【やってみた】蛍光色素の違いで抗体染色のデータがどれだけ変わるか試してみた

フローサイトメトリーなどの抗体染色で使用される蛍光色素にはFITCやPEなど、いくつか代表的なものがあります。蛍光色素にはいわゆる「明るい」「暗い」といった明るさの違いがあり、どんな蛍光色素を選ぶかで得られる結果も変わります。
そこで、異なる蛍光色素を標識した同じ抗体クローンを使って、どれくらいデータが変わるのかやってみました!

材料と方法

材料:

  • ヒト白血病由来細胞株Jurkat
  • CD4抗体(クローン:RPA-T4)
    • 各色素が標識された製品番号は下記のとおり
      • FITC標識(製品番号11-0049-42)
      • PE標識(製品番号12-0049-42)
      • APC標識(製品番号17-0049-42)

方法:

  1. Jurkat細胞を 2×105 cells/tubeで分注
  2. 200 xg、3分間遠心して上清を除去
  3. 細胞の沈殿に100 μL PBSを添加して懸濁
  4. 抗体を5 µL添加
  5. 室温で30分間インキュベート
  6. 200 xg、3分間遠心して上清を除去、500 μL PBSで懸濁
  7. Invitrogen™ Attune™ Nxt Flow Cytometer(4レーザー搭載)で測定

結果

今回の実験では、FITC、PE、APCという三種類の蛍光色素を用いてCD4抗体の検出効率を比較しました。また、PEに関してはBlue LaserとYellow Laserの2種類のレーザー(励起光)での結果も取得しました。

各蛍光標識抗体のヒストグラム

まずは図1をご覧ください。抗体なしのプロット(上段)では、いずれの検出チャネルでもネガティブなデータとなっています。それに比べて抗体ありのプロット(下段)では、いずれもピークが右にシフトし、CD4陽性の細胞が確認できます。しかし、その程度は各蛍光色素で異なっていました。FITCは古くから現在までよく使用される蛍光色素ですが、陽性細胞は17%と少なく、抗体なしのプロットと見比べても違いは大きくないように見えます。FITCよりも明るいとされるPEでは、陽性細胞は42%(Blue Laserで検出)または55%(Yellow Laserで検出)となり、感度が高いことが分かります。APCもPE同様によく使用される明るい蛍光色素ですが、陽性細胞が55%と高い割合でした。
抗体のクローンは同一なので、これらの差は標識された蛍光色素の違いによるものと考えられます。低発現の抗原を検出する場合は、FITCではなく、APCやPEを使用することで検出しやすくなると言えます。

図1. 各蛍光色素のヒストグラムプロット。それぞれの蛍光色素に適した検出チャネルの結果を表示している PEのみBlue LaserとYellow Laserの結果を表示

図1. 各蛍光色素のヒストグラムプロット
それぞれの蛍光色素に適した検出チャネルの結果を表示している
PEのみBlue LaserとYellow Laserの結果を表示

PEの励起光率

PEは最も一般的なレーザーであるBlue Laserで励起が可能ですが、実は最適な励起はYellow Laserです。
図2はPEの励起スペクトルを示しており、Blue Laser(488 nm)よりもYellow Laser(631 nm)の方が高い励起効率であることが分かります。結果的に、Blue LaserよりもYellow Laserで励起した方が蛍光が強く(明るく)なり、図1で示されたように感度が高くなります。

図2. PEの励起効率 Fluorescence SpectraViewerで作成(白太字と矢印は追記した) 点線がPEの励起効率で、488 nmおよび561 nmでの励行効率を%で示している

図2. PEの励起効率
Fluorescence SpectraViewerで作成(白太字と矢印は追記した)
点線がPEの励起効率で、488 nmおよび561 nmでの励行効率を%で示している

感度の指標で比較

表1は今回の結果からS/N(SignalとNoiseの比)を算出した数値です。S/Nは感度を示す簡便な指標です。S/Nの値はFITCが2.7と最も低く、Yellow Laserで励起したPEが27.8と最も高い値となり、やはりPEは感度が高いことが分かります。

表1. S/N(SignalとNoiseの比)
SignalおよびNoiseの数値はMFI(Mean of Fluorescence Intensity; 蛍光強度の平均値)
S/NもMFIにより算出した
条件 Signal
(抗体あり)
Noise
(抗体なし)
Signal/Noise
(S/N)
FITC 1,144 420 2.7
PE
(Blue Laser)
2,846 341 8.3
PE
(Yellow Laser)
8,064 290 27.8
APC 5,926 423 14.0

より精度の高い感度の指標として、蛍光強度だけでなくその標準偏差も加味したStein Index(SI)がありますが、ここでは詳述はしません。詳しく知りたい方は下記ページを参照してください。
Flow Cytometry Panel Design: The Basics

FITCについて補足

今回の比較ではFITCは暗い色素という印象を与えてしまうかも知れませんが、FITCの名誉のため申し添えますと、FITCは決して暗くはありません。
FITCは、1871年アドルフ・フォン・バイヤーにより発見された蛍光色素フルオロセインの最も有名な誘導体です。Flow Cytometry Panel Design: The Basicsでは、FITCのSIは56.40となっており、おおまかな輝度の分類では「中の上」に相当します。長年使い続けられるだけあり、使い勝手の良い優秀な蛍光色素といえます。低発現の抗原を検出するには最適ではないかも知れませんが、いくつかの抗原を多重染色する場合には十分に選択肢のひとつになります。
ちなみにAPCのSIは200.31で最高、PE(Blue Laser励起)はAPCに次ぐ158.46といずれもトップレベルです。最も低いSIの蛍光色素はPacific Orangeの6.06でした。

抗体を3種まとめて反応させてみた

最後に、ついでなのでFITC、PE、APCで標識された各抗体をまとめて入れて染色してみました。表2はここまでの結果と合わせ、3種混合で反応させたサンプルの陽性細胞率とMFI値です。
「3種混合」では、「抗体なし」よりは当然ながら陽性率、MFIともに高い値なのですが、「抗体あり」(つまり単独の抗体で反応させた場合)と比べるとかなり低い値となりました。これは、抗体3種とも同じクローンであるため、CD4の抗体反応部位が同じであり、それぞれの蛍光標識抗体が競合した結果と考えられます。

表2. 各サンプルの陽性細胞率とMFIまとめ
抗体を3種混合して反応させると、いずれの値も大きく低下した
陽性% MFI
抗体あり 抗体なし 3種混合 抗体あり 抗体なし 3種混合
FITC 17.4% 0.1% 1.2% 1,144 420 717
PE
(Blue Laser)
42.2% 0.3% 31.4% 2,846 341 1,722
PE
(Yellow Laser)
54.7% 0.7% 50.2% 8,064 290 4,209
APC 54.6% 0.2% 37.4% 5,926 423 2,443

まとめ

  • 同じ抗体を使用しても、標識された蛍光色素や検出チャネルの違いにより、感度が大きく変わる
  • PEはBlue LaserよりもYellow Laserの方が励起光率が高く、感度が上がる
  • APCはトップレベルで明るい蛍光色素
  • FITCは決して暗くない

いかがでしたでしょうか。
蛍光色素を明るいものに変えることで、検出が難しい抗原も検出しやすくなる可能性を感じていただけたら幸いです。

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