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鈴木貴紘氏(理化学研究所生命医科学研究センター細胞機能変換技術研究チーム)
2012年、ヒトの線維芽細胞を単球様細胞に変換させることを報告した理化学研究所の鈴木貴紘氏。多能性幹細胞を経ないダイレクトリプログラミングを通じて、細胞機能を操作するというテーマを掲げ、研究を進めています。「単球様細胞への変換ではエピジェネティックな変化がほとんど見られませんでした。そこで転写因子による遺伝子発現調節だけでなく、DNAメチル化の関与も必要だと感じました」と鈴木氏は新たな研究のきっかけを話します。
転写因子がDNA脱メチル化を誘導する
鈴木氏は2017年、転写因子のRUNX1がDNA脱メチル化酵素群を誘導し、RUNX1結合領域のすぐ下流でDNA脱メチル化を引き起こすというこう新たな機能を報告しました。現在、他の転写因子にも同様の機能があるのかをスクリーニングで確認しつつ、転写因子によるDNAメチル化制御の全体像の把握に取り組んでいます。「ダイレクトリプログラミングは、分化に関わる遺伝子群のエピジェネティックな変化から引き起されていると想定されます。転写因子によるDNAメチル化制御の機序を解明し、標的遺伝子の発現機構との関係を見極めたい」と鈴木氏は語ります。RUNX1は、白血病や骨髄異形成症候群などの血液疾患で高頻度に機能異常が認められており、そこにもDNA脱メチル化が関わるかどうか興味が持たれます。
レンチウイルス作製時間を4割削減、タイターは30倍に
RUNX1を始め、一連の転写因子を強制発現させるために、鈴木氏の研究グループではレンチウイルスを使っています。「細胞分化を調べたいので、一過性の発現ではなく、ゲノムに組み込まれて安定的に発現することが求められます。そのため、遺伝子導入ではレンチウイルスが第一選択肢です」。また細胞種を問わず、共通のプロトコールで遺伝子導入できる点も、レンチウイルスを用いる利点だと述べます。しかし問題は、レンチウイルスの作製。従来法ではウイルス粒子回収までに5日ほどかかり、さらに超遠心分離で濃縮する必要がありました。「10センチディッシュ2枚で細胞を育て、一度液替えをして、合計30mLの培養液を100μLに濃縮して使っていました。研究室には超遠心機が2台ありますが、1回に2時間の遠心をかけると、5日間で36種類のウイルスを濃縮することが限界でした」と鈴木氏。そこで試しに、昨年発売さればかりのGibco™ LV-MAX™ Lentiviral Production Systemを使ってみることに。「プロトコール通りの簡単な操作だけで3日間でレンチウイルスを作製でき、ほとんどの場合には濃縮の必要がありませんでした。培養スケールが異なるので単純な比較はできませんが、濃縮なしのLV-MAXシステムで濃縮していた従来法と同程度のタイターで、10倍のレンチウイルス量が得られています(図)。また高密度で浮遊培養するので振盪する必要がありますが、1mLの96ディープウェルプレートを使えばスペースも取りません。超遠心機を使うボトルネックがなく、一度に多種類のレンチウイルスを高タイターで作製できるので、これまでにない実験系を組むこともできるかもしれない」と続けます。
遺伝子サイズが大きいゲノム編集関連酵素の作製にも有効
「ゲノム編集で使われるCas9遺伝子はサイズが大きく、従来法ではレンチウイルスへのパッケージングが困難でした。しかしLV-MAXシステムだと、培養系を数mLにスケールアップして超遠心で濃縮すれば問題ありませんでした。実際に機能部位を不活したdCas9遺伝子を導入したウイルスを回収できました」。今後、レンチウイルス作製はすべてLV-MAXシステムに切り替える予定とのこと。実験の準備工程であるレンチウイルス作製に時間や手間をかけずに、本来の研究に集中する時間が確保できたことで、研究がさらに加速されると期待できます。
[LV-MAXシステムと従来法によるウイルス産生量の比較]
ピューロマイシン耐性遺伝子をセレクションマーカーとして、ある遺伝子のレンチウイルスを作製。右が従来法、左がLV-MAXの3つの反復実験。LV-MAXは濃縮なし、従来法は300倍濃縮後測定。
浮遊細胞による高効率なレンチウイルス生産システム
LV-MAX Lentiviral Production System
高力価のレンチウイルス非濃縮で1×108 TU/mL以上)が得られます。
96 deepwell plate(1 mL)から2 Lのバイオリアクターまで対応します。
LV-MAX Lentiviral Production Systemの詳細はこちら
ライフサイエンス情報誌「NEXT」
当記事はサーモフィッシャーサイエンティフィックが発刊するライフサイエンス情報誌「NEXT」2018年5月号からの抜粋です。
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