サンプルとプライマーの準備が整ったところで、いよいよ、内在性コントロールの選択です。
内在性コントロールにどの遺伝子を使うかは、実験結果の解釈に大きな影響を与えます。異なる組織や発生ステージで、あるいは実験処理によって、発現量が変動せず安定していることは、内在性コントロール遺伝子の必要条件です。
ケーススタディ(お客様Aさんの実例):
Aさんはある実験系の遺伝子発現定量解析に長年、ノーザンブロッティングを利用し、結果のノーマライズにはβ-Actinを選択していました。その後、リアルタイムPCRを導入し、引き続きβ-Actinを内在性コントロール遺伝子に選択したところ、β-Actinの発現量が大きく変動していることが判明しました。つまりその実験系では、β-Actinは内在性コントロールとして適していませんでした。Aさんは結局、リアルタイムPCR導入間の実験すべてを見直さざるを得なくなりました。
β-Actinは、代表的なハウスキービング遺伝子の1つです。GAPDHやβ-Actinといったハウスキービング遺伝子は発現量が変動せず安定しており内在性コントロール遺伝子に適しているという考え方は、ノーザンブロッティングが主流であった時代から根付いていました。これらの遺伝子を内部標準に使うことに、誰も疑問を感じていなかったのです。
しかしリアルタイムPCRが登場し、この状況が一変しました。リアルタイムPCRは非常に高精度で遺伝子発現量の変動を検出できるため、ハウスキーピング遺伝子の発現量が実は大きく変動している場合もあることが、わかってきたのです。ノーザンブロッティングなど精度がそれほど高くない過去の解析結果には、ハウスキーピング遺伝子の発現量が多少変動しても気が付かなかったAさんのような事例が、沢山埋もれているかもしれないということです。
Vandesompeleらは、リアルタイムPCRを用いて様々な遺伝子に対する内在性コントロールの正当性を検討し、報告しています(1)。Bustinはノーマライゼーションについてのレビュー中で、内在性コントロールの問題について言及しています(Bustin, S.A.: J. Mol.Endocrinol.23-39, 2002 Medline Abstracts)。彼らは論文で、これまで内在性コントロールとして使用されてきた遺伝子が、ある組織や特定の遺伝子に対しては内在性コントロールとはなりえない場合があることを、明確に示しています。
過去の結果をすべて見直す結果となったAさん。しかし一方で、β-Actinの発現量に大きな変動があったことに納得もされていました。なぜなら、これまでの結果の解釈で既にいくらかの疑問があり、β-Actinが変動しているのかもしれないと薄々疑っていたからです。「過去の結果を見直さなければならないことは残念だが、間違った実験を続けないで済んだので良かった」とAさんはおっしゃっていました。リアルタイムPCRの現場では、このようなケースは少なくありません。
間違いがあったとしても、きちんとそれに気がつき早めに軌道修正することが、大事なのですね。
次回は、より具体的な研究結果をみながら、内在性コントロールについて考えます。
参考文献
(1) Vandesompele J, De Preter K, Pattyn F, Poppe B, Van Roy N, De Paepe A,
Speleman F. Accurate normalization of real-time quantitative RT-PCR data by
geometric averaging of multiple internal control genes. Genome Biol. 2002 Jun
18;3(7):RESEARCH0034. Epub 2002 Jun 18.
(2) Bustin SA. Quantification of mRNA using real-time reverse transcription PCR
(RT-PCR): trends and problems. J Mol Endocrinol. 2002 Aug;29(1):23-39.
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