多分化能幹細胞(分化複能性幹細胞)とは?
多分化能幹細胞とは、あらゆる幹細胞と同様に長期の自己複製能を持ち、特定の機能を持つ特殊化した細胞に分化することのできる、特殊化していない細胞です。多分化能幹細胞は、多能性幹細胞(PSC)とは異なり、様々な細胞タイプへの分化能が限られています。誘導された分化細胞は数も限られています。それゆえ、成体幹細胞、より正確には体性幹細胞と呼ばれる細胞は、多分化性であると考えられます。なぜなら、分化能が特定の1つまたは複数の細胞種に限られているからです。例えば、骨髄内の多分化能幹細胞は全ての血液細胞タイプに、脳内の神経幹細胞はグリア細胞および神経細胞に分化可能ですが、 他の細胞には分化できません。しかしながら、間葉系幹細胞(MSC)として知られる多分化能幹細胞は、いくつかの細胞タイプに分化することが可能です。この特殊な幹細胞は、骨、筋肉、軟骨、脂肪および他の類似した組織に分化することが確認されています。
成体幹細胞は、脳、歯、骨髄、末梢血、骨格筋および精巣などの様々な組織における幹細胞ニッチに存在します(図3.1)。成体幹細胞は、組織を維持するためにさらなる細胞が必要とされる通常のニーズによって、あるいは修復が必要とされる疾患や組織損傷によって活性化されるまでの長期間にわたり休止(未分化)状態が維持されます。成体幹細胞は、長年にわたり、骨髄移植を介する白血病の治療、ならびに脳および脊髄損傷の治療に対する多くの前臨床試験および臨床試験において使用されています。
多分化能幹細胞のキャラクタリゼーション
間葉系幹細胞
間葉系幹細胞は、数十年前に初めて骨髄から採取され、多様な機能を果たしている可能性が in vitro および in vivo で示されました*1。MSCは骨髄における幹細胞ニッチに寄与し、平滑筋、脂肪細胞、骨、および軟骨の発達と修復に寄与し、通常、大部分の組織および器官の柔組織に寄与していると考えられます(図3.2)。MSCはた、多様な成長因子、ケモカイン、およびサイトカインを分泌することにより重要な栄養機能を発揮し、細胞増殖、血管新生、抗アポトーシス、および抗炎症反応を誘導します。間葉系幹細胞研究の進歩によって、これらの幹細胞が免疫調節療法(すなわち、移植片対宿主病やクローン病の予防)などの様々な臨床アプリケーションおよび骨や軟骨などの間葉組織のための細胞置換療法において、どのように使用可能かについて明らかにされると考えられます。MSCは、骨髄、脂肪組織、血液、真皮、胎盤、臍帯、骨格筋、および乳歯などの様々な組織から分離されてきました。これらの様々なMSC集団は形態(不均一性)、成長、および分化能において相違があるにも関わらず、細胞には共通に持つ特性が存在します。International Society for Cell Therapy (ISCT) の提案する in vitro 培養細胞のキャラクタリゼーションに基づく基準*2では、MSCは、細胞表面マーカーCD73、CD90、およびCD105を発現し、CD34、CD45、CD14、HLA-DR、CD11b、およびCD79aを発現しないとされています。
in vivo の表現型研究において、MSCはCD146、Stro-1、CD90、CD105、CD44、およびCD73が陽性、CD45、CD11b、およびCD14が陰性であることが明らかにされました(図 3.3)。弊社は、MSC用一次抗体を提供しています。多くのISCTによって同定されたヒトMSCを定義するためのポジティブマーカーとネガティブマーカーが含まれます(表3.1)。
ヒトMSCは、適切な培養条件下で、脂肪細胞(脂肪)、軟骨細胞(軟骨)、および骨芽細胞(骨)に分化する能力を持ちます(図3.4)。
骨髄由来のMSCは、デスミン、β-ミオシン重鎖、心筋α-アクチン、および他の筋肉細胞マーカーを発現する筋細胞(筋肉細胞)などの他の中胚葉由来の組織にも分化する能力を持ちます。Wnt/β-カテニン経路および TGFβ/Smad 経路は、MSC 分化の調節において重要な役割を果たしていることが知られています。Wnt/β-カテニン経路は、骨芽細胞増殖および軟骨分化を抑制することによる骨格形成の促進において極めて重要です。しかしながら、TGFβ経路は MSC における遺伝子発現をアップレギュレーションし、軟骨分化を促進します*3。表3.2に、様々な間葉細胞系統から誘導され得る様々な細胞タイプの代表的なマーカーおよび弊社が提供している代表的な抗体をまとめています。
造血幹細胞
造血幹細胞(HSC)は、Bリンパ球およびTリンパ球、ナチュラルキラー細胞、樹状細胞、単球、血小板、ならびに赤血球などの血液のあらゆる細胞タイプに分化する多分化能幹細胞です(図3.5)。造血の変動は、白血病、リンパ腫、および貧血などの様々な疾患と関係していることが指摘されてきました。HSC移植および造血細胞の注入は、白血病や他のタイプの血液疾患の治療に幅広く臨床的に使用されています。HSCは骨髄、末梢血、および臍帯血に存在します。ヒト白血球抗原適合ドナーの不足と移植可能な細胞数が限られていることは、HSCの治療への使用の妨げとなります。近年のリプログラミング技術およびヒトPSCからの造血分化の進歩は、造血発生を研究、血液疾患をモデリングし、移植およびがん治療用として免疫学的に適合する細胞を作製するための新しい機会を提供してきています*4。
PSCからHSCを分化誘導するためのプロトコールは現在最適化が行われていますが、ヒトPSCからの造血細胞分化は、 in vivo での胚の造血と類似した分化段階を経て成熟することが知られています(図3.6)。簡潔には、中胚葉誘導によってBrachyury、APLNR、およびKDRなどの初期中胚葉マーカーを発現する細胞の生成に続き、造血における系統が決定され、GATA2およびSCLを発現する血液血管性中胚葉前駆細胞が誘導されます。続いて、CD34を発現する造血幹細胞、CD43をアップレギュレーションする造血前駆細胞(HPC)、および成熟造血細胞が発生します(表3.3)。
HSCは、精製や顕微鏡による可視化が困難な小さい非接着性細胞です。一般的に、HSCは静止状態において、様々な細胞表面抗原をターゲットとする10~14種類の抗体パネルを使用するフローサイトメトリーによって同定されます。例えば、マウスHSCは、Lin–(細胞系マーカー)、Sca-1+(幹細胞および前駆細胞の推定マーカー)、cKit/CD117+(SCF受容体)、およびTie-2+(内皮細胞および造血細胞において発現されるチロシンキナーゼ受容体)によって定義されるのに対し、ヒトHSCは、CD34+、CD59+、Thy1/CD90+、CD38lo/–、cKit/CD117+、Lin–、およびCD43+という特性を持ちます(図3.7および表3.3)。
参考文献:
1. Murphy MB, Moncivais K, Caplan AI (2013) Mesenchymal stem cells: environmentally responsive therapeutics for regenerative medicine. Exp Mol Med 45:e54.
2. Dominici M, Le Blanc K, Mueller I et al. (2006) Minimal criteria for defining multipotent mesenchymal stromal cells. The International Society for Cellular Therapy position statement. Cytotherapy 8(4):315–317.
3. Williams AR, Hare JM (2011) Mesenchymal stem cells: biology, pathophysiology, translational findings, and therapeutic implications for cardiac disease. Circ Res 109(8):923–940.
4. Lim WF, Inoue-Yokoo T, Tan KS et al (2013) Hematopoietic cell differentiation from embryonic and induced pluripotent stem cells. Stem Cell Res Ther 4(3):71.
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