西オーストラリア大学医学部の Tim Inglis博士は、細菌に対する抗生物質耐性検出のFAST法(flow cytometry-assisted antimicrobial susceptibility test)を開発し、主に敗血症と抗菌薬耐性に関係した研究に従事しています。
今回は、Invitrogen™ Attune™ NxT Flow Cytometerを使用したFAST法の特徴について、Inglis博士へのインタビューをご紹介いたします。
▼こんな方におすすめです!
・フローサイトメトリー技術により、抗菌薬感受性試験の大規模・高速処理を行いたい方
・オートサンプラーとの組み合わせにより、細菌感染症の臨床検査を自動化したい方
Attune NxT Flow Cytometerを使用した抗菌薬感受性試験(FAST)
あなたがこの分野の研究に惹きつけられたのはいつですか?
私がこの分野の研究に惹きつけられたのは、私の同僚が液体中のブドウ球菌の凝集について非常に初期のフローサイトメーターで作業していた1980年代半ばにさかのぼります。それ以来、私は細菌学へのフローサイトメトリーの応用に長年興味を持っていました。
最近、新しい方法が公開されました。あなたの論文内容について説明していただけますか?
私たちが公開した新しいテスト技術は、FASTとして知られています。これは、flow cytometry-assisted antimicrobial susceptibility test、または略してFASTです。これは、アコースティックアシストによるフローサイトメーターを用いて、抗生物質にさらされた細菌の応答を迅速に測定する方法です。
この重要性を説明できますか?
重要なのは、精度とスピードの組み合わせです。精度については主に、世界中の臨床検査室で使用されている標準的な方法と同じ精度を達成することですが、重度で侵襲性の細菌感染はタイムクリティカルな救急医療であるため、はるかに短時間で検査判定する必要があります。医師は、数時間または数分で答えが返ってくるのを2〜3日待ちたいとは思わないでしょう。そのため、FAST法は、はるかに短時間で同じ精度を達成するため、非常に重要な技術です。
FAST法に関して、次の課題は何ですか?
これには3つの重要な課題があります。1つ目は、ハイスループットを推進して自動化することです。これにより、臨床検査室が期待するように、サンプルの処理をはるかに大規模に行うことができます。2つ目は、抗菌薬と細菌の組み合わせのレパートリーを拡大することで、私たちはすでにそれに取り組んでいます。3つ目は、手順を簡素化し、臨床検査室の技術スタッフが簡単に使用できる形式にすることです。
フローサイトメトリーのワークフローと、研究でフローサイトメトリーをどのように使用するかについて教えてください。
フローサイトメトリーを研究で最初に使用したときから、私たちは主に発見のプロセスに焦点を合わせてきました。Attune NxT Flow Cytometerを使用することで、感受性試験をより最適化する方法を発見しました。つまり、検体や細菌の処理・洗浄方法、さらに、どの様な蛍光色素による染色方法であれば、フローサイトメーターのさまざまなチャネルで検出できるかについて、新しい開発につながりました。次に、抗生物質を添加することで、フローサイトメトリーにより短時間で変化を検出できます。
フローサイトメーターによる測定プロセスが完了したら、次にデータ解析に進みます。これにより、感受性細菌と非感受性細菌を明確に区別できます。また、デジタル顕微鏡を使用することで、進行中のプロセスに関して主観的洞察を得ることができます。フローサイトメトリーは臨床微生物学者にとって伝統的な手法ではないため、微生物学者は従来の顕微鏡観察法だけに固執しがちです。このようにフローサイトメトリーを研究のワークフローに組み込むことは重要であり、この技術のおかげで、私の同僚はFAST法に関する最初の論文発表にたどり着くことができました。
フローサイトメトリーは、従来から使用されている感受性試験ツールではありません。フローサイトメトリーの導入がどれほど困難または簡単であったか、そしてなぜこの方法を選択したのかについて、教えていただけますか?
フローサイトメトリーへの移行の難しさは、1980年代半ばから私が個人的に経験してきたことです。当時利用可能だった初代機器は、感受性試験には明らかに適していませんでした。少数の専門家が、抗菌薬感受性試験にフローサイトメトリーを使用すべきであると提案し始めたのは1990年代になってからのことです。それでも、従来のハイドロダイナミックフォーカシングによるフローサイトメーターの精度は、臨床試験で違いを生むような信頼できる結果を得るのに不十分でした。
私たちはそれらの障壁のいくつかを克服しなければなりませんでした。測定スピードに関する障壁は、細菌サイズ範囲の精度、バックグラウンドノイズの問題、粒子状物質による汚染にまつわるものでした。障害のいくつかは、分子診断を行う研究者の間にも共通しています。それらは完全に同じではありませんが、問題の質と大きさはよく似ていました。
それ以来、これらの問題が解消されてくるにつれて、先に述べた抗菌薬と細菌の組み合わせによるテストレパートリー拡大が迅速に進んでいます。
研究内容およびFAST法におけるAttune NxT Flow Cytometerの役割についてコメントいただけますか?
Attune NxT Flow Cytometerの使用は、研究開発プロセスにおいて重要な役割を果たしたと言っても過言ではありません。アコースティックフローサイトメトリーがなければ、ここまでの研究レベルに到達することはできなかったでしょう。Attune NxT Flow Cytometerの精度のおかげで、単一細胞レベルで細菌を分析する際の大きな障害を克服することができました。
さらに、さまざまな波長の蛍光色素を使ってより詳細な解析をするために、複数の蛍光チャネルを搭載しています。まずSYTO 9の単染色から始めてみて、いくつか非常に良い結果が得られました。そこに複数の蛍光チャネルを組み合わせることで多重染色が可能となり、はるかに広範囲の試験にも対応できるようになりました。
Attune NxT Flow Cytometerは、あなたの研究における重要なブレークスルーまたはイノベーションをもたらしたと思いますか?
Attune NxT Flow Cytometerは、過去30年間の研究の中で、明らかに重要なブレークスルーをもたらしました。日常的にフローサイトメトリー研究に従事する者や、フローサイトメトリーを使用したいと願う臨床細菌学者でさえも、技術の限界には不満を感じていると言えます。
Attune NxT Flow Cytometerのおかげで、単一細胞レベルで細菌を解析できるようになりました。そして、さまざまな蛍光色素と組み合わせることで、分子生物学、特にリアルタイムPCRによって設定された境界をはるかに超えて、従来の研究手法にとどまらない細菌学の潜在的研究のレパートリーを拡大しました。
いわゆる、”bacterial cytomics”の研究分野が徐々に定着し始めており、Attune NxT Flow Cytometerはその中の重要なテクノロジーと言えます。
サーモフィッシャーサイエンティフィックとの提携について、どのように満足していますか?
過去4年間にわたるサーモフィッシャーサイエンティフィックとの協働作業は非常に満足しています。私たちは3年半前に提携協定を結び、初期段階、あるいは偶発的で予期しなかった発見段階から進展し、最近では、私たちの技術が海外の著名な研究所に採用されるレベルに到達しました。これは、西オーストラリアのように地理的に孤立した場所に拠点を置く私たちのようなグループにとっては非常に珍しいことです。私たちのコラボレーションは、少なくともこの地域では非常に珍しいものであり、かつ非常に生産的なものでした。
FAST法のワークフローについて説明していただけますか?
私たちが行う作業は、主に細菌を培養し、Attune NxT Flow Cytometerによって最小限のバックグラウンドノイズで解析できる溶液でそれらを懸濁し、次に細菌を抗生物質に曝露します。この細菌を蛍光色素で染色することで、フローサイトメーターによる測定ができるようなります。
プレインストールされたソフトウェアを使用して解析し、一連のゲート集団を設定します。次に、これらのゲート集団についてさらに下流の解析を行い、抗生物質への応答としての細菌集団のサイズ、形状、および蛍光強度の変化を理解します。
Attune NxT Flow Cytometerで検証しているのは、さまざまな濃度の抗生物質への曝露によって引き起こされる細菌の変化です。これは、MIC(最小発育阻止濃度、minimum inhibitory concentration)決定のための従来の培養試験法と非常に似ていますが、はるかに高速に処理できます。エンドポイントがより明確に決定されることで、少なくとも、従来の微量液体希釈法と同等、あるいはある意味でより高い正確性をもつと、私たちは信じています。
従来法と比較して、FAST法を実行すると時間差はどのくらいですか?
FAST法によるMIC決定と微量液体希釈法によるMIC決定の時間差は、現時点では国際標準で約18〜24時間です。通常、国際標準で24時間かかるケースが、われわれの方法では手作業によるサンプル処理を含めて3時間弱です。もちろん、その一部は抗生物質への曝露時間であり、ワークフローに組み込まれています。感受性のブレークポイントといった定性的な結果であれば、わずか30分程度で得ることができます。さらに自動化により、手作業によるサンプル処理の一部を、ワークフローから明らかに削除できます。将来のある時点で、必要に応じて、標準の操作手順が簡素化され、ワークフロー全体の時間が短縮されることを期待しています。
現時点では、私たちの方法はクラス最高であると認識しています。私たちはこの分野を先導していくことを望んでおり、現在使用しているシステムをさらに改善できると信じています。
テストにはどのようなサンプルを使用していますか?
私たちが現在入手しテストしているサンプルは細菌懸濁液です。規制基準を満たすために、これらは細菌のストックカルチャーコレクション(ATCC)から回収されています。私の同僚の一人、Kieran Mulroneyは、CAPD腹膜炎患者から採取した無菌検体への適用に関して、国際会議ですでに発表しました。私たちは将来、臨床検体へのFAST法の直接適用を検討できるようになると信じています。少なくとも現時点では、検査基準と期待に応えるために、一次分離株に対する取り込みを行っています。一次分離株は固体または液体から回収され、それらの微生物を洗浄してから、FAST法による感受性試験を行います。
あなたは基礎研究を臨床試験に応用することに非常に深く関わっています。簡単に説明していただけますか?
もちろん。基礎研究から応用に至るまで、実際には非常に長いプロセスになることがよくあります。新規の抗菌薬感受性試験プロセスを採用することは、臨床検査室に新たなイノベーションをもたらしますが、FDAやTGA(Therapeutic Goods Administration)などの規制当局が定める基準によって特定の段階で制限されています。私たちはそれらの規制基準を満たす必要があり、そのためには、仕事に使う機器のトレーニングを行い、進むべき道を自分自身が納得しているだけでなく、試験方法を適切に文書化する必要があります。しかもそれは、代表的な細菌分離株のコレクションで広範囲に検証する必要があります。私たちはすでに1組の抗菌薬/細菌に対して試験を行い、それについて論文発表しました。現在は、その最初の発表に関わった同僚と協力して、さらに独立した試験方法の検証を進めています。次に、私たちが取り組んでいるすべての抗菌薬/細菌の組み合わせに対して検証を行う必要があります。
これらの検証基準を満たすことの重要性を理解するためには、臨床検査環境や病理検査サービスでこの種の作業を行うことの臨床的メリットとニーズに真の焦点を合わせる必要があります。
これは大仕事であり、私たちが目指す着地点に鋭く焦点を絞る必要がありますが、臨床トランスレーショナルリサーチグループとして、私たちがここで行う作業の大部分を占めています。
Attune NxT Flow Cytometerの何が一番気に入っていますか?
Attune NxT Flow Cytometerで私が最も気に入っているのは、その精度と処理速度です。機器機能のより多くの側面を発見するにつれて、さらに気に入った点を列挙することができますが、やはり重要なのは従来のハイドロダイナミックフォーカシングによるフローサイトメーターでは両立できない速度と精度です。
アッセイにおけるAttune NxT Flow Cytometerの利点は何ですか?
Attune NxT Flow Cytometerの主な利点は、細菌の粒子サイズにも適応できる精度であり、さまざまなパラメーターを用いて正確な細胞解析を実行できることだと思います。したがって、サードパーティーのソフトウェアで簡単に解析できるファイル形式で取得データを迅速に抽出し、さらなる高次元解析に進めることができます(参照論文:Mulroney and Hall, et al.)。
他にどのような臨床検体を使用していますか?
私たちはさまざまな臨床検体を扱っていますが、私たちが最も注目しているのは血液培養検体です。侵襲性感染症の研究には血液培養検体が必要です。敗血症の被験者からも、血液培養検体を採取します。
通常、私たちの研究所では、検体が陽性と診断されるまでに平均18時間かかります。検体採取後、抗菌薬感受性の結果が明らかになるまでに2〜3日かかる場合もあります。
FAST法を使用してパイロット研究を実施したところ、血液培養で30種類の陽性検体のうち、すべてにおいてグラム陰性菌が正確に検出できました。
最も重要なことは、最終的な感受性試験の結果を得るまでに、これよりも1日または2日間、さらに時間を短縮できることです。私たちはFAST法に関する最初の報告で示したカルバペネムをはじめ、さまざまな静脈内抗生物質に対して時間短縮を実現することができました。私たちは今、この結果を臨床応用、特に侵襲性感染症に適用開始できると確信しています。
菌血症患者に適切な抗生物質投与を開始するのが1時間遅れることで、死亡率が8%増加することを考えると、これらの技術進歩が患者の命を救うことにつながります。
ワークフローでオートサンプラーを使用していますか?
Attune NxT Flow Cytometerの測定は、これまでほとんど手作業によるサンプル処理で行われていましたが、最近オートサンプラーが使えるようになり、より高スループットの測定が可能となりました。自動サンプリング機能を使用することで、近い将来、臨床検査室がFAST法またはその改良版を採用し、より多くの臨床検体を処理できるようになると期待しています。
今後、この研究分野に期待することは何ですか?
細菌感染症研究におけるフローサイトメトリー技術への期待に応えるために長い時間を費やしてきましたが、私たちは2つの重要なこと達成しました。1つ目は、FAST法、つまりフローサイトメーターによるさまざまな感受性試験を臨床検査室に向けて素早く導入したことでさまざまな変化をもたらし、例えば感受性試験に要する時間を大幅に短縮することができました。それが、世界の主要な関心事である抗菌薬耐性(antimicrobial resistance, AMR)の悲惨な拡大と戦う上で重要であると私たちは考えています。
2つ目の重要なことは、細菌培養に依存しない診断テストに向けたフローサイトメトリー技術の応用です。このおかげで単なる抗菌薬感受性試験以上の結果を得ることができます。例えばこの技術によって、抗菌薬感受性を決定するだけでなく、細菌の存在を検出し、それらの細菌数を正確に数え上げて識別することが可能になるでしょう。これは私たちの何人かが1980年代から大胆に追い求めてきた夢ですが、当時はまだ、そのためのツールがありませんでした。現在は、それらのツールが私たちの手の届くところまで来ています。感染症診断の分野で分子生物学が進歩したのと同じレベルまで、”bacterial cytomics”または”bacterial flow cytometry”の研究開発が次の5年間で進展することを楽しみにしています。ありがとうございました。
この研究はFAST Lab(西オーストラリア生物医科学部とPathWest医学研究室のコラボレーション)で実施され、Lab Without Walls、Rotary、西オーストラリア保健局、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、英国NESTAの支援を受けています。
まとめ
・Attune NxT Flow Cytometerを用いたFAST法の導入により、従来の抗菌薬感受性試験に要した時間を大幅に短縮することができました。
・細菌感染症研究において、従来の細菌培養法では不可能だった検査スピードと精度の両立、単一細胞レベルでの解析が実現できるように。
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