▼もくじ [非表示]
多因子疾患のゲノムワイド相関解析をジャポニカアレイで実現
角田洋一 氏(東北大学病院消化器内科)
炎症性腸疾患(IBD)は原因不明の難病であり、日本での罹患者は20万人を超え、近年さらにその数は増加しています。東北大学病院消化器内科の角田洋一氏は、臨床医としてIBDの治療に携わりながら、疾患の遺伝的背景を解明し、臨床に役立てることを目指して研究を進めています。「最近、IBD治療薬に対する日本人の患者さんに特有な副作用の遺伝的背景をジャポニカアレイで解析しました。ゲノムワイド相関解析の結果、NUDT15 遺伝子の単一の多型が相関することを確認し、この成果を検査薬開発につなげました」と角田氏は語ります。ジャポニカアレイは日本人のゲノム解析に特化した一塩基多型(SNP)アレイであり、東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)が日本人大規模ゲノム解析の成果をもとに開発しました。角田氏に、臨床研究におけるジャポニカアレイの活用とその可能性を伺いました。
多因子疾患へのゲノムワイドなアプローチ
「IBDは、遺伝的要因と環境的要因が関与する多因子疾患であり、発症には複数の疾患感受性遺伝子が関与すると考えられています。そのため疾患の遺伝的背景の解析には、ゲノムワイドなアプローチが必要ですが、多数のサンプルを全ゲノムシーケンスで解析すればコストもデータ量も膨大になります。これに対してアレイを使えば、解析コストを抑え、全ゲノムから選択された多数のタグSNPを使って一度にゲノムワイド相関解析が行えるメリットがあります。アメリカ留学中、欧米人のゲノムデータに基づいて作成された30万SNPを搭載したアレイで、韓国人IBDのデータを解析する機会がありました。しかし、そのアレイのSNPは免疫関遺伝子を中心に選んであり、しかも搭載されたSNPのうち6-7割はアジア人には存在していませんでした。その時、それまでに集めていた日本人の患者サンプル1,000人分の解析をするチャンスもあったのですが、その解析には適さないと考えて断念しました。そもそも欧米人で相関を示すNOD2の多型が日本人には存在しないなど、疾患感受性遺伝子は人種ごとに違いが大きいため、人種ごとの解析が重要です。欧米人向けに作られたアレイでは、日本人の解析は不十分だと思いました。日本人の解析には、日本人特有のSNPで解析する必要があると強く感じました」と角田氏は振り返ります。「ところが2014年に帰国すると、ToMMoがちょうどジャポニカアレイ開発の最終段階に入っており、同じ大学内でサンプルを解析する絶好の機会を得ました」と続けます。
全ゲノム情報の統計的再構成(インピュテーション)がもたらす威力
角田氏が使用するジャポニカアレイv1には、健康な日本人1,070名を対象とした全ゲノム解析から同定されたSNPのうち約66万SNPが搭載されています。この中に含まれるタグSNPは、アレイでの解析結果をもとに未搭載のSNPについても統計的に補完できるよう選択された目印となるSNPです。このアレイを使えば、日本人の全ゲノムシーケンスデータを基に擬似的な再構成(インピュテーション)で、ゲノムワイドに1,000万SNPを解析できます。「実際にIBDの治療に用いられる薬剤(チオプリン)の重篤な副作用と相関するSNPを解析したところ、インピュテーション後に強く相関するSNPを検出できました(図)」と話します。「このSNPは、2014年にすでに韓国の研究グループが同定していますが、彼らは欧米人のSNPアレイを使ったためかなり苦労した様です。私たちはジャポニカアレイを使って、大変効率よく検出できました。インピュテーションを使うことで、日本人特有の0.5%程度のレアなSNPも検出できそうです。今回の結果を基に開発した検査薬も近日中に利用可能となります」と研究の成果を迅速に臨床に応用した過程を説明します。
[ジャポニカアレイによるチオプリン副作用と相関するSNPの解析]
チオプリン服用歴があるIBD患者316名のマンハッタンプロット。左はインピュテーションなし、右は有り。A・Bは染色体全体を示し、赤線は有意レベル、青線は候補レベル。C・Dは、13番染色体NUDT15遺伝子付近のズームアップ 。NUDT15R139C多型が、インピュテーション後に、最も高く(トップヒット)有意に検出されました(消化器病学サイエンス2018年6月1日号より)。
ジャポニカアレイを基に臨床研究を活発化させる
角田氏は、最近、IBD患者が合併することが多い骨粗鬆症について、骨密度と相関するSNPを同定し、報告しました。「IBDは一度発症すると一生付き合っていく疾患ですが、ジャポニカアレイで一回解析しておけば、調べたい病態に合わせて何度でも遺伝的背景を調べることができます。臨床医の視点で病態に応じて患者さんを振り分け、様々な視点で臨床研究が行えるはず。例えば前述の論文では、骨密度を再度、正確に測り直して、アレイのデータと照らし合わせ、相関解析を行いました。今後、この疾患に対する新薬がいくつか発売される予定がありますが、薬効に関しても、同じように効率よく相関解析を行っていきたいと思っています。またIBDに限らず、他の疾患でも薬効に関わる薬物代謝酵素の評価は役立つはずです。少しでも患者さんに役立つ研究を目指す、臨床研究にジャポニカアレイは適していますね」。角田氏は、全国規模でIBD患者さんのゲノム解析データーベースを構築することを視野に入れつつ、研究を進めています。
日本人のゲノム解析に特化したSNPアレイ
ジャポニカアレイ
ジャポニカアレイ®は、東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)が構築した「全ゲノムリファレンスパネル」を基に作成された日本人向けのゲノム解析ツールであり、簡便なGWAS(ゲノムワイド関連解析)を可能にします。人種間で遺伝子多型の頻度が異なることが知られていますが、ジャポニカアレイは日本人に特徴的なSNP配列を1枚のチップに搭載することで、高精度かつ短時間の遺伝子多型解析が行えます。またその解析結果から、約30億塩基の全ゲノム構造を疑似的に再構成(インピュテーション)できるように設計されています。
※ジャポニカアレイ®は国立大学法人東北大学の登録商標であり、COI東北拠点の実装成果です。
ライフサイエンス情報誌「NEXT」
当記事はサーモフィッシャーサイエンティフィックが発刊するライフサイエンス情報誌「NEXT」2018年7月号からの抜粋です。
NEXTのバックナンバーはこちら
研究用にのみ使用できます。診断目的およびその手続き上での使用はできません。