結論
プライマーの大きさをリップスティックに換算すると、6畳の部屋にプライマーは30個くらい、プローブは4個くらい浮かんでいると計算できました。
はじめに
リアルタイムPCRは、遺伝子発現解析やmicroRNA解析、SNPジェノタイピングなど、さまざまなアプリケーションに利用されています。このリアルタイムPCRの蛍光ケミストリーには、SYBR® Green ケミストリーとTaqMan® ケミストリーが存在します。今回は、2つのプライマーと1つの蛍光プローブを使用するTaqMan Assayについて考えてみたいと思います。もし、あなたのお部屋がリアルタイムPCRの反応液で満たされたら、プライマーやTaqMan プローブはどのような感じで存在するのでしょうか?計算してみました。
材料と方法
今回は以下の条件で計算を進めました。
フォワードプライマー終濃度:900 nM(ナノモーラー)
リバースプライマー終濃度:900 nM(ナノモーラー)
TaqManプローブ終濃度:250 nM(ナノモーラー)
畳:京間(1.91×0.955メートル)
部屋の広さ:6畳
部屋の高さ:2.5メートル
DNA1塩基の長さ:0.34 nm(ナノメートル)
DNA1塩基対の直径:2 nm(ナノメートル)
プライマーの長さ:20 mer
結果
まずはプライマーとTaqManプローブの濃度から分子の個数を計算してみます。
1 M(モーラー)はその定義から6.023×1023個/L(リットル)なので、1 nMは10-9をかけて6.023×1014個/Lです。さらに、900 nMのプライマーの分子の個数は5.4×1017個/L、250 nMのTaqManプローブの分子の個数は1.5×1017個/Lと計算できます。つまり900 nM 濃度のプライマーの場合、20 μL(マイクロリットル)容量のPCR反応系には、
(5.4×1017-6)×20 μL
= 1.0813
≒ 11兆本
くらいのプライマーが反応液の中に含まれていることになります。
では、6畳(京間)のお部屋が反応溶液に満たされている場合、プライマーとTaqManプローブは何個存在するでしょうか?6畳(京間)のお部屋の容積は、天井までの高さを2.5メートルとすると、
1.91×0.955×6畳×2.5
= 27.36 m3(立方メートル)
= 27,360 L
です。
つまり、900 nM濃度のプライマー:
5.4×1017個/L×27,360 L
= 1.48×1022個が6畳に存在
250 nM濃度のTaqManプローブ:
1.5×1017個/L×27,360 L
= 4.10×1021個が6畳に存在
というように計算できました。しかし、これでは全く実感が湧きません!1021となるとzetta (ゼタ)という単位です。乗数は、109 giga(ギガ)、1012 tera(テラ)、1015 peta(ペタ)、1018 exa(エクサ)、そして1021 zetta(ゼタ)という順なので、zettaがどのぐらいなのか、感覚的に理解しづらいです。
そこで、プライマーの大きさを現実世界で分かるような大きさに換算してみることにしました。隣接する塩基の距離を0.34 nm(ナノメートル)として計算してみましょう。
プライマーの長さを20 merとすると、0.34 nm×20 mer = 6.8 nmと計算できました。また、DNA1塩基対の直径を2.0 nmとすると1本鎖DNAの直径は1.0 nmと計算できます。プライマーの大きさの例えとしてわかりやすくするために、薬用リップスティックを選択しました。なんとこのリップスティック、長さがだいたい6.8 cm(センチメートル)で直径がだいたい1.0 cmです。単位の違いはありますが縦横比が相似なので、薬用リップスティックはプライマーを想像するのにうってつけの商品だと思いました。さて、centi(センチ)とnano(ナノ)の単位の差は107倍です。長さがn倍になると容積はn3倍になるので、容積比率は1021倍です。先の計算結果を10-21倍すると、
リップスティックの大きさに換算した900 nM濃度のプライマー:
6畳の部屋に15個くらい存在
※⇒ForwardとReverseのプライマーペアで考えれば、6畳の部屋に30個くらい存在
リップスティックの大きさに換算した250 nM濃度のTaqManプローブ:
6畳の部屋に4個くらい存在
という計算結果となりました!
まとめ
いかがでしたでしょうか。
プライマーの大きさをリップスティックに例えれば、6畳のお部屋(家具は全て撤去した状態)に、プライマーが30個くらい、TaqManプローブが4個くらい存在すると計算できました。
ちなみに、TaqMan Assayの重要な要素の1つとしてFRET (Fluorescence resonance energy transfer);蛍光共鳴エネルギー移動現象が挙げられます。つまり、TaqManプローブはレポーター蛍光色素でラベルされていますが、同一プローブ配列上にクエンチャーと呼ばれる別の色素や構造体が近接しているため、FRETにより蛍光が抑制もしくは消光されます。PCRの過程において、TaqManプローブが正しいターゲットに結合していれば、ポリメラーゼの5’ヌクレアーゼ活性によってTaqManプローブが切断されます。そうすると、レポーター蛍光色素とクエンチャーの距離が離れるため、FRETによる蛍光の抑制が解除されてレポーター蛍光色素が発光します。このことにより、ターゲットDNA配列の存在をレポーターの蛍光で検出できます。
ところで、ここで少し疑問が出てくるかと思いますが、TaqManプローブが切断された後でも蛍光色素とクエンチャーが近接すればFRETにより再度消光される可能性はあります。しかし、ここで先ほど想像したことを思い出してください。6畳のお部屋に浮かんだリップスティック4本がバラバラになった場合、相互に安定して接近する確率はかなり低いのではないでしょうか。しかもFRETを起こすには、リップスティックのキャップ側とねじる側の組み合わせ(レポーター蛍光色素とクエンチャーの組み合わせ)でないといけないですし、切断されたTaqManプローブはブラウン運動や熱対流などにより液体中で動き回り続けるので、FRETを起こして消光し続けることは無さそうに思えます。
リアルタイムPCRの反応液に飛び込んだつもりになって、こんな感覚で妄想していただければより楽しめるのではないかと思います。
今回の記事に関連するサイト:
TaqManリアルタイムPCRアッセイ
リアルタイムPCRの TaqMan® Chemistry と SYBR® Chemistry の比較
あなたはTaqMan?それともSYBR Green?リアルタイムPCRにおける蛍光検出システムの原理
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