ゲノム編集の初心者Aさんによる「初めてのゲノム編集実験」。第1回、第2回を通して基礎的な内容を理解したAさんは、いよいよ実験を始めようとしています。
Aさん:
ガイドRNAがデザインできました!
これで培養細胞のノックアウト実験ができますね
先輩:
待って。その前にCIRSPR/Cas9の3つの実験系からちゃんと選んだ?
Aさん:
3つの実験系って?
供与方法、つまり「Cas9とガイドRNAをどうやって細胞に与えるか」には、3つ方法があります。実験を行う前に、この3種類のどの方法で実施するか、選択しておきましょう。
- DNA(Vector)方法:
第一世代。Cas9とガイドRNA両方の配列をDNA(Vector)に組み込んで、細胞に供与する方法 - RNA(Cas9 mRNA)方法:
第二世代。Cas9とガイドRNAを、それぞれRNAの状態で細胞に供与する方法 - Protein(Cas9 protein)方法:
Cas9 をCas9 タンパク質、ガイドRNAをRNAとして細胞に供与する方法
Aさん:
つまり、材料の作り方が違うんですね。
ってことは、細胞内の動きも違うんですか?
先輩:
いい質問だね。図1を見てみよう。3つの方法の細胞内挙動の違いが説明してあるよ

図1: 3つの方法で導入されたCas9とガイドRNAが
細胞内で核内に移行するまで
DNA(Vector)方法では、vectorが細胞内に導入されると、核に移行したvectorからガイドRNAとCas9 mRNAが転写され、細胞質でCas9 タンパク質が翻訳されます。その後、細胞質内でガイドRNAとCas9タンパク質がコンプレックスを形成して、Cas9 proteinの核移行シグナルによって核内に移行します。
RNA方法は、ガイドRNAとCas9 mRNAを同時に導入します。細胞質に導入されたCas9 mRNAがCas9タンパク質に翻訳され、ガイドRNAとコンプレックスを形成して、核に移行します。
Protein方法でも、ガイドRNAとCas9タンパク質を同時に導入します。細胞質に導入されたガイドRNAとCas9タンパク質がコンプレックスを形成後、核に移行します。
3つの方法いずれも、核内移行後はガイドRNAが目的遺伝子に結合して、ゲノムを切断します。
Aさん:
なるほど。
で、結局どれが一番お勧めなんですか?
先輩:
うん、それが知りたいよね。ゲノム編集の効率が高い方法は、Protein方法だよ
「ゲノム編集効率が高い」とは、「切断した後に変異が入る効率が高い」ことを指します。
ゲノム編集効率が高い方法は、Protein方法です。
第2世代のRNA方法はDNA(Vector)方法のゲノム編集効率を改善した方法のため、DNA方法よりもRNA方法の方がゲノム編集効率は高いです。
Aさん:
ところで、Protein方法のトランスフェクション効率はどうなんでしょう。
オフターゲット効果も気になります。
そう、供与方法を選ぶときは、ゲノム編集効率のほか、トランスフェクション効率やオフターゲット効果も考えなくてはなりません。トランスフェクション効率で軍配が上がるのはDNA(vector)方法です。選択マーカー(蛍光タンパク質や薬剤抵抗タンパク質)が掲載されているので、導入された細胞の濃縮や導入効率の確認がしやすいです。一方、Protein方法はDNA方法と比べて、一般的にトランスフェクション効率は高くありません。そのため、培養細胞に効率よくCas9タンパク質が導入できるのか、あらかじめ確認が必要です。
また、オフターゲット効果はProtein方法が最も低いです。これは、タンパク質が細胞内に残りづらく、ターゲット以外の遺伝子に作用しづらいためだと言われています。
先輩:
3つの方法をまとめてみたよ
- ゲノム編集効率の高さ:Protein>RNA>DNA(Vector)
- オフターゲット効果の低さ:Protein>RNA>DNA(Vector)
- トランスフェクション効率の高さ※:DNA(Vector)>RNA>Protein
※比較が難しく、直接比較したデータがないため、原理から推測される順番です。
Aさん:
じゃあ、Protein方法で試してみます!
えっと、実験に必要なのは…
先輩:
まずは大事な2つ。
ガイドRNAとCas9 Proteinだね。
供与方法が決まったら、表1を参考にしてCas9とガイドRNAを用意しておきましょう。
Cas9 | ガイドRNA | 備考 | |
DNA方法 (Vector) |
Invitrogen™ GeneArt™ CRISPR vectorシステム | Invitrogen™ TrueDesign Genome Editorなどで配列をデザインし、Primer合成などで入手※ | CRISPR vectorは哺乳類細胞用のvectorのため、哺乳類細胞以外のサンプルの場合は、その細胞種に対応したvectorをご用意ください。 |
RNA方法 | Invitrogen™ GeneArt™ Cas9 mRNA | Invitrogen™ TrueGuide RNA(デザインサイト)でSpCas9用ガイドRNAが入手可能 | Cas9 mRNAはSpCas9 mRNAで、核移行シグナルが付与 |
Protein方法 | TrueCut Cas9 Protein | Invitrogen™ TrueCut Cas9 ProteinはSpCas9 Proteinで、核移行シグナルが付与 |
※3’末端側に配列の付加が必要など、いくつか注意点があります。ガイドRNAを合成する前に、必ずCRISPR vectorのプロトコルから詳細を確認してください。
Aさんは表1を参考にして、Cas9 ProteinとガイドRNAを手に入れることにしました。次回は用意したCas9とガイドRNAを用いて、Aさんがいよいよトランスフェクションに挑みます。
まとめ
- CRISPR/Cas9システムには3つの供与方法(DNA(Vector)、RNA、およびProtein方法)がある
- Protein方法がゲノム編集効率が高く、オフターゲット効果も低い
Aさんが初めてのゲノム編集に挑戦するシリーズ第4回では、トランスフェクションのポイントについてご紹介します。
<ゲノム編集実験シリーズ>
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第1回 CRISPR/Cas9システムの原理~
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第2回 ガイドRNAのデザイン~
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第3回 3つのCRIPSR/Cas9実験系~
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第4回 トランスフェクション~
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第5回 変異の確認方法~
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第6回 オフターゲット効果~
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第7回 ノックイン~
<ゲノム編集の基礎的な内容>
ゲノム編集の原理と手引き
CRISPR/Cas9 スターターパックで実際にゲノム編集を試してみよう!!
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。