タンパク産生やウイルス産生を目的とした高密度細胞培養システム導入の第一歩:設備状況確認編

高密度細胞培養システムは、その高い生産性とコスト効率から多くのメリットがある培養システムの1つで、バイオテクノロジーや製薬業界などで広く使用されている技術です。当社ではタンパク産生としてGibco™ Expi293™/ExpiCHO™発現システム、ウイルス産生としてGibco™ LV-MAX™/AAV-MAX発現システムをご提供しています※1。これら製品群は高密度細胞培養システムを軸にした製品で、わずか30 mLの小スケール培養でも高収量のタンパク産生、高力価のウイルス産生を可能とします。これらの製品を利用する前提として、高密度細胞培養システムの導入が必須となります。このシステムの導入には、インフラの整備や複雑な管理が必要です。しかしこれらを適切に準備し、管理・運用することで安定した高密度細胞培養が可能となります。今回は高密度細胞培養システムに必要な設備や管理のポイント、さらにシステムのメリットを最大限に生かす設備環境についてご紹介します。
※1 高密度細胞培養システムによるExpiSf発現系は昆虫細胞を用いるため、今回の内容とは培養環境が異なります。

高密度細胞培養を始めるための設備環境

高密度細胞培養を成功させるためには、以下の設備環境を整える必要があります。

1. CO₂インキュベーター

培養スケールに合わせて、最適なサイズのCO₂インキュベーターが必要です。このインキュベーター内には、次に述べるCO₂耐性オービタルシェーカーを設置する必要があり、場合によっては電源ケーブルなどの配線処理も必要となります。

2. CO₂耐性オービタルシェーカー

CO₂インキュベーター内での使用を目的とする場合、CO₂耐性のシェーカーが推奨されます。CO₂耐性シェーカーは高濃度のCO₂に対しても一定の耐性を有する部材と構造になっているため、長期間の使用でも安定した運用が可能です。CO₂耐性のないシェーカーをCO₂インキュベーター内で長期間使用すると、CO₂ガスによる機器部品の腐食が進み、動作に影響を及ぼします。不安定な動作は培養条件に影響し、安定した高密度細胞培養の運用を阻害する要因となります。

またCO₂インキュベーター内での使用を想定していないシェーカーは、動作時に発生する摩擦やモーター稼働が要因の熱放散を抑制することができず、庫内の環境に影響を及ぼす場合もあります。結果としてCO₂耐性ではない、またCO₂インキュベーター内で使うことを想定していないシェーカーをCO₂インキュベーター内で使用することは、安定した高密度細胞培養の実現を目指すうえでの不安定要因となります。
当社では、以下のCO₂耐性オービタルシェーカーをご提供しています。

製品名:Thermo Scientific™ MaxQ™ 2000 CO₂ Plus加湿耐性型オープンシェーカー
カタログNo.:88881101

この製品は95%高湿度環境および、高いCO₂濃度環境(20%)でも耐性を有する構造・部材を採用しているため、CO₂インキュベーター内に設置してお使いいただけます。また動作に伴う熱放散も最小限に抑えるため、庫内環境が影響を受けることはありません。またコントロールボックスにより、CO₂インキュベーターを開けることなく庫外からシェーカーを操作できます。

3. 培養フラスコ

高密度細胞培養は三角フラスコを用いることが多く、タイプとしてバッフル付き、バッフルなしがあります。当社の高密度細胞培養を取り入れた製品群は、バッフルなしの平底フラスコで最適な条件が設定されております。当社の対象製品で高密度細胞培養を実施される場合、培養フラスコはバッフルのない平底をお選びください。以下が当社推奨の培養フラスコです。

製品名:Thermo Scientific™ Nalgene™シングルユースPETG 三角フラスコ (平底 ベントフィルターキャップ) 
製品番号:4115-0125 (125 mL容量 バッフルなし平底)

0.22 μmフィルタータイプのキャップを有する個包装フラスコで、使用時の洗浄・滅菌は不要です。滅菌済み個包装により、高密度細胞培養のコンタミネーションのリスクを最小限に抑えます。
125 mL容量以外にも、最大2,800 mLまで対応可能なフラスコなど、さまざまなサイズの対象製品をご用意しています (表1参照)。

表1. バッフルなし平底、ベントフィルターキャップタイプの三角フラスコ製品
容量 製品番号
250 mL 4115-0250
500 mL 4115-0500
1,000 mL 4115-1000
2,000 mL 4115-2000
2,800 mL 4115-2800

以下のリンク情報もご参照ください。
Nalgeneシングルユース三角フラスコ※2

4. アクセサリー

多様なクランプや粘着マットなどのアクセサリーも多数取りそろえています。これらのアクセサリーを活用することで、培養の効率と精度が向上します。培養スケールアップをご検討の場合、以下のリンクのカタログ情報もご覧ください。
Thermo Scientific™ MaxQ™シリーズオービタルシェーカーカタログ

※2 記載の価格は2018年当時のメーカー希望小売価格です。現在のメーカー希望小売価格につきましては、弊社ホームページ(thermofisher.com)にてご確認ください。消費税は含まれておりません。実際の価格は弊社販売代理店までお問い合わせください。

高密度細胞培養システムの設備環境の確認に有効なチェックシート

高密度細胞培養では、まず設備環境を整える必要がある点をご紹介いたしました。ただし、設備が整っていても見落としがちな確認項目があります。以下は各設備で気を付ける点をまとめたチェックシートになります。実験開始時にチェックシートをご活用いただき、設備状況を改めてご確認いただくことで実験成功率の向上が期待できます。

対象設備 確認項目 詳細
設備 CO₂インキュベーター 内部温度 最適な温度条件になっていますか?例:37 ℃設定※3
定期的な温度校正を実施していますか?※4
・CO₂インキュベーターで表示される温度が実際と異なっている場合があります
・必要に応じて温度計を用いての庫内温度のモニタリングも有効です
湿度 庫内は十分に湿潤環境にありますか?
内扉にわずかに水滴が付着する環境が最適です
汚染 インキュベーター内のコンタミネーション汚染はありませんか?
微生物・真菌・マイコプラズマで汚染された環境では細胞増殖に影響を及ぼします
CO₂濃度 最適なCO₂濃度条件になっていますか?例:8%設定
CO₂濃度表示は定期的に校正していますか?※4
CO₂インキュベーターで表示されるCO₂濃度が庫内のCO₂濃度と乖離がある場合があります
培地のみを静置した際、培地のpHは中性を維持していますか?
フェノールレッドを含む培地をプレートに添加し、庫内に静置することで色味が黄色や赤紫に変化するようであれば庫内のCO₂濃度が最適ではない可能性があります
その他 目的の細胞以外の培養細胞は問題なく培養できる環境ですか?
一般的な細胞株の培養で問題がある場合、CO₂インキュベーターの不具合の可能性もあります
内部ファンなど機械的な故障はありませんか?
CO₂耐性オービタル シェーカー メーカー・型番 CO₂耐性シェーカーを使用していますか?
CO₂インキュベーター内で使用する際はCO₂耐性のシェーカーがおすすめです
回転数 使用するシェーカーは対象細胞の高密度細胞培養に最適な回転数の設定が可能ですか?
軌道軸直径 起動軸の直径は目的細胞の高密度培細胞養条件に最適ですか?
熱放散 動作状況 長時間稼働で発熱していませんか?
回転が不安定になっていませんか?
・CO₂インキュベーター内での使用を想定していないシェーカーは、長時間の稼働で熱を発生することがあり、庫内環境に影響を与えることがあります
・またCO₂ガスによる機器の腐食が進み、安定した動作が阻害されることがあります
その他 稼働により庫内に過大な振動が発生していませんか?
複数の培養フラスコを用いる場合など、バランスを取ることで解消することもあります
電源コードが庫内環境(空気循環)を乱していませんか?
ケーブルをまとめる・庫内壁面に這わせるなどの工夫が必要な場合があります
培養フラスコ 培養サイズ 目的の培養サイズに適したフラスコを使用していますか?
ガス交換 フィルターキャップによるガス交換はできていますか?
バッフル バッフルのないフラスコを使用していますか?
・バッフルがある場合、培養条件が異なることがあります
・対象細胞の培養条件をご確認いただき、最適な培養条件を設定してください

※3 昆虫細胞を対象とする場合:
昆虫細胞を対象とする場合、温度やCO₂濃度の条件が一般的な培養細胞とは異なります。
昆虫細胞をご検討の場合、マニュアルに記載された培養条件を確認し、最適な設定で実施してください。

※4 CO₂インキュベーターの校正:
CO₂インキュベーターの多くは、庫外に温度やCO₂濃度の表示があります。ただし、定期的な校正が実施されていない場合、表示温度やCO₂濃度が、実際の数値と異なることがあります。高密度細胞培養は接着培養よりも厳密に環境を管理する必要があります。高密度細胞培養に用いられる培養液は、血清などの動物成分を含まない培養液が用いられる例が多く、わずかな環境の変化や培養液の劣化で細胞増殖速度や細胞生存率などに影響を与えるため、期待するような成果が得られない可能性もあります。

上記チェックシートは、これから高密度細胞培養を始められる方だけでなく、すでに行われている方も設備環境の確認にご利用ください。

まとめ

今回は、高密度細胞培養実験に必要な設備環境についてご紹介いたしました。高密度細胞培養実験の導入を検討される際に、こちらで必要となる設備を改めてご確認いただければと思います。
また設備環境が整っているにもかかわらず安定した細胞の高密度培養ができていない場合は、今回ご案内したチェックシートにて、再度設備環境の見直しをおすすめします。一般的な細胞培養の延長線上にはないさまざまな確認項目が高密度細胞培養実験で存在します。見落としがちな改善点の“気づき”の一助になればと思います。

次回は、実際の高密度培養対応細胞の培養操作で気を付ける点についてご紹介いたします。今回のブログと合わせてご参考にしてください。

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