【やってみた】リアルタイムPCRのチューブやプレートの上面が汚れていたら?油性ペンで塗ってROX補正してみた

「やってみたシリーズ アイデア募集イベント」に多くのご応募をいただきありがとうございました。(当選発表の記事はこちら)。ご応募いただいた内容を社内で検討し、トランスフェクション試薬のインキュベーション時間について(記事はこちら)、ROX補正について(ピペッティング誤差反応液飛び散り反応液中の気泡)、Blog記事を公開してきました。

今回は、ROX補正シリーズ4部作の完結編ということで、リアルタイムPCRのチューブやプレートの上面が汚れているとどうなるのか調べてみました。リアルタイムPCRでは、ウェルの上から励起光を照射し、ウェルの上にある検出器で蛍光を検出します。そのため、チューブのふたやプレートのシールが汚れていると定量結果に影響することが予想されます。上面が汚れていると実験結果にどんな影響が出るのでしょうか?その影響はROX補正できるのでしょうか?やってみました。

ROX補正のシリーズは、ハンドルネーム “Narupiyo” さんからご応募いただいたアイデアです。“Narupiyo” さん、ありがとうございました!

はじめに

リアルタイムPCRの実験手順を思い浮かべてみましょう。実験のデザインを練り、材料を準備し、調製した反応液をそれぞれのウェルに分注すれば、反応スタートまでもう一息です。チューブを使用する場合にはふたを閉め、プレートを使用する場合にはシールをします。実験する際にはグローブを装着しているかとは思いますが、リアルタイムPCRの蛍光検出方式を知っている方ならば、ふたやシールをベタベタ触って大丈夫なのか気になったことがあるかもしれません。それから、反応チューブやプレートシールの表面に油性ペンで線を引いたり、印を付けたりしている方はいらっしゃいますか?リアルタイムPCR装置使用時には、チューブやプレートに油性ペンで書き込むことは、絶対にやめてください!!その理由は、油性ペンでの書き込みが実験結果に影響する可能性があるだけではありません。PCR反応で高温になり、インクに含まれる蛍光物質が揮発して検出器に付着してしまうと、われわれメーカーのサービスエンジニアを呼んでいただき、メンテナンスが必要になる場合があるからです。どのウェルに何のサンプルが入っているのか目印を付けたくなるお気持ちは非常によく分かるのですが、そこはぐっと我慢していただき、あらかじめ96ウェル表などのメモを作って実験していただければと思います。

とはいえ、油性ペンのインクの影響、気になりますね。やってみました。
※今回の実験は、インクがチューブの外へ漏れて装置に影響しないように、十分注意して実施しております。

材料と方法

材料:

リアルタイムPCR反応液 (μL)
HeLa cDNA(1 ng/μL) 2
Applied Biosystems™ TaqMan™ Fast Advanced Master Mix 10
Applied Biosystems™ TaqMan Gene Expression Assay (20x) GAPDH 1
Nuclease-Free Water 7
Total 20

※ウェル間で調製誤差が生じないようにするため、必要本数分まとめて調製しました。

方法:リアルタイムPCRシステムは、Applied Biosystems™ QuantStudio™ 5 Real-Time PCR Systemを使用し、Fast モードに設定して下記条件でランを実施しました。チューブのふたにはApplied Biosystems™ MicroAmp™ Optical 8-Cap Strips を使用し、インクがウェルの外へ漏れないようにするために、ふたの内側に油性ペンでインクを塗りました(図1)。塗りつぶしの条件を3段階(塗らない・インク小・インク中)にふって、それぞれ12反復(n = 12)でリアルタイムPCRを実施して増幅曲線を比較しました。

条件:
1.95℃  20 sec
2.95℃  1 sec
3.60℃  20 sec
※2~3を40 cycle 反復

結果と考察

それでは結果を確認してみましょう。3段階のインク塗りつぶし条件で、リアルタイムPCR結果への影響を検証しました(図2および図3)。

まずはROX補正OFFの結果です。インクを塗らないコントロールと比較して、インクを塗ると増幅曲線が右へシフトしました(図2左下)。つまり、水平なthreshold line と増幅曲線との交点のサイクル数であるCT値が大きくなりました(図3左)。インク小よりもインク中の方がCT値が大きくなったことから、インクを塗ったことによって検出できる蛍光強度が低下したことが原因であると考えられます。

次にROX補正ONの結果です。インクを塗っても塗らなくてもほぼ同じCT値になり、増幅曲線がだいたい重なっていました。それぞれ12反復で実施しているので、36本の線が描画されていますが、CT値を算出するためのthreshold line との交点付近では、特にきれいに重なって1本のように見えています(図2右下)。また、CT値についてはでの差がかなり補正され、それぞれの条件内のばらつきも小さくなりました(図3右)。これらのことは、インクを塗ることによりFAM™・VIC™・SYBR® Greenなどターゲットの増幅を検出する蛍光強度が低下したとしても、試薬に元々含まれているROXの蛍光強度も低下するので、この点を考慮してインクの汚れをROX補正できることを示しています。

これらの結果から、チューブや反応プレート上面がインクで汚れていたとしても、ROX補正することで精度・正確性の高い定量値が得られることが分かりました。

ここまでの実験では、ウェル上面のふたの内側をインクで汚しましたが、インクを塗らない面積もある程度は残っている条件でした。では、インクで完全に塗りつぶしてみる(インク塗りすぎ条件)とどうなるでしょうか。ますます興味がわいたので実験してみました(図4および図5)。

まずはROX補正OFFの結果です。インクを塗らないコントロールと比較して、インクの条件ではなんとも頼りない感じの増幅曲線で、そのプラトーの高さがかなり低くなっていました(図4左下)。また、インク塗りすぎとコントロールの平均CT値の差は4.9程度とかなり大きいものでした(図5左)。これは、定量値としては約30倍の差として算出されてしまうことを示しています。通常、ターゲットのDNA存在量が少ない場合はCT値が大きくなりますが、増幅曲線のプラトーの高さが大きく変わることはほとんどありません。今回、増幅曲線のプラトーが低くなったのは、インクで塗りつぶしたためにそもそも蛍光を検出しづらくなっているからだと考えられます。

次にROX補正ONの結果です。なんでしょうか、これは…。増幅曲線が波打ってしまっていますし、補正され過ぎてプラトーの高さがコントロールよりも高くなってしまいました(図4右下)。さすがにここまでひどくインクで汚してしまうと、FAMについてもROXについてもきちんと蛍光を検出することができなくなってしまったようです。しかし、平均CT値を確認してみると、コントロールとインク塗りすぎの差は0.6程度と思ったほど大きくありませんでした(図5右)。このことから、蛍光検出面をインクで塗りつぶしてしまっても、どうにかこうにかROX補正していることが分かりました!

まとめ

いかがでしたでしょうか。

ROX補正シリーズ4部作の完結編ということで、リアルタイムPCRのチューブやプレートの上面がインクである程度汚れていてもROX補正できました。しかし、やはり油性ペンなどでの書き込みはお勧めできません。繰り返しになりますが、皆さまが実験される際には、油性ペンなどでチューブやプレートの表面に書き込みをすることは絶対にやめてください!!サービスエンジニアによるメンテナンスが必要になる場合があります。

このシリーズでは、ピペッティング誤差反応液飛び散り反応液中の気泡・インク汚れと、リアルタイムPCR実験で想定されるさまざまな誤差の原因についてROX補正してみました。ROX補正がリアルタイムPCR実験の正確性・精度向上につながる機能を有していることをお示しできたかなと思います。このシリーズは、2021年1月~3月に開催した「やってみたシリーズ アイデア募集イベント」にご応募いただいたアイデアにお応えするかたちで始まりました。元のアイデアは “Narupiyo” さんからご応募いただいたもので、シリーズ4部作としてブログにすることができました。“Narupiyo” さんアイデアをご応募いただき本当にありがとうございました!

読者の皆さまから、さらにこんな条件でROX補正してみてほしいとか、リアルタイムPCRに限らずこんな実験をやってみてほしい、といったご要望がありましたら下記の問い合わせフォームからお知らせください。まずは社内で検討させていただきます。

当社ではRNA抽出やリアルタイムPCR、他にも細胞培養、ウェスタンブロッティングなど、実際に実験(実習)を行いつつ学べる各種ハンズオントレーニングを開催しています。その中で今回のような実験結果もご紹介していますので、これから新しい実験を始められる方、より理解を深めたい方はぜひご参加ください!

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