事実としてあります。しかし質量分析計を検出器として使用することで、水質基準値の1/10も検出できるようになり、電気伝導度検出器を併用することで一般陰イオンも同時に分析できると考えられます。
つまりIC-MS/MSは表1の通り、煩雑な前処理なしで、他の分析法ではできなかった一斉分析を可能とする分析法といえます。
| 臭素酸 | 一般陰イオン | ハロ酢酸3種 | 前処理 | 備考 | |
| IC-PC | ◯ | ◯ | ✕ | 無 | 反応試薬作成の手間 |
| GC/MS | ✕ | ✕ | ◯ | 有 | 煩雑・試薬の取り扱い要注意 |
| LC-MS/MS | ◯ | ✕ | ◯ | 有 | 臭素酸とハロ酢酸類の同時分析不可 |
| IC-MS/MS | ◯ | ◯ | ◯ | 無 | すべて同時分析可能 |
イオンクロマトグラフと質量分析計を接続する際に問題となるのが溶離液に含まれている高濃度の電解質ですが、電解質の除去効率と耐圧が向上したサプレッサーにより、容易に接続できるようになりました。
分析条件検討
ハロ酢酸類と臭素酸イオンは、親水性の高いイオン種であり、陰イオン交換カラムによって容易に分離できます。イオンクロマトグラフィーでは水道水中のマトリックスである数~数十mg/L程度の塩化物イオン、硝酸態窒素、硫酸イオンとの分離が調整しやすく、今までIC/MSによる9種類のハロ酢酸類と臭素酸イオンの測定方法がいくつか報告されています。しかし、9種類のハロ酢酸類と水道水中のマトリックスを分離させるためには測定時間が非常に長くなります。今回は、現水質基準項目の検査方法に合わせて臭素酸イオンとハロ酢酸類3種(MCAA、DCAA、TCAA)に絞り、分析条件の検討を行いました。
分析条件
- IC装置:Thermo Scientific™ Dionex™ Integrion™ RFICシステム
- カラム:Thermo Scientific Dionex IonPac™ AG23(2×50 mm)、Dionex IonPac AS23(2×250 mm)
- カラム温度:30℃
- 溶離液:3.8 mmol/L 炭酸ナトリウム、0.4 mmol/L 炭酸水素ナトリウム
- 流量:0.25 mL/min
- サプレッサー:Thermo Scientific Dionex AERS™ 500e、2 mm
- 検出器:電気伝導度
- 試料注入量:25 μL
- メイクアップ溶媒:アセトニトリル100% 0 .1 mL/min
- MS装置:Thermo Scientific TSQ Endura™
- イオン化法:Negative ESI
- スプレー電圧:3.5 kV
- シースガス:50
- Auxガス:10
- Ion Transfer Tube温度:200℃
- Vaporizer温度:200℃
| Compound | RetentionTime | Precursor (m/z) |
Product (m/z) |
CE (V) |
RF Lens (V) |
Q1 Resolution |
Q3 Resolution |
| MCAA(定量) | 6.5 | 93 | 35 | 10 | 40 | 2 | 2 |
| MCAA(確認) | 6.5 | 95 | 37 | 10 | 40 | 2 | 2 |
| BrO3 (定量) | 6.7 | 127 | 111 | 23 | 110 | 2 | 2 |
| BrO3 (確認) | 6.7 | 129 | 113 | 23 | 110 | 2 | 2 |
| DCAA(定量) | 9.2 | 127 | 83 | 10 | 45 | 0.7 | 0.7 |
| DCAA(確認) | 9.2 | 129 | 85 | 10 | 45 | 0.7 | 0.7 |
| TCAA(定量) | 18.2 | 163 | 119 | 10 | 45 | 0.7 | 0.7 |
| TCAA(確認) | 18.2 | 161 | 117 | 10 | 45 | 0.7 | 0.7 |
分離検討と再現性
図2は炭酸系溶離液条件を用いて疑似水道水中のハロ酢酸類と臭素酸イオンを同時測定したクロマトグラムです。上図には電気伝導度(CD)検出クロマトグラムを、下図にはMS/MSのSIMクロマトグラムを示しています。MCAA、DCAA、TCAA、臭素酸イオンは、マトリックスである塩化物イオン、硝酸態窒素、硫酸イオンと分離しており、水質基準の1/10の濃度の5回繰り返し再現性RSDは1.0 ~ 6.5%と良好でした。
| 成分名 | 濃度 (mg/L) |
RSD (N=5、%) |
| MCAA | 0.002 | 6.5 |
| DCAA | 0.003 | 1.0 |
| TCAA | 0.003 | 5.8 |
| BrO3 | 0.001 | 4.7 |
臭素酸イオンとハロ酢酸類の検量線
各成分の検量線を作成しました。確認した濃度範囲で、どの成分も決定係数は1.000と良好な結果でした。
| ピーク名 | 近似法 | 定量基準 | 校正点数 | 決定係数 |
| MCAA | 直線、原点無視 | 面積 | 5 | 1.000 |
| DCAA | 直線、原点無視 | 面積 | 5 | 1.000 |
| TCAA | 直線、原点無視 | 面積 | 5 | 1.000 |
| BrO3 | 直線、原点無視 | 面積 | 5 | 1.000 |
妥当性評価試験
残留塩素除去剤としてエチレンジアミンを添加した水道水を実試料として、本分析条件の妥当性評価試験を行いました。試験は標準品と実試料を繰り返し測定し、5回の平均値で作成した検量線を用いて試料濃度を算出しました。回収率と併行精度の評価には、水質基準値の1/10と、基準値になるようにそれぞれ標準品を添加した実試料を用いました。その結果、基準値の1/10では回収率92 ~ 109%で併行精度は3.1 ~ 8.7%、基準値では回収率100 ~ 105%で併行精度は0.8 ~ 1.6%と良好で、今回の測定法の高い精度が確認できました。
| MCAA | DCAA | TCAA | BrO3 | |
| 水質基準値の1/10 | ||||
| 添加濃度 (mg/L) |
0.002 | 0.003 | 0.003 | 0.001 |
| 回収率 | 92% | 96% | 98% | 109% |
| 併行精度 | 8.7% | 3.3% | 8.4% | 3.1% |
| 水質基準値 | ||||
| 添加濃度 (mg/L) |
0.02 | 0.03 | 0.03 | 0.01 |
| 回収率 | 100% | 102% | 103% | 105% |
| 併行精度 | 1.4% | 0.8% | 1.6% | 1.2% |
一般陰イオンと亜硝酸態窒素、硝酸態窒素と塩素酸イオン
今回の分析条件では、電気伝導度検出器を併用しているため、一般陰イオンと亜硝酸態窒素、硝酸態窒素と塩素酸イオンも同時に分析できます。各イオン種を同時分析する場合、分離が十分にできていることが求められます。塩化物イオンと亜硝酸態窒素、塩素酸イオンと臭化物イオンなどの分離が特に求められます。図4のクロマトグラムから、いずれの成分も分離できていることが分かります。
一般陰イオンと亜硝酸態窒素、硝酸態窒素と塩素酸イオンの検量線
各成分の検量線を作成しました。確認した濃度範囲で、どの成分も決定係数は0.998 ~ 1.000と良好な結果でした。
| ピーク名 CD |
保持時間(分) CD |
近似法 CD |
定量基準 CD |
校正点数 CD |
決定係数 CD |
| F | 4.7 | 直線、原点無視 | 面積 | 5 | 1.000 |
| Cl | 7.6 | 直線、原点無視 | 面積 | 5 | 1.000 |
| NO2-N | 9.5 | 直線、原点無視 | 面積 | 5 | 1.000 |
| ClO3 | 10.8 | 直線、原点無視 | 面積 | 5 | 1.000 |
| Br | 11.8 | 直線、原点無視 | 面積 | 5 | 1.000 |
| NO3-N | 13.6 | 直線、原点無視 | 面積 | 5 | 0.998 |
| PO4 | 21.0 | 直線、原点無視 | 面積 | 5 | 1.000 |
| SO4 | 22.7 | 直線、原点無視 | 面積 | 5 | 0.998 |
まとめ
IC-MS/MSを用いた水道水中陰イオン成分、臭素酸イオンおよびハロ酢酸類の一斉分析方法を検討し、妥当性評価試験を行った結果、本分析条件は妥当であることが確認できました。本分析条件は臭素酸イオン・ハロ酢酸類3種だけでなく一般陰イオンも、前処理なしで一斉に測定できる非常に有効な方法です。
本記事では炭酸溶離液条件の分析事例をご紹介いたしましたが、水酸化物溶離液条件での分析結果もご紹介しております。ぜひ、「水酸化物溶離液条件の分析事例」から、ご覧ください。
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