デジタルPCRは検量線サンプルを必要とせずに絶対定量を行える装置です。エンドポイントPCR、リアルタイムPCRに次ぐ第三世代のPCR技術として注目され、近年普及してきています。デジタルPCRとリアルタイムPCRの違いは明確ですが、使用用途の違いについては必ずしも明確になっていません。デジタルPCRの力を正しく理解すれば非常に有用なツールとなります。
今回の記事はデジタルPCRおよびリアルタイムPCRのスペシャリストであるサーモフィッシャーサイエンティフィックのマーシア・スレーターへのインタビューをまとめました。自称「PCRの達人」である彼女は20年以上にわたって顧客をサポートしてきました。デジタルPCRの原理から、デジタルPCRの未来までわかりやすく解説しています。この記事を読めばデジタルPCRについてもっと詳しくなれます。
こんな方におすすめです!
・デジタルPCRに興味がある方・使用している方
・デジタルPCRについて学びたい方・理解を深めたい方
・新しい技術に興味がある方
実際のインタビューは、Absolute Gene-ius デジタルPCRポッドキャストエピソードをwww.thermofisher.com/absolutegeneiusから視聴いただけます。
Season 1 Episode 2: Insights from a PCR whisperer
デジタルPCRの力とは?
インタビュアー: このインタビューではデジタルPCRについて深く掘り下げたいと思います。デジタルPCRとは何か?リアルタイムPCRとはどう違うのか?この技術について研究者の間で多くの話題が飛び交っています。
マーシア・スレーター: デジタルPCRでは反応液を非常に多くの微細なウェルに分配してPCR反応を行います。初期の頃は数百から数千のウェルに分配していましたが、現在では数万の小さなウェルに分配しています。そして、各ウェルについて陽性か陰性という単純な判定をします。約20,000のウェルについて「陽性」か「陰性」かの結果を集計して、ターゲットの絶対量を非常に正確かつ精密に測定します。研究者がデジタルPCRを使用する目的の一つが絶対定量です。
反応液を多数のウェルに分配する際に、各ターゲットはランダムに任意のウェルに入ります、そのため必ずしも1コピー/ウェルとはならず、複数コピー入ったウェルが存在します。ウェルに入る確率はポアソン分布に従いますので、デジタルPCRのコピー数の算出には「陽性」か「陰性」かの判定結果に加えて、ポアソン統計での解析も行われています。単純に陽性の数を合計してコピー数を出すのではなく、ウェルに複数の分子が存在する場合も補正しているのです。
デジタルPCRの測定プロセス
インタビュアー: 数万のウェルに分配して反応させるとおっしゃいましたが、どのような結果が得られるのでしょうか。
マーシア・スレーター: リアルタイムPCRでは、1つのチューブに対してCtまたはCq値という1つの答えが出てきます。デジタルPCRでは、陽性ウェルの数が結果として得られます。例えば、100コピーのサンプルをリアルタイムPCRで測定するとCt値が得られます。デジタルPCRでは陽性と陰性のウェルの数がカウントされます。コピー数を得るために重要なのは実は陰性のウェルの数です。デジタルPCRでは陽性か陰性かの情報しかありません。陽性ウェルは実際には1つ、2つ、またはそれ以上のターゲットを持つ全てのものの合計なので、個々の数を確実に知ることはできません。しかし、ネガティブの数は確実にわかります。そのためネガティブの数をポアソンモデルに適合させ、チャンバーごとの平均コピー数(λ)を計算します。物理的なウェルでは、ウェルの体積がわかるため、λとウェルの体積から1 µLあたりのコピー数を計算できます。Ct値(これはタイミングの測定値)を得る代わりに、デジタルPCRでは1 µLあたりの絶対数が得られます。
デジタルPCRの活用事例
インタビュアー: デジタルPCRが有効な応用例は何でしょうか?
マーシア・スレーター: デジタルPCRには、さまざまな応用例があります。最も一般的なのは、標準物質の絶対定量を行う例で、遺伝子発現研究やウイルスのタイター測定に使用されます。デジタルPCRの用途の一つとして、リアルタイムPCRの検量線に使用する標準物質の定量があります。リアルタイムPCRの絶対定量は検量線サンプルの精度に依存しますが、市販の標準物質は正確な定量がされていないことも多いです。デジタルPCRを使用することで、リアルタイムPCRの検量線の精度を高められます。
他にも、レアバリアント(希少変異)の定量に活用する事例があります。レアバリアントの定量はリアルタイムPCRでは非常に難しいです。多くの人々ががんのドライバーとなる変異を探すためにデジタルPCRを活用しています。また、微生物のバリアントを調べることもできます。微生物の遺伝子型を決定する場合、その塩基がどれだけ含まれているかの割合が必要です。デジタルPCRは割合を定量できます。
インタビュアー: リアルタイムPCRとデジタルPCRのどちらを選ぶべきかを決めようとしている人にとって、最も良い方法の一つは「自分が何を達成しようとしているのか」を見極めることですか?それが選択の手助けになるのでしょうか?
マーシア・スレーター: そうです、その通りです。リアルタイムPCRは、より広いダイナミックレンジを持ちます。もしサンプルのコピー数の見当がつかず、とりあえず試してみて迅速に結果が欲しい場合、リアルタイムPCRは素晴らしい方法です。より統計的な力が必要な場合には、デジタルPCRに移行することをお勧めします。ただしデジタルPCRはリアルタイムPCRよりもダイナミックレンジが狭い点に注意が必要です。もしターゲットが多量にある場合は、デジタルPCRのスイートスポットに収まるように希釈する必要があるかもしれません。しかし、そのスイートスポットに当たれば、リアルタイムPCRでは到底達成できない精度を得ることができます。
デジタルPCRの技術
インタビュアー: デジタルPCRには、どのような技術が存在するのでしょうか?デジタルPCRには異なるアプローチがありますか?それぞれの利点と欠点についても教えてください。
マーシア・スレーター: サーモフィッシャーサイエンティフィックでは、全ての世代のデジタルPCRで物理的なウェルを使用してきました。初期の頃は96ウェルプレートが使われていました。そして、第二世代のデジタルPCRも主にプレートベースで、オープンアレイや小さな反応チャンバーを持つカートリッジが使われていました。
その後、ドロップレット方式のデジタルPCRが登場しました。ドロップレットは油の中にある水性の液滴です。ドロップレットに関して私が懸念しているのは、「完全に均一であるか?」という点で、ドロップレットの体積が変動していないかに注意が必要です。また、ドロップレットは非常に壊れやすいです。一方で物理的なウェルの場合、そのウェルの大きさが正確にわかります。
当社のApplied Biosystems™ QuantStudio™ Absolute Q™デジタルPCRシステムでは、品質管理のために蛍光色素であるROX色素を使用しています。あるウェルでターゲットシグナルがない場合、ネガティブなウェルの可能性もありますが、反応液が充填されていない可能性も考えられます。そこでROX色素を見ます。ROX色素が適量で存在する場合、それは正しく充填されたウェルで、欠けているのはターゲットだけです。それが真のネガティブウェルです。しかし、ROX色素がない場合、それは空のウェルです。適量でない場合、それは不適切に充填されたウェルであり、それらは解析から除外されます。前にも述べたように、ポジティブとネガティブをカウントする際にネガティブが最も重要です。その数が正確でなければなりません。
インタビュアー: もう一つの注目点として「デッドボリューム」がありますが、何か見識を教えていただけますか?デジタルPCRに取り組む人にとって、デッドボリュームがなぜ重要なのかも教えてください。
マーシア・スレーター: デッドボリュームとは、実験の過程で失われるサンプルの量です。それはなくなってしまうもので、捨てたようなものです。
デッドボリュームの重要性は使用用途によって異なります。もし私が大量のサンプルを持っている場合、例えば核酸を製造していて何リットルもサンプルを持っている場合、デッドボリュームはそれほど重要ではありません。しかし針生検やリキッドバイオプシ―などのサンプルで貴重な実験を行っている場合、デッドボリュームは非常に重要です。かつてスペースシャトルで実験を行っていた人と仕事をしたことがありますが、その実験は再度行うことができません。そのような実験では、サンプルが少しでも失われるとそれで終わりです。貴重なサンプルを扱う場合、可能な限りデッドボリュームを最小限に抑えることが重要です。
デジタルPCRの未来
インタビュアー: 宇宙ステーションなどのクールな話題について話していますが、デジタルPCRが使われている興味深い事例はありますか?
マーシア・スレーター: 細胞および遺伝子治療の分野において新たに注目されている応用例として「核酸分子の完全性」の確認があります。これはリアルタイムPCRでは実現できないものです。もしあなたがサンプル中の絶対量だけでなく、それが完全であるか、分解されていないかを知りたいとしたらどうでしょうか?デジタルPCRではマルチカラー分析が可能であり、高度なマルチプレックスができます。この特徴を活用して完全性を確認する事例があります。
興味のある分子にまたがる異なる蛍光色素でラベルしたアッセイを4つ設計します。そして「各ウェルに4つの色が全て揃っているか?」を確認します。もし揃っているなら、それは同じ分子上にあったことを意味します。それらがロープで結ばれていて、同じマイクロチャンバーに一緒に引き込まれていると考えてください。逆に、色の一部しかない場合、例えば4色のうち2色しかない場合、その分子は完全ではありません。切断されていなければ、4色全てが存在するはずです。デジタルPCRの新たなアプリケーションとして期待されています。
インタビュアー: その実験系の意義は何ですか?なぜサンプルの分子が完全であるかどうかを確認するのでしょうか?
マーシア・スレーター: 例えば、細胞株に移行させるものを製造した場合、それが設計通りに全体が存在しているかどうかを知ることは重要です。そうでなければ、適切な構造を持たない細胞株に時間を無駄にすることになります。この技術が使用されるもう一つの分野は感染症です。「そのウイルスゲノム全体が存在しているか、それとも細胞内で分解されているか?」を確認します。デジタルPCRは、これらの疑問に答えるためのツールを提供します。
デジタルPCRの活用事例を紹介した、テクニカルノート、アプリケーションノートを配布しています。
【無料ダウンロード】デジタルPCR テクニカル・アプリケーションノート集
デジタルPCRの応用事例について詳しく知りたい方は、https://www.thermofisher.com/us/en/home/life-science/pcr/digital-pcr/resources.htmlをご覧ください。
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。