感染症は、いまだに世界的に重大な問題です。昨今のSARS-CoV-2のパンデミックは、経済と個人の活動にダメージを与え、高齢者や基礎疾患をもつ方々に深刻なリスクをもたらしています。そのため、適切な管理・封じ込めができるように、感染の可能性がある人を迅速に検査することが重要です。
ウイルスを含む病原体の検出には、さまざまな遺伝子解析技術が用いられています。次世代シーケンサ(NGS)は、新しい生物や既知の株の新しい変異体を発見するのに適していますが、高度なサンプル調製とデータ解析のプロトコルが必要です。一方で、リアルタイムPCR(qPCR)法は、簡便なワークフローで、病原体の特定に必要なデータを得ることができる方法です。
実用化されている例は少ないですが、関連する病原体を一度にスクリーニングするマルチプレックスqPCR法が開発されています。しかし、マルチプレックスqPCR反応の容量は比較的小さいため、多数のターゲットや病原体を検出したい場合、スループットが制限されることがあります。そのため、多数のターゲットを同時に処理・分析できる、迅速で簡便、高感度な方法が求められています。
キャピラリ電気泳動によるフラグメント解析は、多数のターゲットを迅速に解析できる方法です。PCRアンプリコンの長さと5´末端に標識される蛍光色素が、各ターゲットに固有となるように設計することで、多数のターゲットを一度に検出できます。
蛍光標識したプライマーのセットをプール、PCR反応に供し、得られた異なるサイズのPCRフラグメントをキャピラリ電気泳動で分離・検出します。
キャピラリ電気泳動では、PCRフラグメントとサイズスタンダードを混ぜて同時に電気泳動することで、ターゲットのPCRフラグメントの長さを高い分解能で検出します。
ここでは、SARS-CoV-2を例として、病原性ウイルスから得られた複数のアンプリコンをフラグメント解析する簡単なワークフローを紹介します。
さらに、既知量のSARS-CoV-2 RNAゲノムを用いて、本手法の感度を解析します。プロトコルの詳細情報は、「Detection of RNA from SARS-CoV-2 using fragment analysis」をご参照ください。
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SARS-CoV-2フラグメント解析法の概要
キャピラリ電気泳動を用いたフラグメント解析による複数のアンプリコンの解析は、ヒトの同定、感染症や遺伝性疾患の研究、腫瘍の研究など、多くの異なるアプリケーションで広く用いられています。簡単に説明すると、このアプリケーションでは、適切なターゲットを選択した後、アンプリコンを150~500 ntの長さに設計する必要があります。また、各アンプリコンは、他のアンプリコンと少なくとも5 ntの差があるユニークな長さである必要があります。フォワードプライマーは5´末端を蛍光色素で標識し、リバースプライマーは非標識とします。その後、1本のチューブでcDNA合成とエンドポイントPCRができるような試薬(例えば、Applied Biosystems™ TaqMan® Fast Virus 1-Step Master Mix)を用いてRT-PCRを実施し、得られたPCRフラグメントをキャピラリ電気泳動で分離します。予想されるサイズに病原体由来の断片が出現するかどうかで、試料中の病原体の有無を判断することになります。そして、ピークの高さは、サンプル中の病原体の存在量を示す半定量的な指標となり得ます。
SARS-CoV-2を例にとって、この方法を説明していきます。ウイルスゲノムの3つの異なる領域、ヌクレオカプシドタンパク質(N)遺伝子、スパイクタンパク質(S)遺伝子、およびorf1-abを標的とするプライマー(フォワードプライマーにはVIC™ dyeを修飾)を設計しました。cDNA合成以降の手順のコントロールとして、Applied Biosystems™ VetMAX™ Xeno™ Internal Positive Control(IPC)RNAを使用しました。
また、テンプレートとしてDNAフラグメントを別途合成し、BEIより精製ウイルスRNAゲノムを入手しました。RT-PCRは、プライマープール(各終濃度80 pM)、TaqMan Fast Virus 1-Step Master Mix、0.5 µL VetMAX Xeno IPC RNA、1 ngヒトゲノムDNA(少量サンプルの吸着などのサンプルロスを防止するためのオプション)を混合したウイルス核酸の試料を用いて10 µL反応中で実施されました。アンプリコンは Applied Biosystems™ Veriti™ Veriti 96-Well Fast サーマルサイクラーまたは ProFlex™ PCRシステムで生成し、Applied Biosystems™ SeqStudio™ ジェネティックアナライザまたは 3500 ジェネティックアナライザ で解析しました。結果はApplied Biosystems™ GeneMapper™ ソフトウエアで解析しました。
SARS-CoV-2フラグメント解析法の妥当性試験
SARS-CoV-2の非感染性の合成DNAフラグメントと精製ウイルスRNAゲノムを用いて、この方法の妥当性を検証しました。まず、段階希釈した合成DNAフラグメントとRNAコントロールをテンプレートとして用い、RT-PCR以降の系が有効かを検証し、3種類のターゲット(N、S、orf1-ab)が検出されることを確認しました。
予想通り、蛍光レベルは鋳型の投入量の減少に伴い減少し、orf1-abは2コピー/反応では検出されませんでした。No Template Control(NTC、0コピー)はSARS-CoV-2フラグメントサイズの範囲内でピークを生成せず、VetMAX Xeno RNAコントロールはすべてのサンプルで逆転写され検出されました。
また、精製ウイルスRNAゲノム50コピーでも3つのウイルス由来のフラグメントを確認することができました。
これらの結果より、このプライマーの組み合わせは、SARS-CoV-2断片をマルチプレックスに増幅することが可能であることが示されました。
フラグメント解析法の信頼性を高めるために
フラグメント解析法の最適化のためには、目的とする生物/菌株を特異的に検出し、ターゲット以外の増幅を最小限に抑えるようにプライマー配列を選択する必要があります。プライマー候補の配列をデータベースの配列とBLAST検索することが一般的によく行われています。また、PCRのアニーリング温度を検討することで、非特異的な増幅を抑えることができる場合もあります。一方で、もし非特異的な増幅が見られたとしても、それが計画されたサイズに増幅・検出されることはまれであると考えることもできます。
もう一つ考慮すべき点として、さまざまな菌株を最大限に検出できるようにすることにあります。目的の病原菌に特化したデータベースが存在するのであれば、プライマーが目的の菌株群を検出するかどうか確認することができます。
配列の類似性を調べることで、潜在的な交差反応の情報を得ることができますが、遺伝的に類似したサンプルを用いてin vitroで交差反応が生じないことを確認することも同様に重要です。例えば、SARS-CoV-2であれば、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)のサンプルを用いて検証することが考えられます。
このように、in silicoでの検証に加えて、病的または遺伝的に関連した生物に対して交差反応がないことをin vitroで検証することにより、得られた陽性結果が意図した病原体の存在によるものであるという確信をより得ることができます。
SARS-CoV-2フラグメント解析法の検出限界
検出限界(LOD)の確立は、解析法の性能を評価する上で重要です。LODはさまざまな方法で定義されますが、一般的に用いられる指標は、少なくとも95%のサンプルで真の陽性検出ができる濃度です。LODを決定する簡単な方法としては、段階希釈サンプルを解析しておおよそのLODを求め、その近似値の上下の濃度を複数回解析してその濃度を検証する方法です。例えば、SARS-CoV-2のウイルスRNAゲノムを用いた妥当性試験において、5~10コピー程度検出できるのでは、と予想することができます。そこで、0、2、5、10コピー/反応のサンプルを準備し、各コピー数で24回ずつ解析しました。
Negative、Indeterm.(Indeterminate)、Positiveは以下のように定義しました。
この結果より、10コピーにおいて、95%以上の確率で検出できることが確認できました。2コピーや5コピーでも検出できましたが、IndeterminateやNegativeの割合が増えていました。したがって、この解析法は2~5コピーも検出できる場合もあるが、95%以上の確率で真の陽性検出が確認できた10コピーをLODと決定することができます。ただし、他の病原体やプライマーセットでは異なる結果が得られるかもしれません。したがって、LODは解析法ごとに決定する必要があります。
SARS-CoV-2フラグメント解析法の定量性
病原体を検出する解析法を構築する際には、陽性シグナルが定量的に検出できるサンプルの濃度範囲を考慮しなければいけないかもしれません。しかし、病原体の検出には、必ずしも病原体の量を正確に把握する必要はなく、サンプル中に病原体が存在するかしないかを知るだけで十分な場合もあります。フラグメント解析に基づく手法のダイナミックレンジを決定する方法を検証するために、SARS-CoV-2の2×106コピー/反応から2コピー/反応までの希釈系列を作成し、各コピー数で12回解析しました。病原体の存在量との関係を検証するため、各濃度におけるアンプリコンのピークの高さを測定しました。
2~2×103コピー/反応の濃度範囲では、投入されたコピー数とピークの高さの間に強い相関がありました(平均のR2: 0.96)。一方で、2 x 103コピー/反応以上の投入量では、蛍光シグナル値が飽和し、測定されたシグナルレベルと存在するコピー数には相関が見られませんでした。しかし、これらのサンプルにはウイルスのターゲットが存在することは明らかなため、Positiveと判定することができます。
もし高濃度サンプルの定量が必要な場合、いくつかのオプションがあります。簡単な方法は、サンプルをTEなどのバッファで希釈し、再解析することです。希釈したサンプルのピークの高さが、コピー数とピークの高さの相関が高い範囲に収まれば、原液サンプルのおおよそのコピー数を決定することができます。
プライマーの量を減らしてピークの高さを抑える方法もあります。例えば、SARS-CoV-2の感染時に高発現する遺伝子の一つは、ヌクレオカプシドタンパク質(N)をコードする遺伝子です。そこで、リバースプライマーの濃度は変えずに、蛍光標識フォワードプライマーのN遺伝子とVetMAX Xeno RNAの濃度を下げ、VetMAX Xeno RNA:N遺伝子:orf1-ab:S遺伝子の濃度比が0.3:0.3:1:1のプライマーミックスを作製しました。濃度を変えなかったプライマーセットでは、2×104コピーのRNAを含むサンプルにおいて、すべてのピークで蛍光シグナルが飽和しました。
一方で、濃度を変更したプライマーセットで解析した同濃度のサンプルは、VetMAX Xeno RNAコントロールとN遺伝子のピークのシグナル値が飽和以下に抑えられ、orf1-abとS遺伝子のピークは影響を受けずに残りました。
このように、プライマー濃度の変更は、高濃度サンプルの解析に有効な戦略であると考えられます。ただし、プライマー濃度の変更は低濃度のターゲットが増幅されない可能性を生じ、LODに影響を与える可能性があります。したがって、プライマー濃度の変更をするかどうかは、検出限界と定量性のバランスを考慮する必要があります。
まとめ
・キャピラリ電気泳動によるフラグメント解析法のアプローチは、ウイルスなどの病原体の存在を、迅速・簡便・高感度に解析するための新たなツールを提供します
・アンプリコンは150~500 ntの長さで設計し、その中に病原体のターゲットとともに分析できるプロセスコントロールのアンプリコンを含めることをお勧めします
・他の病原体や菌株との交差反応を避けるため、少なくともin silicoでの検証が必要です
・必要であれば、解析法の検出限界や定量性を検証します
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。