細胞にタンパク質やウイルスベクターなどの目的物質を生産させるバイオ医薬製造では、上流工程で動物細胞を大量に培養する工程が生じます。フラスコやロッカー式バイオリアクターでの培養では培養液中へのガス供給は必要ありませんが、数十リットル以上の液量で培養を行う場合には、上面からだけではなく、培養液中にもガスを吹込み、細胞に酸素を供給する必要が出てきます。
当社でも、シングルユースバイオリアクターを取り扱っていますが、液中通気で使用されるスパージャーは、長年研究開発を行っており、より最適なものが登場してきています。今回は、当社のシングルユースバイオリアクターで活躍するスパージャーの種類と、その特長を紹介いたします。
こんな方におすすめです!
・スパージャーの役割である養液中へのガス供給について知りたい方
・ベッセル間のスケーラビリティ維持について知りたい方
▼もくじ
サーモフィッシャーにおけるスパージャーの歴史と各スパージャーの特長
当社のシングルユースバイオリアクターは、2006年の発売以来、常に製品の改良を重ねております。販売開始当初は円筒形でしたが、2020年に直方体デザインのThermo Scientific™ Dynadrive™ シングルユースバイオリアクター(S.U.B.)を上市しました。ベッセルサイズも最大5,000 Lという、製造規模の細胞培養においてもシングルユースバイオリアクターを活用いただけるようになりました。シングルユースバイオリアクターの改良と同時に、液中通気ラインであるスパージャーも改良が加えられています。
初期のシングルユースバイオリアクターには、オープンパイプ型と呼ばれるスパージャーが採用されていました(図1a)。このオープンパイプスパージャーは、液中通気のホールが一つしかなく、大きな気泡が生成されるためにすぐに培養液中から抜けてしまい、培養液中の通気ラインとしては効率が良くありませんでした。続いて採用されたものが、フリットスパージャーです(図1b)。こちらはスティック状で、表面に20~40 μmのホールが無数に空いています。フリットの内部からガスを送り込むことで、培養液中に細かな気泡を多数生み出すことができ、培養液中に効率よく酸素を供給することができます。しかし、フリットスパージャーにも課題があります。
一つ目は、高い流量をフリットスパージャー内に流すことができない点です。通気量が少ない場合には、フリットスパージャーを使用することで高いkLaを得ることができますが、一方で、フリットスパージャーへのガス流量を高くしすぎると、フリットスパージャーから生成される気泡同士が融合し、大きな気泡となって液中への滞在時間が短くなるため、細胞への酸素供給能力が下がってしまいます。
二つ目は、スケーラビリティの維持が困難であることです。フリットスパージャーには、スタンダートサイズとミニサイズの2種類のサイズがあり、これらが50 Lにも2,000 Lにも使用されています。50 Lのベッセルは十分なガス供給能力を発揮しますが、ベッセルサイズが大きくなるとスタンダードサイズのフリットスパージャーのみでは酸素供給能力が不足してしまいます。また、フリットスパージャーのホールサイズは20~40 μmと幅があり酸素供給能力にも個体差が生じます。その結果、ベッセルサイズ間およびバッチ間のスケーラビリティ維持が困難となります。
そこで、当社ではフリットスパージャーよりも効率よく、かつ細胞へのシェアストレスを低減できるスパージャーの開発に取り組み、ドリルドホールスパージャーが誕生しました(図1c)。ドリルドホールスパージャーは、ディスク状のスパージャーで、ベッセルサイズに合わせてホールサイズやホール数、ディスクサイズを変更することで、ベッセルサイズ間のスケーラビリティを維持します。また、ホールはレーザーで精密に設計されており、均一なサイズの気泡を精製することができるため、バッチ間のスケーラビリティも実現します。

図1. スパージャーの種類
図2に、オープンパイプスパージャー、フリットスパージャー、ドリルドホールスパージャーの酸素供給面からみたkLaと、CO2ストリッピング効率からみたkLaの比較を示します。図2(a)に示す通り、酸素の供給能力としては、フリットスパージャーが優れており、約0.02 VVMで25/hrを超えるkLaを達成しています。一方で、図2(b)では、CO2ストリッピング効率を示しており、0.02 VVMまではフリットスパージャーで高いCO2ストリッピングが見られますが、ガスの吹込み量が多くなるにつれ、フリットスパージャーよりも大きな気泡で、かつオープンパイプスパージャーよりも多くの気泡を生成することのできるドリルドホールスパージャーが最も効率よくCO2ストリッピングを促し、培養液中が酸性に傾きすぎることを防いでいることが示されています。

図2. 各スパージャーでのO2、 CO2 Klaの比較
エンハンスト・ドリルドホールスパージャー~ドリルドホールスパージャーの進化~
図2のグラフより、酸素供給能力はフリットスパージャーのほうが高く、CO2ストリッピング効率はドリルドホールスパージャーのほうが高いことが示されましたが、酸素供給用にフリットスパージャー、CO2ストリッピング用にドリルドホールスパージャーと使い分けることは効率が良いとは言えません。また、フリットスパージャーには、スケーラビリティの維持が困難という課題が残されています。そこで当社はドリルドホールスパージャーの研究開発を進め、エンハンスト・ドリルドホールスパージャーが誕生しました。表1に従来およびエンハンスト・ドリルドホールスパージャーのホールサイズとホール数を示します。このように、エンハンスト・ドリルドホールスパージャーは従来品と比較してホールサイズが小さく、ホール数は増加していることが分かります。

図3. ドリルホールスパージャーのホールサイズとホール数の比較
図3に50 L DynaDrive S.U.B.にてフリットスパージャー、フリットスパージャーと従来のドリルドホールスパージャーの併用、エンハンスト・ドリルドホールスパージャーを使用した際に得られるkLaの比較を示します。縦軸にkLa、横軸にガス吹込み量を取っており、赤線で示しているのがフリットスパージャーのみを使用した場合、黄色で示しているのがフリットスパージャーと従来のドリルドホールスパージャーを使用した場合、黒色で示しているのがエンハンスト・ドリルドホールスパージャーを使用した場合です。フリットスパージャーを使用することで、0.02 VVM程度の低いガス供給量でも30/hr程度のkLaを得ることができました。また、従来のドリルドホールスパージャーと併用することで、40/hrのkLaを達成できることが示されたため、通常の培養で十分に対応することができるといえます。一方で、エンハンスト・ドリルドホールスパージャーを使用した場合、ガスの吹込み量に比例してkLaも高くなり、0.15 VVMでは50/hrを超えるkLaが得られました。このことから、近年のトレンドであるパーフュージョン培養や高密度培養を視野に入れることができます。

図4. 50L DynaDrive S.U.B. にて:各スパージャーで得られるkLa比較
エンハンスト・ドリルドホールスパージャーは現在、当社の最新型シングルユースバイオリアクターであるDynaDrive S.U.B.およびマイクロキャリア培養にも対応可能なThermo Scientific™ Enhanced HyPerforma™ S.U.B.に採用されており、ベッセル間のスケーラビリティ維持に貢献しています。
まとめ
今回は、シングルユースバイオリアクターにて、培養液中のガス供給で重要な役割を果たすスパージャーを紹介しました。当社の最新型バイオリアクターには、ベッセルサイズごとに最適化されたドリルドホールスパージャーが採用されており、スケーラビリティの維持を実現します。
Thermo Scientific™Dynadrive™シングルユースバイオリアクター(S.U.B.)は、再生医療クリエイティブ・エクスペリエンス・ラボ(Thermo Fisher Scientific Creative Experience Lab for regenerative medicine: T-CEL)にて見学が可能ですので見学を希望される場合はこちらへお問い合わせください。
また、今回ご紹介しましたDynaDriveシングルユースバイオリアクターおよびシングルユーステクノロジー製品に関する関連資料は、下記リンクよりご確認いただけます。
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