やってみた結果
- ぬるい温度のウォームスタートだとDNAポリメラーゼをしっかり活性化できなかった。
- ウォームスタートの温度が低いほどCT値が低下してしまい定量実験に適さなかった。
はじめに
ホットスタート技術では、DNAポリメラーゼを修飾することで室温でのDNAポリメラーゼ活性を抑制します。このことにより、室温で反応液を調製しても、非特異的な増幅を回避でき安定した結果を得られます。
前回は、化学修飾のホットスタート技術を採用しているApplied Biosystems™ AmpliTaq Gold™ DNA Polymeraseを対象に、DNAポリメラーゼ活性化に必要な時間について検討し取扱説明書通りの時間が必要であることを確認しました(【やってみた】リアルタイムPCRのホットスタート酵素をホットせずにスタートしてみた)。では、同じ時間なら温度は少しくらい低くても大丈夫なのでしょうか?今回はDNAポリメラーゼの活性化を指定温度よりもぬるくした「ウォームスタート」で実験してみました。
材料と方法
AmpliTaq Gold DNA Polymeraseが含まれるマスターミックス試薬として、Applied Biosystems™ TaqMan™ Universal Master Mix II, no UNGを使用し、製品の取扱説明書に従い20 µL容量の反応液を調製しました。鋳型DNAとしてHeLa細胞から調製したcDNAを2 ng/well で使用し、Applied Biosystems™ TaqMan™ Gene Expression Assay(20x)にてGAPDHをターゲットにリアルタイムPCRを実施しました。DNAポリメラーゼ活性化の温度を製品の取扱説明書通りの95℃から、5℃刻みで70℃まで振ってGAPDH増幅のCT値によって活性化温度の影響を評価しました(n = 6のテクニカルレプリケート)。PCR部分も含めた反応条件は下記の通りです。実験にはApplied Biosystems™ QuantStudio™ 5 Real-Time PCR Systemを使用しました。
1. 95℃ or 90℃ or 85℃ or 80℃ or 75℃ or 70℃ 10 min
2. 95℃ 15 sec
3. 60℃ 1 min
※2~3を40 cycle反復
DNAポリメラーゼ活性化の温度は、区画ごとに独立して温度制御できる機能(VeriFlex)を利用することで、1度のランで6温度条件を同時に比較することができました(図1)。

図1 DNAポリメラーゼ活性化温度のリアルタイムPCRへの影響
結果と考察
それでは結果を見てみましょう。
DNAポリメラーゼ活性化の温度を標準の95℃から70℃まで振った実験の増幅曲線を確認します(図2)。製品の取扱説明書通りの条件である活性化温度95℃では、6反復の増幅曲線がきれいに重なり、ばらつきのかなり少ないデータであることが分かります。そこから活性化温度を5℃下げて90℃にしたところ、ばらつきはそれほど変わらなかったように見えます。さらに活性化温度を85℃、80℃、75℃、70℃と下げたデータを確認すると、温度が下がるとともにばらつきも大きくなったように見受けられました。

図2 DNAポリメラーゼ活性化温度のリアルタイムPCRへの影響
次に、増幅曲線とThreshold lineとの交点から算出されるCT値から、定量的なデータを確認してみます(図3)。標準となる活性化温度95℃では、図1の増幅曲線でも確認した通り、ばらつきの非常に小さいデータが得られました。活性化温度95℃と90℃を比較すると標準偏差CT SDに大きな違いはなくばらつきは同程度でしたが、CT値が1.3ほど大きくなりました。これは存在していたDNAの相対量としては2.5倍の差に相当します。さらに、活性化温度を85℃→70℃とより低くするにつれてCT値が大きくなり、標準偏差CT SDからばらつきも大きくなったことが分かりました。
ここで少し考えてみましょう。前回の活性化時間の検討では、活性化時間0 minでDNAポリメラーゼを活性化せずともPCR反応が進みました。これはおそらく、95℃ 15 sec → 60℃ 1 min を40サイクルというPCR反応を繰り返すうちに化学修飾が外れたからだと考えられました。今回、活性化温度が指定温度よりも低い「ウォームスタート」でPCR反応が進んだのも、同様の理由が考えられます。また、「ウォームスタート」の温度が95℃に近い方がCT値が低かったことから、それぞれの温度でもある程度は化学修飾を外す効果があったのではないかと思われます。

図3 DNAポリメラーゼ活性化温度とCT値
まとめ
いかがでしたか。
今回はホットスタート酵素のDNAポリメラーゼ活性化の温度について【やってみた】実験を実施しました。製品の取扱説明書に従って実験しないと、データがばらつくだけでなく、正しいCT値も得られないことをお示ししました。ホットスタート技術を利用するとDNAポリメラーゼ活性を抑制しておけるので、室温で反応液を調製しても非特異的な増幅を回避でき安定した実験結果を得ることができます。当社Applied BiosystemsブランドのリアルタイムPCR試薬のDNAポリメラーゼは、すべてホットスタート技術を搭載しております!試薬によってDNAポリメラーゼの活性化の条件が異なりますので、製品の取扱説明書をよく確認してから実験してくださいませ。
当社ではRNA抽出やリアルタイムPCR、他にも細胞培養、ウェスタンブロッティングなど、実際に実験(実習)を行いつつ学べる各種ハンズオントレーニングを開催しています。その中で今回のような実験結果もご紹介していますので、これから新しい実験を始められる方、より理解を深めたい方はぜひご参加ください!
今回の記事に関連するサイト:
PCR試薬と酵素の基礎知識
リアルタイム PCR(qPCR)ラーニングセンター
AmpliTaq Gold DNA ポリメラーゼ
【やってみた】 RNAをcDNAに逆転写する反応時間を超短くしてリアルタイムPCRで確かめてみた
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。