FT-IR(赤外分光光度計)は多くの有機材料や製品中の異物、不純物の定性分析で使用される代表的な製品の一つで、ATR法(全反射測定法)は、今日の赤外分光光度計(FT-IR)において最も一般的なサンプリングテクニックです。ATR法の中でも、特に1回反射型ATRアクセサリーの進歩により、FT-IRの測定はより簡便なものとなりました。
しかし、ATRアクセサリーを用いて測定した赤外(ATR)スペクトルは、透過法によって測定されたスペクトルといくつかの違いがあり、透過スペクトルと比べ、「ピーク強度の相対的な変化」と「低波数側へのピークシフト」による線形のひずみが見られます。前者の強度変化については広く理解されており、市販のソフトウエアで容易に補正することができます。一方、数~数十㎝⁻¹にわたって起こる低波数側へのピークシフトは、吸収強度の変化よりも、スペクトルの解析に及ぼす影響が多大です。
ほとんどの市販スペクトルライブラリーやピークテーブルは透過スペクトルで構成されているため、それらを用いてATRスペクトルの解析を行っても、上記のような理由からスペクトルサーチのヒット率も低く、曖昧な解釈しかできません。
この現象に的確に対応するために当社FT-IR製品に付属するThermo Scientific™ OMNIC™ ソフトウエアに付属する「アドバンストATR補正」機能が活用できます。
▼こんな方におすすめです!
・FT-IRによるライブラリ検索能力を強化したい
・異物解析の能力を向上したい
アドバンストATR補正の適用例-ポリカーボネート
アドバンストATR補正の効果を実証するため、実試料を用いて実験を行いました。屈折率の不規則な変化によって引き起こされるピークの低波数側へのシフトは、ダイヤモンド、ZnSe、KRS-5といった低い屈折率のクリスタルを使用する場合に見られます。特に比較的屈折率の高いサンプルを測定した場合、ATRスペクトルの強い吸収バンドに低波数シフトがはっきりと見られます。顕著な例として、ポリカーボネート樹脂のダイヤモンドATRスペクトルを測定しました。図1に、透過法とATR法で測定したポリカーボネートのスペクトルと、補正後のスペクトルを示します。ピーク強度の相対的なひずみが、2段目のATRスペクトルにはっきりと表れています。加えて、指紋領域にあるエステルの強い吸収ピークが、低波数側にシフトしているのがわかります。
図2に、より詳細に比較するために領域拡大したスペクトルを示します。ポリカーボネートの透過スペクトルは、1232 ㎝⁻¹、1194 ㎝⁻¹、1164 ㎝⁻¹に強い吸収が見られますが、ダイヤモンドATRのスペクトルでは、それぞれ-13.6 ㎝⁻¹、-7.5 ㎝⁻¹、-5.8 ㎝⁻¹ ずつ、低波数側にシフトしている様子が観察されます。図1からもわかるように、1300 ㎝⁻¹~1100 ㎝⁻¹の範囲の吸収ピークは透過スペクトルと大きく形状が異なっており、しかも従来のATR補正では、ピークの低波数シフトは改善できていません。これに対し、下段のアドバンストATR補正によるスペクトルは、図1、図2に示すようにピーク位置、相対強度比が全スペクトル領域にわたって補正され、透過スペクトルに極めて近似していることがわかります。アドバンストATR補正の結果、指紋領域での透過スペクトルに対する相対ピークシフトは、それぞれ-3.9 ㎝⁻¹、-0.8 ㎝⁻¹、-0.6 ㎝⁻¹に減少しました。また、スペクトル検索におけるヒット率を比較してみますと、従来のATR補正を施したスペクトルにおいては波数シフトが補正されていないため、検索結果は予測通り、ほとんど改善されていません。アドバンストATR補正の結果、ピークの相対強度と波数シフトの両方を補正したスペクトルによる検索結果は、透過スペクトルの結果と遜色ないものとなっています。
アドバンストATR補正が有効となる身近な例
データ処理を施さないATR測定スペクトルを用いて透過ライブラリーによる検索を行った場合でも、ヒット率は下がるものの正しい結果となることも多いですが、サンプルによっては正しい結果がヒットリストの上位に挙がらない場合もあります。身近な材料の例では、シリコン樹脂やテフロン™など、赤外吸収が強くスペクトルにピークが少ない化合物をダイヤモンドATRで測定した際などに比較的よく見られます。
図3は、シリコン樹脂のATRスペクトルに補正処理などを行わずにスペクトル検索した結果です。ポリマー系の透過ライブラリーを用いて検索を行ったところ、ヒットリストの上位に有機シリコン(ポリジメチルシロキサン)が挙がらず、8番に位置しています。アドバンストATR補正処理を行い、検索を行った結果が図4です。ヒットリストのトップに有機シリコン(商品名:Silglaze™ N)が挙がり、ヒット率も格段に上昇していることがわかります。
上段:サンプルのATRスペクトルとヒットしたライブラリースペクトル、下段:ヒットリストの抜粋
まとめ
ATR法は、現在最も一般的なサンプリング手法ですが、スペクトルにひずみを生じさせるため、透過スペクトルと比較した際に大きな問題を引き起こします。アドバンストATR補正プログラムは、ATRに固有の現象である「ピークの相対強度の変化」、「ピークの低波数側へのシフト」を正確に補正できます。また、ライブラリーによるスペクトル検索においても、透過スペクトルと同様のヒット率が期待できます。
本アプリケーションに関してより詳しい内容は下記にて紹介されています。
アドバンストATR補正 (thermofisher.com)
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