▼もくじ
はじめに
エクソソームは脂質二重膜に包まれた細胞外小胞で、産生細胞由来の核酸やタンパク質などが内包されています。この内包物は“cargo (カーゴ)”と呼ばれ、他細胞に伝達され、さまざまな効果を誘導することが確認されています。このエクソソームを介した細胞間コミュニケーションは近傍の細胞だけでなく、血液中を循環することにより離れた位置の細胞へも情報を伝達することができます(参考文献1)。
エクソソームは胚発生、免疫応答、組織再生、血管恒常性維持作用、さらにがんを含むさまざまな疾患の発症など、幅広い生理学的および病理学的プロセスに関与していることが示されています(参考文献2-5)。現在、エクソソーム研究は、生体内における機能の探究から、より実用性の高い診断や治療への応用に向けた研究に移行しており、ここ数年で飛躍的に研究が進められています。
エクソソームは身体中のあらゆる生体液中に存在しています。エクソソーム中のRNAプロファイルやプロテオーム解析がさかんに行われ、さまざまな疾患の早期発見や病態モニタリングのバイオマーカーとして期待されています。
生体液サンプルから簡単に高収量のエクソソームを安定的に回収することは、こうした研究には必須です。ここでは簡便に高収量のエクソソームが回収できる方法としてポリマー沈殿法をベースとした当社製品 Invitrogen™ Total Exosome Isolationシリーズについて紹介します。
エクソソームの回収方法
“ポリマー沈殿法”をベースとしたTotal Exosome Isolationシリーズの紹介
エクソソームの回収は、エクソソームのサイズ、形状、密度、電荷、および膜表面の特性に基づいて、以下のようなさまざまな方法が開発されています:
- 超遠心法
- ポリマー沈殿法
- 限外ろ過法
- サイズ排除クロマトグラフィー
- イムノアフィニティキャプチャー(磁性ビーズ)
- マイクロ流体分離技術
この中で最も一般的に使用される方法は“超遠心法”です。エクソソーム回収法の“ゴールドスタンダード”として評価されており、遠心力を変えて数回の遠心を繰り返した後、100,000xg以上で遠心してエクソソームをペレット化します。この工程はトータルで数時間を要します。低コストでエクソソームを回収できますが、操作が煩雑なため多くのサンプルを一度に処理することが難しくハイスループットの処理には向きません。また操作工程でのロスが大きいため、少量の生体液からの回収にも適していません。
シンプルな操作で高収量のエクソソームを回収できる方法として、”ポリマー沈殿法“が挙げられます。超親水性ポリマーを添加することで、エクソソーム表面の水分子を奪い取り、エクソソームの溶解度の低下を利用し低速の遠心で回収します。操作がシンプルなため多くのサンプルを同時に処理することが可能であり、スループット性という点で現実的な手法と言えます。微量サンプルでもロスを最小限に回収することが可能です。特別な機器も必要ないので、これからエクソソームの研究を始める研究者には適した手法と言えます。
ポリマー沈殿法の欠点として夾雑物の残存が挙げられます。タンパク質、タンパク質複合体、リポタンパク質、核タンパク質、ならびにウイルスやその他の粒子が共沈されてしまう点が指摘されています(参考文献6)。そのため回収したエクソソーム量をタンパク質量で換算する方法は正確性に欠け、カーゴタンパク質の解析の際には夾雑成分に配慮する必要があります。しかしながらカーゴ核酸の解析では夾雑成分の影響は少なく、カーゴ核酸の解析に有効です。

ポリマー沈殿法の原理
当社のTotal Exosome Isolationシリーズはポリマー沈殿法をベースとした試薬です。さまざま生体液のそれぞれの特徴に合わせ、前処理、ポリマーの添加量、インキュベート条件(温度/時間)、遠心条件(遠心G、時間、温度)を綿密に最適化し、夾雑物の持ち込みを最小限に抑え、最大の収量が得られるようにデザインされています。
Total Exosome Isolationシリーズはスタートの生体液および培養上清に合わせて専用の試薬とプロトコルを用意しています:
- 血清:Invitrogen™ Total Exosome Isolation Reagent (from serum) + “PDF 血清(serum)サンプルからのエクソソーム回収”
- 血漿 : Invitrogen™ Total Exosome Isolation Kit (from plasma) + “PDF 血漿(plasma)サンプルからのエクソソーム回収”
- 尿 : Invitrogen™ Total Exosome Isolation Reagent (from urine) + “PDF 尿(urine)サンプルからのエクソソーム回収”
- 脳脊髄液(CSF)、腹水、羊水、乳、唾液 : Invitrogen™ Total Exosome Isolation Reagent(from other body fluids) + “PDF その他の体液サンプル(CSF、腹水、羊水、母乳、唾)からのエクソソーム回収”
- 培養上清 : Invitrogen™ Total Exosome Isolation Reagent(from cell culture media) + “PDF 培養上清からのエクソソーム回収”
操作のTips:
- 凍結サンプルを用いる場合は、25~37℃にセットしたwater bath中で完全に融解させ、融解後は氷中に置きます。
- スタートサンプル量をマニュアルに指示されている規定量以上の量にスケールアップする場合、回収効率が低下する可能性があるため条件を検討する必要があります。主には遠心時間の延長で対応します。
- 固定式のアングルローターを用いて遠心処理した場合、エクソソームペレットはチューブの側面の広い領域にスメアーな状態で回収されることが予想されます。そのため回収後、PBSやbufferで懸濁するときに、ペレットが形成されると思われるチューブ間壁の広い領域を対象に懸濁を行います。このような状態で回収されるペレットは目視で確認できないこともありますので、ペレットが見えなくとも同様な処理を行ってください。
- スイングバケットロータ―を用いて遠心処理を行った場合、ペレットはチューブの底の部分に形成されます。
結果と考察
Total Exosome Isolationシリーズ vs. 超遠心法
回収されたエクソソームのサイズ確認
エクソソームのサイズは30~100 nmと非常に小さく一般的な顕微鏡で確認することは難しいため、エクソソームの回収確認には、Nanosight™ 機器または電子顕微鏡を用います。両機器ともに10 nm程度のナノ粒子を観察することが可能です(エクソソーム濃度の測定は、電子顕微鏡では難しく、現行ではNanosight機器などが必要です)。
Nanosight 機器を利用する場合も、正確で再現性の高い濃度測定ができるように、サンプル中のエクソソーム濃度が2 × 10E8~8 × 10E8/mLの濃度になるように希釈を行うことをお薦めします(例:一回目の測定で、回収したエクソソームの濃度が8 × 10E9/mLであった場合、10倍希釈して再度測定する)。
以下はTotal Exosome Isolationシリーズで回収したエクソソームと、超遠心法で回収したエクソソームをNanosightで観察した結果です。回収された小胞体粒子のサイズ分布は両法とも300 nm未満であり、30~150 nmの典型的なエクソソームのサイズ範囲にありました。
エクソソーム収量
エクソソームの収量はNanoSightを用いて確認しました。血液(血清・血漿)中には大量のエクソソームが存在しているため100 µLのスタートサンプル量でも相当量のエクソソームを回収できます。Total Exosome Isolation Reagent(from serum)を用いた場合、100 μLのスタートサンプルから1.5~3 × 10E11個のエクソソームが回収されました。一方、超遠心法で回収した場合1.5~5×10E10個程度の収量でした。Total Exosome Isolation Reagent(from serum)では、超遠心法と比較して最大10倍程度の収量のエクソソームが回収できており、収量では優位な結果が得られました。血液以外の生体液についてはTotal Exosome Isolation Reagent で回収した場合1 mLのスタートサンプル量から10E8~10E11個程度のエクソソームが回収されました。その他の生体液についても超遠心法より高い収量が得られました。
培養上清サンプルは、細胞株の違いだけでなく培養条件によっても回収量が変動します。私どものテストでは、T175フラスコで30 mLの培地(エクソソーム除去済みFBSを添加)で培養した約2 × 10E7個のHeLa細胞由来の培養上清1 mLをスタートサンプルとした場合、Total Exosome Isolation Reagent(from cell culture media)を用いると約4~8 × 10E9個のエクソソームが回収できることを確認しました。一方、超遠心法を用いると約2~4 × 10E9個のエクソソームが回収されました。培養上清サンプルにおいてもTotal Exosome Isolation Reagent を用いた方が2倍以上の収量が得られました。
ウェスタンブロッティングによるエクソソーム回収の確認
エクソソームの表面タンパク質(CD63、CD81およびCD9)がエクソソームのマーカーとして広く利用されています。回収したものがエクソソームであることを、ウェスタンブロティングでも確認できます。Total Exosome Isolationシリーズで回収したエクソソームと、超遠心法で回収したエクソソームともにCD63およびCD9陽性であり、両方ともエクソソームが回収できていることを示しています。

HeLa 細胞培養培地 (a)、(b) および血清 (c)、(d) 由来サンプル中のエクソソームマーカータンパク質 CD63 および CD9 のウェスタンブロット分析:Total Exosome Isolation Reagentまたは超遠心法のプロトコルで分離されたエクソソームを 4 ~ 20% Tris-Glycine ゲルで分離し、抗CD63および抗CD9抗体を用いた標準的なウェスタンブロット手順を使用して、エクソソームタンパク質マーカーを検出しました。
miRNAのリアルタイムRT-PCR法による確認
エクソソームのカーゴRNAとして安定的に高いレベルで存在すると報告された5種類のmicroRNA(miR16、miR24、miR26a、miR451、let7e)(参考文献7)をリアルタイムqRT-PCR法で確認しました。1反応当たり3 µLの血清または30 µLの細胞上清に由来するカーゴRNA【Invitrogen™ Total Exosome RNA and Protein Isolation Kitで精製】を添加してqRT-PCR反応を行った結果が以下になります。血清、細胞上清サンプルともに5種類のmicroRNAはCt値25~33で検出されました。Total Exosome Isolationシリーズで回収したエクソソームと超遠心法で回収したエクソソームでは、いずれのmicroRNAも3 Ct程度 シフトしており、感度の高い結果が確認されました。この結果はエクソソーム回収効率を反映しています。

リアルタイムqRT-PCR による HeLa 細胞培養上清 (a) および血清 (b) 由来のエクソソームのカーゴ miRNA レベルの解析: Total Exosome Isolation Reagentまたは超遠心法のプロトコルで分離されたエクソソームからTotal Exosome RNA and Protein Isolation Kitを用いてTotal RNAを精製しました。5 つの microRNA (miR16、miR24、miR26a、miR451、および let7e) のレベルは、Appliedd Biosystems™ TaqMan™ miRNA アッセイおよび専用試薬を使用しqRT-PCRによって定量化されました。
まとめ
エクソソームの回収にはいくつかの方法があり、それぞれに長所・短所があります。エクソソームとその他の小胞体を明確に分類できる指標が少ないため、エクソソーム回収の普遍的な方法の開発は非常に難しいです。
過去のデータとの整合性を維持するため、エクソソームの回収方法を統一する必要がありますが、多様な科学的・臨床的研究への応用のためには、操作が簡単で、低コスト、複雑で高価な機器を必要とせず、短時間で多数のサンプルからエクソソームを分離できる方法を選択する必要があります。
ポリマー法をベースとするTotal Exosome Isolationシリーズは、こうした必要性に応え得る手法と言えます。カーゴタンパク質の解析では課題があるのですが(リンク:https://www.analyteguru.com/t5/Scientific-Library/A-Comparative-Proteomics-Study-of-Six-Serum-Exosome-Isolation/ta-p/8749)、カーゴ核酸(RNA/DNA)の研究への適用が期待できます。
当社ではRNA抽出やリアルタイムPCR、他にも細胞培養、ウェスタンブロッティングなど、実際に実験(実習)を行いつつ学べる各種ハンズオントレーニングを開催しています。その中で今回のような実験結果もご紹介していますので、これから新しい実験を始められる方、より理解を深めたい方はぜひご参加ください!
参考文献
- Mercedes Tkach and Clotilde Thery, Communication by Extracellular Vesicles: Where We Are and Where We Need to Go, Cell 2016; 164、1226–1232
- Isola A., Chen S. 2016. Exosomes: The messengers of health and disease. Curr. Neuropharmacol. 15, 157–165.
- Lin Y., Anderson J.D., Rahnama L.M.A., Gu S.V., Knowlton A.A. 2020. Exosomes and extracellular vesicles in cardiovascular physiology exosomes in disease and regeneration: Biological functions, diagnostics, and beneficial effects. Am. J. Physiol. Heart Circ. Physiol. 319 (6), H1162–H1180.
- de Toro J., Herschlik L., Waldner C., Mongini C. 2015. Emerging roles of exosomes in normal and pathological conditions: New insights for diagnosis and therapeutic applications. Front. Immunol. 6, 203.
- Dai J., Su Y., Zhong S., Cong L., Liu B., Yang J., Tao Y., He Z., Chen C. 2020. Exosomes: Key players in cancer and potential therapeutic strategy. Signal Transduct. Targeted Ther. 5, 145.
- Konoshenko MY, Lekchnov EA, Vlassov AV, Laktionov PP. Isolation of extracellular vesicles: general methodologies and latest trends. Biomed Res Int. 2018; 2018:8545347
- H. Valadi, K. Ekstrom, A. Bossios, M. Sjostrand, J. J. Lee, and J. O. Lotvall, Exosome-mediated transfer of mRNAs and microRNAs is a novel mechanism of genetic exchange between cells, Nature Cell Biology, vol. 9, no. 6, pp. 654–659, 2007.
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。
Nanosight is a trademark of Malvern Instruments Ltd.