ゲノム編集の初心者Aさんによる「初めてのゲノム編集実験」。
第1回、第2回、第3回を通して、Cas9やガイドRNAの供与方法と特徴を学んだAさんは、Protein法を利用してトランスフェクションを始めようとしています。
ゲノム編集のトランスフェクションにはどういう試薬があるのか?ポイントはどこで、どのように選べばよいのか。Aさんと先輩の会話を聞きながら学んでいきましょう。
▼もくじ
ゲノム編集のトランスフェクション方法は主に3種類
Aさん:
Cas9とガイドRNAを用意しました!
この2つを細胞にトランスフェクションしたいです
先輩:
そうだね。では問題です。トランスフェクションにはどういう方法があるでしょうか?
Aさん:
リポフェクション法と…、あと何でしたっけ?
ゲノム編集のCas9とガイドRNAのトランスフェクションには、Aさんも知っていたリポフェクション法を含め、主に3種類の方法があります。
<リポフェクション法>
カチオン性脂質導入法とも呼ばれます。カチオン(プラス電荷)を持つ脂質と核酸の複合体を形成させ、細胞に添加する方法です。特別な機器を使用しないため、比較的安価でトランスフェクションができます。
<エレクトロポレーション法>
電気穿孔法とも呼ばれます。電気パルスにより細胞膜に形成した孔を介して、核酸などを細胞内に通過させる物理的な方法です。機器を使用しますが、導入効率が高くなりやすい手法です。
<ウイルス法>
リポフェクション法では導入困難な細胞やin vivoトランスフェクションによく用いられます。
3つのトランスフェクション法のうち、選ばれることが多いのはリポフェクション法です。理由は、簡便である上に、実績のある細胞も多いからです。ただ、もちろん万能ではありません。浮遊細胞や神経細胞などには、導入が難しい細胞が多いことも知られています。このような細胞にはエレクトロポレーション方法やウイルス法で導入すると効率が高くなります。
DNA法、RNA法、Protein法ごとに最適な試薬を使おう
Aさん:
簡単そうだし、リポフェクション法にします!
試薬がいくつかあるけど、どれがいいんだろ
先輩:
DNA方法、RNA方法、Protein法それぞれに適した試薬があるよ
リポフェクション法には、第3回でご紹介したゲノム編集の3つの方法、つまりDNA方法、RNA方法、Protein方法の3種類それぞれの方法に適した試薬があります。表1を参考にして、試薬を選択しましょう。
供与方法 | DNA方法 | RNA方法 | Protein方法 |
細胞内に入れるもの | CRISPR vector![]() |
ガイドRNA、Cas9 mRNA![]() |
ガイドRNA、Cas9タンパク質![]() |
リポフェクション法の試薬 | ![]() |
![]() |
![]() |
Aさん:
あっ!でもリポフェクション法で僕の細胞にちゃんと入るのかな?
先輩:
いいところに気がついたね!
そう、導入効率は細胞の種類によって大きく異なるんだ
そう、簡単だからという理由でAさんはリポフェクション法を選んだようですが、大切なのは「そもそもリポフェクション法でその細胞への導入効率が高いかどうか」です。導入効率は「細胞の種類」によって大きく変わるからです。表2、表3、表4に、それぞれLipofectamine 3000、LipofectamineT MessengerMAX、Lipofectamine CRISPRMAX Transfection Reagentの細胞ごとのトランスフェクション効率を示しました。使用したいリポフェクション試薬と細胞の組み合わせで、導入効率が何%くらいなのか、確認しておきましょう。
表2:Lipofectamine 3000 Transfection Reagentを用いたトランスフェクション効率
下表は一部抜粋です。ほかにも多くの細胞株の効率を調べていますので、こちらをご覧ください。
表3:Lipofectamine MessengerMAX Transfection Reagentを用いたmRNAのトランスフェクション効率
表4:Lipofectamine CRISPRMAX Transfection Reagentを用いてCas9 タンパク質とHPRT sgRNAを導入した場合の変異導入効率
表2~4に情報がなかった場合は、用いたい細胞でゲノム編集のトランスフェクション実績があるか、文献でも調べてみましょう。
先輩:
文献では、必ず「ゲノム編集の導入実績」を確認してね。
たとえばsiRNAのトランスフェクション方法がゲノム編集でも最適とは限らないよ
トランスフェクション効率が低いときの手段は?
Aさん:
表2や表4を見ていると、たとえばJurkatは導入効率が低いんですね。
こういうとき、どうすればいいんだろう?
先輩:
リポフェクション法で導入効率が低いときは、
エレクトロポレーション法か、ウイルス法がおすすめだよ
リポフェクション法でも導入効率が低い場合は、エレクトロポレーション法かウイルス法で導入効率が改善されることがあります。
まずは2つの方法の差、つまりエレクトロポレーション法とリポフェクション法の導入効率をそれぞれ見てみましょう。表5に、Protein法でおすすめのLipofectamine CRISPRMAX Transfection Reagentでトランスフェクションした結果と、エレクトロポレーション法でトランスフェクションしたときの変異導入効率をまとめました。
表5:Lipofectamine CRISPRMAX Transfection Reagentとエレクトロポレーション法の変異導入効率
エレクトロポレーション法の導入効率は、当社のInvitrogen™ Neon™ Transfection Systemを用いて確認しました。
たとえば表5の293FT、mESCの導入効率を見てみましょう。これらはLipofectamine CRISPRMAX Transfection Reagent でもエレクトロポレーションでも導入効率に大きな差はなく、どちらの方法でも70~80%以上の導入効率が得られています。しかし、例えばLipofectamineCRISPRMAX Transfection Reagent では19%しか導入されないJurkatでも、エレクトロポレーション法を用いると94%の導入効率が得られています。
このように、リポフェクション法でトランスフェクションが難しい細胞の場合、エレクトロポレーション法では高い導入効率が得られることがあります。なお、かつて、エレクトロポレーション法は細胞ごとに条件検討が必要で大変と言われていましたが、現在はNeon Transfection Systemのように100以上の細胞株に対して条件が最適化済みの装置もあります。こういった装置を用いれば迷わず実験を進められる安心感も得られます。
次に、ウイルス法では、あらかじめデザイン済みのガイドRNAをパッケージングしたレンチウイルス、およびCas9がパッケージングされたレンチウイルスも販売しています。デザイン済みのガイドRNAは、Gene Symbolなどを入力して、ターゲットに合ったものをデザインしましょう。
ただし、ウイルス法の導入効率も細胞によって大きく異なります。そのため、ゲノム編集の実験前に、GFP付きのポジティブコントロールとネガティブコントロールのgRNAレンチウイルスで導入効率をあらかじめ確認しておきましょう。

図1:GFP標識のポジティブコントロール(左)とネガティブコントロール(右)のレンチウイルスを導入したHT1080細胞
Aさん:
よし。準備も整ったしリポフェクション法でトランスフェクションするぞ! うまくいくといいなぁ
まとめ
ゲノム編集のトランスフェクションは、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、ウイルス法の3種類がよく利用されています。リポフェクション法はDNA法、RNA法、Protein法それぞれに適した試薬があるので、それを選びましょう。注意点はどのトランスフェクション方法も細胞によって導入率が異なる点です。しっかり実績を調べて実験に臨みましょう。
次回は、Aさんも心配している、「うまくいったかどうか」、つまり、変異の導入効率を評価する方法についてご紹介します。
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