さて、第4回です。第3回に引き続き、実例を使ってベクターマップ解読の流れをご説明します。今回は哺乳類細胞以外の発現系用ベクターの例をご紹介します。
まず最初にベクターマップに含まれるエレメントについてできるだけ簡単にまとめた資料を載せますので実例と一緒にこちらを見ていただくとよりわかりやすいと思います。もし情報が足りない場合は最後に過去ブログのリンクをまとめましたので、こちらもご参照ください。
▼もくじ
ベクターマップに含まれるエレメントについて
過去ブログで何度かご説明済みですがより簡単にまとめてみました。

①~⑬の説明:
①大腸菌内で機能するorigin
②大腸菌内で機能する抗生物質耐性遺伝子
③目的遺伝子発現用プロモーター
④クローニングサイト
⑤融合タグ配列(この例はN末端タグ + プロテアーゼ切断配列)
⑥ポリA付加シグナル
⑦シーケンス用プライマーのプライミングサイト
⑧大腸菌以外の宿主用選択マーカー(主に抗生物質耐性遺伝子)
⑨プロモーター(⑧用)
⑩ポリA付加シグナル(⑧用)
⑪大腸菌用プロモーター(⑧用)
⑫機能上不要な配列(f1 ori)
⑬発現調節エレメント
例1:一般的な大腸菌発現用ベクター(N末端タグ付き)
目的遺伝子(GOI)を大腸菌で大量発現させるためにこのベクターを入手し、マップとマニュアルを見て使い方を考えているという状況を想定しています。マップは下記ですが、既に(ア)・(イ)の領域に分類済みです(このベクターは大腸菌以外の宿主では使いませんので(ウ)の領域はありません)。また、エレメントの一部にナンバーを付けました。数字はエレメント説明用の図と対応しています。できるだけ自力で理解を深められるのはいいことですが、何かわからないことなどあれば当社の製品ですので当社テクニカルサポートにお問い合わせください。

大腸菌の選別に使用する抗生物質は何がいいのか?
(ア)に”AmpicillinR”があるのでアンピシリンが使えることがわかります。ちなみに(ア)にある”rop”はorigin(pBR322 ori)の制御因子で、originの一部だと考えて問題ありません。また、ropが存在していてもマップに記載されていないケースが多いようです。
クローニングサイトはどこか?どのように遺伝子を挿入したらいいのか?
このベクターのクローニングサイトは④にあります。制限酵素サイトは並んでいませんが、切れ目が入っているのでわかりやすいと思います(下図参照)。

このクローニングサイトは当社独自のDirectional TOPO™クローニングベクターです。これらのクローニングサイトは、この位置で予め切断・線状化されているので制限酵素で切る必要はありません。ここにPCRで増やしたGOIをライゲーションします。ここでは製品の詳しい説明は控えますが、もしご興味があれば製品情報(製品番号:K15101)をご確認ください。また、シリーズ第1回のメモ3で少しだけ説明していますのでよろしければご参照ください。
なお、クローニングサイトによっては使用するPCR酵素の種類が限定されることがあります。Directional TOPOクローニングベクターのクローニングサイトの場合はいわゆるハイフィデリティーPCR酵素を使用してPCRを行うのが一般的です。つまり挿入する2本鎖DNA断片の末端が平滑であることが必須で、3’A突出が付くTaq DNAポリメラーゼは向きません。
タグ配列とGOIの読み枠を合わせるためにはどうしたらいいのか?
クローニングサイトの上流(T7プロモーターの下流・矢印の先の方)にRBS + ATG + 6xHis + V5 epitope + TEVというエレメントが存在します。翻訳はRBS(リボソームバインディングサイト、別名SD配列)の後のATGから始まります。この読み枠とGOIの読み枠を合わせる必要があります。予め切れ目が入ったベクターの場合はクローニングサイトにGOIの全長を入れれば問題ないことが多いです。つまり、ATG~ストップコドンまでのORF全長をそのまま入れることが多いです(C末端タグ配列と融合させる場合はストップコドンを除去)。
ただし、Directional TOPOクローニングベクターの場合は例外で、ATGの前にCACCという配列を付加する必要があるのでご注意ください(詳しくは製品マニュアルをご確認ください)。なお、GOIの最初のATGを残すとここから翻訳が始まる可能性を否定できないため、特に理由が無ければ最初のATGも省く方がベターだと思います。
タンパク質発現はどのように行うのか?
どのようにタンパク質発現を行うのかについてもベクターマップから読み取れます。まず、クローニングサイトの上流にT7 promoterがあり、下流にT7 terminatorがあるので、いわゆるpETシステムを用いた大腸菌発現系で使用できるベクターだということが分かります。つまり、T7 RNAポリメラーゼを誘導発現できるように改変されたBL21 (DE3)などの大腸菌を用い、IPTGを使って誘導発現するためのベクターであることがわかります。⑬’から発現するlacIタンパク質(ラックリプレッサー)が⑬のlacOエレメントに結合してT7プロモーターからのGOIの転写(mRNA合成)を阻害するが、IPTGを添加するとラックリプレッサーがlacOエレメントから外れてmRNA合成が開始されるというしくみです。
なお、BL21(DE3)などの大腸菌内ではT7 promoterからの転写に必須のT7 RNA polymeraseが合成されますが、これも同じしくみでIPTGにより誘導されます。よって、lacI、lacOエレメントを持たないベクターもありますがIPTGによる発現誘導は起こり、機能的に大きな問題はないようです。
例2:一般的な大腸菌用発現ベクター(N末端タグなし、C末端タグ付き)
先程と同じpETシステムを用いた大腸菌発現系用ベクターです。大きな違いはN末タグの代わりにC末タグ(6xHis)を付けられる点と、クローニングサイトが異なる点です。例1と同様(ア)、(イ)の2領域に分類済みです。各エレメントに付けた番号についても同様です。

大腸菌の選別に使用する抗生物質は何がいいのか?
(ア)に”AmpicillinR”があるのでアンピシリンが使えることが分かります。
クローニングサイトはどこか?どのように遺伝子を挿入したらいいのか?
④に3つだけですが制限酵素サイトが並んでいます(Xba I、Nsi I、Xho I)。ここにGOIを挿入します。この位置でベクターを切断・線状化し、DNAリガーゼを使ってGOIをライゲーションするというのが最も一般的な方法です。あるいはGibson等のシームレスクローニングで行うことも可能です。
なお、このベクターの場合、注意する点はこの後に示す2点です。また、それらを考慮するには以下のようなクローニングサイト周辺の塩基配列情報が必須です。6X Hisタグの読み枠を赤線で書き込み、翻訳終止コドン(Stop)を明示しました。

RBSからATGまでの距離が5~13塩基になるようにする
効率的な翻訳には、RBSから翻訳開始コドン(ATG)までの距離が重要です。所説ありますが5~13塩基が適切だと言われています。できるだけ距離が5~13塩基になるようにGOIを挿入してください。このベクターの場合、Xba Iサイト(TCTAGA)を使い、GOI配列をリンカー無しで直結するとRBSとATGの距離は6塩基(間に6塩基入る)です。なお、Nsi Iサイト(ATGCAT)を利用される場合は少し特殊な注意が必要です。Nsi Iサイト中にATGがあり、翻訳開始コドンとして機能するためです。Nsi Iサイトの下流にGOI配列、あるいはGOI配列からATGを除去した配列を直接つなぐことになりますが、Nsi Iサイト中のATGから翻訳が始まるため、ATGCATが翻訳されたメチオニン ヒスチジンが頭につきます。この場合もRBSとATGの間の塩基数は6ですが、このベクターの場合内部配列にXba IサイトがなければXba Iサイトを利用した方がよさそうです。
C末タグ(6xHis)と読み枠を合わせる・ストップコドンを除去する
例えばXba IサイトとXho Iサイト(CTCGAG)の間にGOIを挿入する場合についてです。Xho I配列をC末端の6xHisタグに合わせた読み枠で区切るとCTC GAGですので、ストップコドンを除去したGOIをリンカー無しでXho Iサイトに直結するとC末タグ(6xHisタグ)と読み枠が合います。もしC末タグを融合させたくない場合は遺伝子のストップコドンを残してください。なお、2か所で切断する場合、両サイトの距離が最低2塩基程離れている必要があります。このベクターの場合はXba IとXho Iの距離が6塩基以上慣れているので問題ありません。
タンパク質発現はどのように行うのか?
例1と同じpET系大腸菌発現用ベクターですのでタンパク質発現方法は全く同じです。
例3:昆虫細胞発現で使うバキュロウイルス作成用ベクター(Bac-to-Bac Baculovirus Expression System用)
昆虫細胞発現に使用する組み換えバキュロウイルス作成用ベクターです。組み換えバキュロウイルスを作成する方法は複数開発されていますが、このベクターは当社のGibco™ Bac-to-Bac™ Baculovirus Expression System用です。昆虫細胞で機能するポリヘドリンプロモーター(pPH)とバキュロウイルスゲノム(Bacmid)との組み換えサイト(Tn7R、Tn7L)があることが特徴です。なお、(ア)と(ウ)が二か所ずつあり複雑ですが、3領域に分類済みです。番号は先程の例と同様です。

大腸菌の選別に使用する抗生物質は何がいいのか?
(ア)に”AmpicillinR”があるのでアンピシリンが使えることが分かります。なお、実はゲンタマイシンも使用可能です。②’のゲンタマイシン耐性遺伝子(GentamicinR)の上流にプロモーターの記載がなく分かりにくいですが、何も記載がなければ大腸菌用のプロモーターが省略されている可能性が非常に高く、このベクターも然りです。
クローニングサイトはどこか?どのように遺伝子を挿入したらいいのか?
④にマルチクローニングサイト(MCS)がありますので、ここに制限酵素とDNAリガーゼを用いた方法、あるいはGibson等のシームレスクローニング法でGOIを挿入可能です。ベクターに融合タグ配列はありませんので、特に読み枠を合わせる工夫は必要ありません。MCSのどこでもいいわけですが、以下の基準で挿入場所を選ばれるのがお勧めです。
- GOIに存在しない制限酵素を選択(DNAリガーゼを使用する場合)
- ラボにある・安価な・多くのメーカーから販売されている制限酵素を選択
- できればMCSの上流と下流の二カ所(できるだけ余分な配列を残さない方が余計な可能性を考える必要がないので安心という程度の理由)
タンパク質発現はどのように行うのか?
当社のBac-to-Bac™ Baculovirus Expression System用ベクターですので以下の流れです。
- pFastBac1のような専用ベクターにGOIを組み込む
- 専用大腸菌(DH10Bac)に上記を導入し、大腸菌内部でGOIを組み込んだ組み換えBacmidを調製する
- 精製組み換えBamidを昆虫細胞へトランスフェクションで導入し、組み換えバキュロウイルスを作成
さらに詳しくお知りになりたい方は製品マニュアル(製品番号:10359016)をご確認いただくか、当社テクニカルサポートにお問合せください。
例4:酵母Pichia発現用ベクター
次はPichia pastorisという酵母を用いた発現系用ベクターの例です。Pichia pastorisは真核生物ですが比較的安価でかつ高発現を期待できるため、大腸菌発現系で可溶性発現が叶わなかった場合などに試されることが多いです。また、大腸菌と違い分泌発現が得意で、例えばサイトカインなどの大量調製で実績があります。ちなみにこのベクターは分泌発現用です。なお、①~③の領域に分類済みです。わかりにくいですが5’ AOX1がGOI発現用のプロモーターで、その下流のα-factorが分泌シグナルです。番号はエレメント説明の図と対応しています。

(ア)に抗生物質耐性遺伝子が見当たりません。その場合は焦らずに(ウ)を見てください。酵母用の耐性遺伝子ZeocinRの(矢印の頭が省略?されていてわかりにくいですが)上流に大腸菌用のEM7プロモーターがあることから、大腸菌の選別にもZeocinを使用できることがわかります。本ベクターのように、ベクターサイズを小さくするために大腸菌以外のホスト用選択マーカーと大腸菌用選択マーカーを共用しているケースはしばしば見受けられます。
クローニングサイトはどこか?どのように遺伝子を挿入したらいいのか?
④にマルチクローニングサイト(MCS)がありますので、ここに制限酵素とDNAリガーゼを用いた方法、あるいはGibson等シームレスクローニング法でGOIを挿入可能です。注意が必要なのはGOIの両側で読み枠を合わせる必要がある点です。つまり、以下のような図を参考にして、N末側の分泌用シグナルペプチド配列(α-factor signal sequence~Ste13 signal cleavage配列まで)とC末側の融合タグ(c-myc epitope + polyhistidine tag)の両方とGOIの読み枠を合わせる必要があります。もちろんC末端タグを融合させない場合はGOIのストップコドンを残し、かつ読み枠は気にする必要はありません。図にはN末側の読み枠を赤線、C末側の読み枠を青線で示しました。翻訳はα-factor signal sequenceの頭のATGから始まります。
※クリックして画像を拡大
なお、どうしてもGOIのN末端に余計な配列を付けたくない場合にとる方法について以下に簡単に説明します。
例えばEcoR Iサイト(GAATTC)にGOIをクローニングする場合はGAA TTC GOI配列となり、GOI配列のN末にGlu Pheの2アミノ酸が付加されます。できるだけGOIのN末に何も付けたくない場合のお勧めの方法は以下の通りです。
- ベクターをKex2 signal cleavageの少し上流のXho Iサイトで切断(MCSにも一つXho Iサイトがある点要注意)
- GOIの5’末にPCRでXho IからKex2 signal cleavageサイト(AAA AGAまで)を付加
- 上記をXho Iで切断したものをベクターにライゲーション
上記の方法で行うと、Kex2 singal cleavageの直後にGOIが挿入され、Kex2によるプロセシング(切断)がうまくいけば、GOIのN末端に余計な配列が付かないことになります。
タンパク質発現はどのように行うのか?
マップからどのように扱うかを読み取れますが、全くPichia発現系についてご存じない場合はお手数ですがマニュアルをご確認ください。また、不明点あれば当社テクニカルサポートをご利用ください。
以下に簡単に流れを説明します。
- ベクターのMCSにGOIをクローニング
- 5’AOX1の一か所で制限酵素切断→簡易精製
- Pichia pastorisにエレクトロポレーション等で導入
- Zocinで選別
- タンパク質発現(メタノールで誘導)
PichiaゲノムのAOX1サイト(メタノール資化に関わる酵素のプロモーター領域)に相同組み換えでベクター丸ごとを挿入します。ベクターを切らなくても入るはずですが、効率を上げるためと、予期せぬ場所に入る確率を下げるために、予めベクターのAOX1配列上でカットすることをお勧めしています。形質転換後Zeocinで形質転換株を選別します。
最後に
2回にわたって、マップからベクターの使い方を読み取る方法をご説明しました。少しでもご参考になったでしょうか?
マップを見ると、手元のベクターがどんなものかだけでなく、扱い方や実験の進め方も読み取れます。言い換えると、マップはベクターを用いた実験のマニュアルで、マップから実験の進め方まで読み取る必要があるとも言えます。しかし、読み枠を合わせる場合などマップ以外の情報が必要になることもご理解いただけたかと思います。この4回のブログを通して、マップからベクターを扱う上での最低限の情報を読み取れるようになっていただき、その他必要な情報を製品マニュアルに探しに行けるようになればと思います。また、メーカーのテクニカルサポートも上手に活用してください。
また、ご利用いただく発現系についてご理解いただくことはベクターマップをより詳しく・スマートに理解するための早道です。そのあたりについてまた別のブログでお話でればと思います。
ご意見等ございましたら末尾のフォームでお報せください。
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本ブログに関連するリンク
- ベクターマップの読み方~クローニング・タンパク質発現で迷子にならないために 第1回 プラスミドベクターの構造とマップから分かること
- ベクターマップの読み方~クローニング・タンパク質発現で迷子にならないために 第2回 プラスミドベクターに含まれるエレメントリスト
- ベクターマップの読み方~クローニング・タンパク質発現で迷子にならないために 第3回 ベクターマップの読み方・実例集1
Zeocin is a trademark of InvivoGen.
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。




