多能性幹細胞(PSC)の重要なアプリケーションの一つに細胞療法があります。この記事では、慢性肝疾患、糖尿病、神経変性疾患治療研究に活用できる、PSCおよびその分化誘導体を解析するためのキャラクタリゼーションについて紹介します。
胚体(胚性)内胚葉、肝細胞、および膵β細胞のキャラクタリゼーション
慢性肝疾患および糖尿病は、全世界の罹患者数がそれぞれ600万人および300万人以上に及ぶ疾患です。ドナー細胞の不足と質の低さから、移植可能な組織に対する需要が着実に増加してきており、PSCから誘導された移植可能な肝細胞およびβ細胞は罹患者の治療に非常に有望視されています。in vitro での PSCからの機能的な成熟肝細胞および膵β細胞の分化誘導は困難であるにも関わらず、近年、機能的グルコース応答性インスリン分泌β細胞1,2やいくらかの肝機能活性を有する肝細胞様細胞3の形成を可能とする連続的な分化ストラテジーが報告されています。PSCは、まずSOX17、FOXA2、およびCXCR4を発現する細胞が数多く含まれる胚体(胚性)内胚葉に誘導されます(図4.1および表4.1)。膵臓系統では、胚体(胚性)内胚葉から原腸管(HNF1b+/FoxA2+)、前腸後部(PDX1+/HNF6+/SOX9+)が形成され、続いて初期膵臓前駆細胞(PDX1+/NKX6.1+)が含まれる膵臓内胚葉が形成されます。PDX1(膵臓ホメオドメイン転写因子)(図4.2)およびNKX6.1(ホメオボックス転写因子)は、膵内分泌前駆細胞を形成する多能性前駆細胞のキーマーカーです。膵内分泌前駆細胞は、最初にNGN3を発現し、続いてNEUROD1およびNKX2.2の発現を誘導します。その後、PDX1+/NKX6.1+/NEUROD1+内分泌細胞は、インスリン+/グルカゴン–/ソマトスタチン–の未熟β細胞に分化し、最終的にUCN3、MAFA、およびC-ペプチドなどの成熟β細胞マーカーも発現する成熟β細胞に分化します。これらのPSCから誘導されたβ細胞は、グルコース刺激に応答してインスリンの分泌およびCa2+の流入を導くことが報告されていることから、機能的なβ細胞であることが示唆されます。肝臓系統では、人工誘導PSC(iPSC)-由来肝細胞様細胞(iHLC)は、胚体(胚性)内胚葉からの段階的な分化を経て形成されます。まず、前腸・肝に特殊化された内胚葉(HHEX+、HNF1B+、およびFOXA2+)となり、続いて肝芽細胞(α-フェトプロテイン+、CK14+、およびProx1+)となり、その後、アルブミン、α1-アンチトリプシン、およびα-フェトプロテインなどのプロトタイプの肝細胞マーカーを発現するiHLCに成熟します(図4.1および表4.1)。
成熟ヒト肝細胞とは異なり、iHLC では、CYP3A4 および 2A6 などの重要な解毒酵素の発現量が低くなります。現在、iHLCをさらに成熟させて、機能的肝細胞へ分化誘導するためのストラテジーの開発が進められています。
神経系統
近年における幹細胞生物学、神経科学、およびリプログラミング技術の理解の進歩は、不治の神経変性疾患およびニューロン損傷の有望な治療を開発するための研究の新しい道を切り開きました*1 。 幹細胞は、自己複製し、分化した細胞を生じさせる能力を持つため、中枢・末梢神経系の障害および損傷に対する幹細胞補充療法は罹患した神経組織にニューロンや他の神経細胞を再配置させるように働きます。この目的を達成するための主要なストラテジーの一つは、神経幹細胞の内在性再生能力を活性化することによって、あるいは神経細胞または胚細胞を移植することによって、神経系の正常な発達を再現することに狙いを定めています。
哺乳類のニューロン新生は、神経外胚葉の誘導に始まり、神経板が形成された後、それが隆起してヒダとなり神経管が形成されます。これらの構造は、神経上皮前駆細胞(NEP)の層から形成されます。NEPは迅速に原始神経幹細胞(NSC)に変換されます*2。NSCは自己複製能を持つ多分化性前駆細胞で、成体などの中枢神経系に存在します。NSCおよび神経前駆細胞は、発生中にわたって存在し、成体神経系にも存在し続けます。複数のクラスのNSCは、互いに分化能力、サイトカイン反応性、および表面抗原特性が異なることが確認されています。in vitro で、多能性幹細胞(PSC)から誘導されたNSCは、転写因子SOX1、SOX2、PAX6、およびVI型中間系フィラメントタンパク質ネスチンなどの特定の一連のマーカーを発現することで特徴付けられます(図5.1)。SOX1は、初期のニューロン新生の引き金となり、NSCを未分化状態に維持する機能があります。SOX2は、キー転写因子で、PSCおよびNSCの自己複製特性を維持します。PAX6は、ニューロン新生初期に神経外胚葉マーカーとして機能します。NSCは一度樹立されると、PAX6を発現し続けても、その細胞運命は特定の神経サブタイプに限定されます*3。ネスチンも、CNSの発達初期の間に発現しますが、NSCが分化し、成熟ニューロンやグリア細胞になると消失します。
ニューロンの分化中、NSCは進行性の細胞系譜の制限を受け(図5.2)、グリア前駆細胞(CD44+/A2B5+)が形成され、アストロサイト(GFAP+)(図5.3)およびオリゴデンドロサイト(Galc+およびO4+)となります。細胞系譜の制限における他の分岐には、ドーパミン作動性(DA)ニューロン(図5.5)、GABA作動性(GABA)ニューロン(図5.6)、および運動ニューロンなどの様々なタイプのニューロン(図5.4)の形成につながる神経系統の経路があります。NSCの単離法、PSCからのNSCの誘導法、および in vitro での増殖法の開発における進歩は、NSCを基礎的な発達研究や細胞療法のための有望なツールとして使用することを可能としました*2。
PSCからDAニューロンなどの特定の神経細胞サブタイプに直接誘導するための様々な分化誘導プロトコールも開発されてきています*4。 これらのアプローチは、研究対象の疾患に関連する特定のタイプのニューロンの生成を可能とします。
神経障害における幹細胞の使用に対する需要は高まっているにも関わらず、対処すべき重要な課題が存在します。例えば、高品質の神経サブタイプを一貫して産生するように最適化されたシステムが必要とされています。NSCのキャラクタリゼーションを通して、神経パターン形成および中枢神経系に寄与する3つの主要な細胞タイプ(すなわち、ニューロン、アストロサイト、およびオリゴデンドロサイト)の形成(表5.1)、ならびにそれらをサポートする微小環境に対する理解を深めることは、臨床的成功の可能性を向上させるのに極めて重要です*1。
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参考文献:
1. Ichida JK, Kiskinis E (2015) Probing disorders of the nervous system using reprogramming approaches. EMBOJ 34(11):1456–1477.
2. Gage FH, Temple S (2013) Neural stem cells: generating and regenerating the brain. Neuron 80(3):588–601.
3. Zhang X, Huang CT, Chen J et al. (2010) Pax6 is a human neuroectoderm cell fate determinant. Cell Stem Cell 7(1):90–100.
4. Kriks S, Shim JW, Piao J et al. (2011) Dopamine neurons derived from human ES cells efficiently engraft in animal models of Parkinson’s disease. Nature 480(7378):547–551.
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