スペインの7歳女児が発症した、異常な全身性エリテマトーデスを調査するために、世界各地から研究者チームが集結しました。全ゲノムシーケンスで、病気の推定原因として一つの遺伝子異常(TLR7遺伝子の点変異)が判明しました。この変異をマウスに導入したところ、変異マウスに全身性エリテマトーデスのような症状が現れ、彼らが発見した点変異が実際の原因であることが確認されました1。この疾患に苦しむ小さなスペインの女児のような患者にとって、これはどのような意味を持つのでしょうか?また、新たな標的治療法は発見されるのでしょうか?
▼もくじ
全身性エリテマトーデス疫学、症状、現在の治療法
全身エリテマトーデス(Systemic lupus erythematosus:SLE)は、壊滅的な自己免疫疾患であり、全世界で約341万人が罹患しています。女性の罹患率が高く、男性が36万人であるのに対して、女性は約304万人が罹患しています2。遺伝的要因と、適応免疫系および自然免疫系の調節障害との間で起こる複雑な相互作用が、SLE患者においては炎症と組織障害を引き起こします3。症状には個人差があり、「蝶形紅斑」に代表される皮膚の発疹、筋肉痛、関節痛、貧血、疲労、脱毛、腎臓障害などがあります4。
治療反応性はさまざまで、予測不可能なことがあります。しかしながら、早期治療と、疾病管理のおかげで生存期間は過去50年間でかなり改善されました3。現在の治療法には、ヒドロキシクロロキンを代表とする抗マラリア薬、持続的なステロイド薬、高用量投与の化学療法、そして最近では、標的指向型生物学的製剤による治療があります3。
このような進歩にもかかわらず、SLEの根底にある多くのメカニズムは解明されておらず、より効果的な治療法の開発や、治療の可能性までもが阻まれています。
SLEにおける、Toll様受容体(Toll-like receptors:TLR)
Toll様受容体(Toll-like receptors:TLR)はSLEの発症に極めて重要な役割を果たしています。病原体のパターンを認識することで知られるTLRは、自然免疫反応と適応免疫反応の双方において重要な構成要素です。中でも、B細胞におけるTLR7とTLR9のシグナル伝達異常がSLEの発症に関与しています5。ゲノムワイド関連解析では、いくつかのTLR7多型がSLEと関連しています6。マウスモデルでは、TLR7の過剰発現は重症のSLEを引き起こしますが、TLR7の欠失は疾患を予防または軽減することが分かりました1,7,8。
重症SLEを発症した、スペインの7歳女児のケース
2022年、Brown氏らは、重症患者である7歳のスペイン人女児において、SLEの根本的な原因としてTLR7遺伝子の機能獲得性点変異を同定しました。患者の全ゲノムシーケンス決定とバイオインフォマティクス解析により、de novoであるTLR7 p.Tyr264His(Y264H)のミスセンス変異が発見されました。
図1 A-Bは、Applied Biosystems™ BigDye™ Terminator Cycle Sequencing Kit v3.1を用いたサンガーシーケンス法で、3730 DNA アナライザシステムにより同定された患者家族のTLR7バリアントを示しています1。
同定された遺伝子変異(TLR7Y264H)がSLEを引き起こすかどうかを調べるため、研究者らはCRISPR-Cas9ゲノム編集 によってマウスに変異を導入しました。
変異マウスは自己免疫症状を発症し、末端臓器に損傷を受けました。これが、TLR7遺伝子変異がヒトのSLEの原因として同定された最初の例です1。

図1: 7歳で重症SLEと診断されたスペインの女児家族におけるTLR7変異体(A)
Big Dye Terminator Cycle Sequencing Kit v3.1で反応、3730 DNA アナライザシステムを使用し、サンガーシーケンスにより同定された変異箇所(B)
サンガーシーケンスのワークフロー(C)
発見から臨床へ – 新たな治療法としてのTLR阻害
2023年Hawtin氏らは、経口投与可能なTLR7/8拮抗薬である、MHV370のSLEに対する非臨床試験を発表しました。彼らは、ヒトおよびマウスの細胞において、MHV370がTLR7/8依存性のサイトカイン、特に自己免疫疾患の原因として知られる、インターフェロンαの産生を阻害することを示しました9。
例えば、研究チームはMHV370がin vivoマウスモデルにおいて、慢性的なTLR7依存性免疫活性を抑制することを示しました9。マウス3群[(1)未処置、(2)14日間R848処置(TLRの作動薬)、(3)14日間R848処置+7日目以降MHV370処置]から得た血液を用いたアンプリコンシーケンシング(Ion AmpliSeq™ Transcriptome Mouse Gene Expression Kitによるトランスクリプトームプロファイリングでは、MHV370がマウスの慢性的なTLR7依存性免疫活性を抑制することが示されました。R848のみの投与群では、いくつかの炎症経路が活性化されていることが示されました。R848処置に加え7日目以降MHV370で処置した群では、活性化された炎症経路が下方制御され、MHV370が慢性的なTLR7の活性化状態において、炎症反応を促進させるパラメーターを正常化することが示されました。(データはこちらをご覧ください: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10213863/figure/fig3/)
さらに研究チームは、MHV370がSLEモデルマウスにおいて、疾患の発症を予防し、停止させることを示しました。この非臨床試験の結果は、TLR7/8阻害がSLEの有望な治療法であることを立証しました9。現在、他の2つの自己免疫疾患におけるMHV370の安全性、忍容性、有効性を評価する第Ⅱ相試験が進行中です10。
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thermofisher.com/abraredisease.
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References:
1. Brown GJ, Cañete PF, Wang H, Medhavy A, Bones J, Roco JA, He Y, Qin Y, Cappello J, Ellyard JI, Bassett K, Shen Q, Burgio G, Zhang Y, Turnbull C, Meng X, Wu P, Cho E, Miosge LA, Andrews TD, Field MA, Tvorogov D, Lopez AF, Babon JJ, López CA, Gónzalez-Murillo Á, Garulo DC, Pascual V, Levy T, Mallack EJ, Calame DG, Lotze T, Lupski JR, Ding H, Ullah TR, Walters GD, Koina ME, Cook MC, Shen N, de Lucas Collantes C, Corry B, Gantier MP, Athanasopoulos V, Vinuesa CG. TLR7 gain-of-function genetic variation causes human lupus. Nature. 2022 May;605(7909):349-356. doi: 10.1038/s41586-022-04642-z. Epub 2022 Apr 27. PMID: 35477763; PMCID: PMC9095492.
2. Tian J, Zhang D, Yao X, Huang Y, Lu Q. Global epidemiology of systemic lupus erythematosus: a comprehensive systematic analysis and modelling study. Ann Rheum Dis. 2023 Mar;82(3):351-356. doi: 10.1136/ard-2022-223035. Epub 2022 Oct 14. PMID: 36241363; PMCID: PMC9933169.
3. Lazar S, Kahlenberg JM. Systemic Lupus Erythematosus: New Diagnostic and Therapeutic Approaches. Annu Rev Med. 2023 Jan 27;74:339-352. doi: 10.1146/annurev-med-043021-032611. Epub 2022 Jul 8. PMID: 35804480.
4. Lupus symptoms:https://www.cdc.gov/lupus/basics/symptoms.htm
5. Wen L, Zhang B, Wu X, Liu R, Fan H, Han L, Zhang Z, Ma X, Chu CQ, Shi X. Toll-like receptors 7 and 9 regulate the proliferation and differentiation of B cells in systemic lupus erythematosus. Front Immunol. 2023 Feb 15;14:1093208. doi: 10.3389/fimmu.2023.1093208. PMID: 36875095; PMCID: PMC9975558.
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9. Hawtin S, André C, Collignon-Zipfel G, Appenzeller S, Bannert B, Baumgartner L, Beck D, Betschart C, Boulay T, Brunner HI, Ceci M, Deane J, Feifel R, Ferrero E, Kyburz D, Lafossas F, Loetscher P, Merz-Stoeckle C, Michellys P, Nuesslein-Hildesheim B, Raulf F, Rush JS, Ruzzante G, Stein T, Zaharevitz S, Wieczorek G, Siegel R, Gergely P, Shisha T, Junt T. Preclinical characterization of the Toll-like receptor 7/8 antagonist MHV370 for lupus therapy. Cell Rep Med. 2023 May 16;4(5):101036. doi: 10.1016/j.xcrm.2023.101036. PMID: 37196635; PMCID: PMC10213863.
10. A study to evaluate the safety, tolerability and efficacy of MHV370 in participants with Sjogren’s Syndrome (SjS) or Mixed Connective Tissue Disease (MCTD):https://classic.clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04988087
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