パーキンソン病やアルツハイマー病など、神経変性疾患の治療には、疾患がどのように進行するのか、より深く理解する必要があります。しかし残念なことに、これら多くの身体に悪影響を及ぼす状態の裏に隠された謎は、依然として解明されていません。
この記事では、多くの研究室で定番の遺伝子解析技術である、蛍光キャピラリー電気泳動(CE)を用いて、研究者たちがどのようにこの分野で進歩を遂げているかについて見ていきます。
神経変性疾患は、今後10年で重要な健康分野での課題になると言われています。世界保健機関(WHO)によると、3人に1人が生涯のどこかのタイミングで、神経疾患(神経変性疾患を含む)を発症すると言われており、神経疾患は身体障害の原因の第1位であり、死亡原因の第2位となっています(1)。
神経変性疾患の研究をするためのゲノム解析法の中でも、サンガーシーケンスやフラグメント解析のワークフローに不可欠な蛍光キャピラリー電気泳動(CE)は、簡便さと高分解能に優れています。
迅速なサンプルから解析までのワークフローを用いることで、少量のサンプルでも1塩基の分解能を実現しています。本記事では、研究者がこの技術を活用して、神経変性の根底にあるメカニズムに光を当てた、いくつかの例を紹介します。
▼もくじ
ヒト脳オルガノイドモデル作成における、パーキンソン病患者由来の人工多能性幹細胞(iPS)のサンガーシーケンス
パーキンソン病は神経変性疾患の中で2番目に多く、全世界で850万人超が罹患しています(2)。パーキンソン病患者の脳には、SNCA遺伝子によってコードされるα-シヌクレインタンパク質が主成分である、レビー小体と呼ばれる異常な細胞含有物が存在しています(3)。しかし、多くのα-シヌクレインの病態を探る研究では、二次元細胞培養モデルに依存しており、ほとんどの場合疾患の複雑さを再現できません。この問題に対処するため、MohamedらはSNCA遺伝子の三重複遺伝子を持つ患者由来のヒト人工多能性幹細胞(iPSもしくはiPSCs)と、ゲノム編集したアイソジェニックコントロール細胞から、三次元の中脳オルガノイドを作成しました(4)。
iPSC株の細胞認証のために、研究者らはApplied Biosystems™ SeqStudio™ ジェネティックアナライザを用いてSNCA領域のサンガーシーケンスを行いました(4)。
サンガーシーケンスは、塩基配列を決定するための一般的な方法であり、特に複数サンプルに対する単一遺伝子解析の費用対効果が高く、変異やクローニングされた挿入配列の確認、また長い断片の解析にも適しています。
サンガーシーケンスのワークフローの関連ページはこちら(https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/life-science/sequencing/sanger-sequencing/sanger-sequencing-workflow.html)
ハンチントン病におけるCAGリピートの正確なサイジング
ハンチントン病は、パーキンソン病に比べると罹患率は低いものの、衰弱をもたらす疾患です。ほとんどが遺伝性で、ハンチンチン(HTT)遺伝子のCAGリピートが伸長し、ポリグルタミン反復配列に翻訳されることにより発症します。HTTのCAGリピートの長さは、発症年齢と逆の相関関係があります。さらに、ゲノムの他の部分における遺伝的変化も、発症年齢に影響します。Gooldらは、そのような遺伝子修飾因子の一つであるFAN1(DNA鎖間の架橋修復に関与するヌクレアーゼ)が、どのようにハンチントン病の進行を変化させるのかを明らかにしました。彼らは、この修飾因子の発現が高いほど発症が遅れ、病気の進行が遅れることを解明しました(5)。
研究チームが開発したさまざまな細胞株におけるCAGリピートのサイズを正確に測定するために、Applied Biosystems™ 3730 DNA アナライザとGeneMapper™ソフトウエアを用いて、PCR産物のフラグメント解析を行いました。図2では、代表的なピークパターンを示しています。最も高いピーク(赤矢印)は、サンプル内の変動などを考慮しながらも、最も一般的な値として、そのサンプルのCAGリピートサイズとされるものです(5)。
アルツハイマー病関連の遺伝子多型における、対立遺伝子の正確な長さの検出
アルツハイマー病は、高齢者に最も多く見られる認知症の一つです。この病気の根底にある全てのメカニズムが解明され、根本的な治療法が確立されたわけではありませんが、私たちはこの数年で顕著な進歩を遂げました。例えば、モノクローナル抗体レカネマブを用いてアミロイド濃度を低下させ、それによって疾患の進行を遅らせるという最新の第III相臨床試験の結果は、画期的な進歩の可能性があると評価されています(6)。
アポリポタンパク質E4(APOE-E4)対立遺伝子は、アルツハイマー病の大きな危険因子です。さらに、ゲノムワイド関連解析では、この遺伝子座周辺の他の遺伝子多型も、アルツハイマー病と強い相関があることが示されています(7)。例えば、APOEに隣接するTOMM40遺伝子の多型(「523」、ポリTリピート多型)は、アルツハイマー病の発症年齢と関連することが示されています。しかし、この関連については文献上矛盾する報告があります。Linnertzらは、3730 DNAアナライザとGeneMapperソフトウエアを用いたキャピラリー電気泳動により、対立遺伝子の長さを正確に検出するための、標準化された「523」ジェノタイピングアッセイを開発しました(8)。
まとめ
Applied Biosystems™技術が、神経変性疾患研究にどのように役立っているのか、リンク先をご覧ください。
thermofisher.com/abcomplexdisease.
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参考文献
- WHO: https://www.who.int/news/item/09-08-2022-launch-of-first-who-position-paper-on-optimizing-brain-health-across-life Accessed November 30, 2022.
- WHO: https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/parkinson-disease Accessed November 30, 2022.
- Lee A, Gilbert RM. Epidemiology of Parkinson Disease. Neurol Clin. 2016 Nov;34(4):955-965. doi: 10.1016/j.ncl.2016.06.012. Epub 2016 Aug 18.
- Mohamed NV, Sirois J, Ramamurthy J, et al. Midbrain organoids with an SNCA gene triplication model key features of synucleinopathy. Brain Commun. 2021;3(4):fcab223. Published 2021 Sep 25. doi:10.1093/braincomms/fcab223
- Goold R, Flower M, Moss DH, Medway C, Wood-Kaczmar A, Andre R, Farshim P, Bates GP, Holmans P, Jones L, Tabrizi SJ. FAN1 modifies Huntington’s disease progression by stabilizing the expanded HTT CAG repeat. Hum Mol Genet. 2019 Feb 15;28(4):650-661. doi: 10.1093/hmg/ddy375.
- Christopher H. van Dyck, M.D., Chad J. Swanson, Ph.D., Paul Aisen, M.D., Randall J. Bateman, M.D., Christopher Chen, B.M., B.Ch., Michelle Gee, Ph.D., Michio Kanekiyo, M.S., David Li, Ph.D., Larisa Reyderman, Ph.D., Sharon Cohen, M.D., Lutz Froelich, M.D., Ph.D., Sadao Katayama, M.D., Marwan Sabbagh, M.D., Bruno Vellas, M.D., David Watson, Psy.D., Shobha Dhadda, Ph.D., Michael Irizarry, M.D., Lynn D. Kramer, M.D., and Takeshi Iwatsubo, M.D. Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease N Engl J Med 2023;388:9-21 DOI: 10.1056/NEJMoa2212948
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2212948 - Guerreiro RJ, Hardy J. TOMM40 association with Alzheimer disease: tales of APOE and linkage disequilibrium. Arch Neurol. 2012 Oct;69(10):1243-4. doi: 10.1001/archneurol.2012.1935.
- Linnertz C, Saunders AM, Lutz MW, Crenshaw DM, Grossman I, Burns DK, Whitfield KE, Hauser MA, McCarthy JJ, Ulmer M, Allingham R, Welsh-Bohmer KA, Roses AD, Chiba-Falek O. Characterization of the poly-T variant in the TOMM40 gene in diverse populations. PLoS One. 2012;7(2):e30994. doi: 10.1371/journal.pone.0030994. Epub 2012 Feb 16.
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