「やってみたシリーズ アイデア募集イベント」に多くのご応募をいただきありがとうございました。(当選発表の記事はこちら)。ご応募いただいた内容を社内で検討し、トランスフェクション試薬のインキュベーション時間について(記事はこちら)、ROX補正について(第1弾・第2弾)、Blog記事を公開してきました。今回は、ROX補正の第3弾ということで、リアルタイムPCRの反応液中に気泡が残存しているとどうなるかを調べてみました。ROX補正シリーズは、ハンドルネーム “Narupiyo” さんからご応募いただいたアイデアです。“Narupiyo” さん、ありがとうございました!
はじめに
実験している時に、溶液中にできてしまう気泡が気になったことはないでしょうか?ピペッティングで溶液を混合したり、界面活性剤が含まれるような溶液を分注したりする時には気泡が発生しやすいかと思います。リアルタイムPCRの実験では、データのばらつきを少なくするために反応液を必要量まとめて調製し、それぞれのPCRプレートのウェルに分注することはよくやられているかと思います。この分注時に反応液を出し切ると、どうしても気泡ができてしまいます。気泡が入ったままでリアルタイムPCRを実施するとどのようなデータになるのでしょうか。実験結果に影響はあるのでしょうか。そして、反応液量の差や反応液の飛び散りの影響をかなり少なくすることができたROX補正は、反応液中の気泡には効果があるのでしょうか。今回はリアルタイムPCRの反応液中に入ってしまった気泡の影響についてROX補正できるかどうか調べてみました。
材料と方法
材料:
| リアルタイムPCR反応液 | (μL) |
| Jurkat cDNA(0.5 ng/μL) | 2 |
| TaqMan™ Fast Advanced Master Mix | 10 |
| TaqMan Gene Expression Assay (20x) 18S rRNA | 1 |
| Nuclease-Free Water | 7 |
| Total | 20 |
※ウェル間で調製誤差が生じないようにするため、必要本数分まとめて調製しました。
方法:
各ウェルに20 µLの反応液を分注し、マイクロピペットで反応液中に気泡を注入しました。気泡はウェルの底に1 µL、ウェルの底もしくは水面に4 µL注入しました(図1)。装置はApplied Biosystems™ ViiA™ 7リアルタイムPCRシステムを使用し、Fastモードに設定して下記条件でランを実施しました。それぞれの条件について、増幅曲線とCT値を比較しました(n = 12)。


結果と考察
それでは、リアルタイムPCRの結果を確認してみましょう。
まずは、気泡の影響を確認するため、ROX補正をOFFにした時の増幅曲線をご覧ください(図2上段)。ぱっと見た感じで、4 µLの大きめの気泡がウェルの底に入ってしまった条件で、増幅曲線に大きなばらつきがあることが見て取れました。同じ4 µLの大きめの気泡ですが、ウェル底にある場合と比較して水面に浮いている場合は影響は小さいことがわかりました。次に、ROX補正をONにした時の結果を見てみましょう(図2下段)。どの条件でも増幅曲線のばらつきがかなり小さくなりました。コントロールはROX補正のON/OFFにかかわらず、増幅曲線は12反復でほとんどばらつきなく重なり、1本だけのように見えました。

次に、もう少し定量的なデータを見てみましょう。それぞれの条件での12反復のデータを図と表で示しました(図3および表1)。ROX補正OFFのデータでは、増幅曲線での印象と同様、4 µLの気泡がウェルの底にあった条件がもっともばらつきが大きくなりました(図3左および表1.1)。次に1 µL(底)、4 µL(水面)という順でばらつきが小さくなりました。4 µLと気泡が大きいにもかかわらず、水面にある場合には影響が小さめなのは、PCR反応中に高温になった際にその場で破裂してなくなるからだと考えられます。しかし、ウェル底にある気泡は水中で破裂することができず、水面に浮かび上がってくるために増幅曲線やCT値がばらついたのだと予想されます。一方、ROX補正をONにすると、4 µLの気泡がウェルの底にあった条件でややばらつきが見られるものの、おおむね気泡の影響を補正することができました(図3右および表1.2)。


それぞれの条件でのCT値の最大値・最小値の差(表1のCT Max – Min)を確認することで、定量値としてどれくらいの差になるのかがわかります。つまり、CT値が1違うと定量値としては2倍、2違うと4倍、3違うと8倍の差があるというように計算できます。たとえば、4 µL(底)のデータは、CT Max – Min がもっとも大きく6.0でした。これを元に2の6乗を計算すると、64倍という数値が算出されます。このことは、4 µL(底)の12反復のサンプル間で最大64倍の定量値の差があったことを意味します。ウェルの底に4 µLの気泡が入ったままリアルタイムPCRの定量実験を行うと、ROX補正OFF場合は最大64倍もの定量値の誤差が生じてしまいますが、ROX補正ONの場合は1.5倍以下の誤差に抑えることができました。
では、気泡がある場合にはROX補正がどのように効果を発揮しているのでしょうか。4 µL(底)の条件でのマルチコンポーネントプロットを確認してみましょう(図4)。青いラインはFAM(ターゲット遺伝子)の蛍光強度、赤いラインはROX(マスターミックスに最初から含まれる)の蛍光強度を示しています。PCRは40サイクル実施しましたが、前半のサイクル(14サイクル以下)で蛍光強度の乱れが顕著でした。これは、ウェルの底にあった気泡に高温が加わったことで膨張し、気泡が破裂する際に反応液表面に浮かび上がったからなのかもしれません。マルチコンポーネントプロットではFAMの蛍光強度が乱れると、それに合わせるようにROXの蛍光強度も乱れているように見えます(図4右)。ROX補正では、反応液中に含まれるリファレンスとなるROXの蛍光強度で、FAMなどのレポーター色素の蛍光強度を割ることによりさまざまな誤差を補正しています(ROX補正の説明動画はこちら)。気泡がウェルの底に入っていた場合も同様に、気泡が動いたことでターゲット遺伝子の蛍光強度が乱れても、リファレンスとなる反応液中のROX蛍光色素の蛍光強度が同時にモニターされたことで、気泡の影響を補正することができました。

まとめ
いかがでしたでしょうか。
ROX補正シリーズ第1弾の反応液量のピペッティング誤差、第2弾の反応液の飛び散りに引き続き、第3弾として反応液中の気泡の影響をROX補正してみました。今回もROX補正が実験の正確性・精度向上につながる機能を有していることをお示しできたかなと思います。なお、気泡がウェルの底にある場合は、プレート遠心機などでスピンダウンしていただくと比較的簡単に水面に浮かせることができると思います。普段の実験では気泡があってもなくても、念のためぜひスピンダウンを実施してください。分注する際に気泡が発生しづらい、リピート法というピペッティングテクニックもありますので、お試しいただければと思います。
知らないの?とバカにされないための正しいピペッティング操作とテクニック
次回は、ROX補正シリーズの最終回として、PCRチューブやプレート上面の汚れを補正できるのかどうか検証した結果をご紹介する予定です。リアルタイムPCR装置では、ウェルの上から励起光を照射し、ウェルの上にある検出器で蛍光検出します。そのため、チューブのフタやシールが汚れていると定量結果に影響すると想像できます。どのくらい汚れているとどのくらい影響するのか、また、この汚れにもROX補正は有効なのか、やってみたいと思います。ROXシリーズ4部作の完結編、ぜひお楽しみに!
当社ではRNA抽出やリアルタイムPCR、他にも細胞培養、ウェスタンブロッティングなど、実際に実験(実習)を行いつつ学べる各種ハンズオントレーニングを開催しています。その中で今回のような実験結果もご紹介していますので、これから新しい実験を始められる方、より理解を深めたい方はぜひご参加ください。
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